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翌朝、学校に行くと田辺 和可奈に声をかけられた。
「笙子、あの塾の特別講座、塾生じゃなくても受けられるんだって」
「そうなんだ、ありがとう」
わたしは楡井に聞いて知っていたけど、和可奈は知らなかったようだ。
確かに、パンフレットには書いていなかった。
おそらく、楡井はお兄さんの関係でそんな情報を得ていたのだろう。
「このあいだ、わたし感じ悪かったよね。『おかしい』なんて言って。実は、あのパンフレット、村沢先生に渡されたの。朝倉さんに勧めてって」
「村沢先生? 最近、名前を聞いた覚えが……」
「楡井君のお兄さんの話をしたときだと思う。楡井先生は男性講師の一番人気で、女性では村沢愛美先生だって。村沢先生は、わたしの校舎と笙子の校舎で英語を教えているの。笙子のこと、塾の先生方も知ってて……。で、村沢先生がわたしと笙子が同じ学校って知って、気分転換に誘ってみたらって」
「そうなんだ。村沢先生かぁ」
気にかけてくれるってことは、わたしもその先生に習っていたのかもしれない。
「わたしね、この講座には塾生しか申し込めないって思っていたのよ。だから笙子から、塾を辞めたって聞いて。そんなことは、先生なら知っているはずなのに、なんで講座に誘うんだろうって。間違えたのかなって。でね、塾の事務の人に聞いたら、一般でも受けられるって言われたの。つまり、わたしの勝手な思い込みだったの。ごめんね」
わたしが首を振りにこりと笑うと、和可奈も笑った。
後日、わたしと和可奈は一緒に塾へ行き、その講座の申し込みをした。
ついに来てしまったといった思いで、わたしは夏服を脱いだ。
そして、冬服の少し手前に着る合服に、袖を通した。
夕焼けのなか、一人歩く。
わたしの街の商店街を。
駅前にある、入り口の狭い細長い本屋さん。
よく、漫画雑誌を買った。
わたしは、つい付録によって違う雑誌を買ってしまう子だった。
その度に、雑誌を交換して読んでいる友だちからは、怒られたものだ。
本屋さんの二軒隣の文房具屋さんでは、初めて履歴書なるものを買った。
失敗ばかりで、何度も買いに足を運んだら、お店のおばちゃんに笑われた。
この間まであった八百屋さんは、コンビニになった。
便利にはなったけど、なんとなく淋しい。
ここは、雑誌に取り上げられることも、名物があるわけでもないけれど。
一つ一つの店に思い出のエピソードがある、わたしが昔から知るただ一つの商店街だった。
笙子に想いを馳せる。
本屋さんで、笙子はこれからどんな本を買うのかな。
履歴書も、笙子なら失敗はしないんだろうな。
あのコンビニには、笙子の好きなお菓子がある。
そんなことを思いつつ歩いていたら、よく知る背中を見つけた。
「お母さん」
笙子の声で、母を呼ぶ。




