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ごめんね、もう少し  作者: 仲町鹿乃子/鹿の子
1・25才会社員→高校生
3/50

 高校生の制服って、とてつもなく恥ずかしい。

 コスプレ感が半端ない。

 笙子の高校の夏服は、白いブラウスにグレイの膝丈のスカートだ。

 思い返せば、わたしが高校生のときだって似たようなものだった。

 正直、あのときは何も考えていなかったけれど、改めてこの年で着てみると、結構やばいんじゃなのって思ってしまう。

 白いブラウスは、透けやすい。

 しかも、生地代をケチっているのか、薄い。

 これはけしからんと腹を立てながら、わたしは笙子のもろもろが見えないように、しっかりとインナーで防御した。

 まぁ、あれこれ言いつつも、ブラウスは下に着れば解決できるので、まぁ、いいとする。

 問題は、スカートだ。

 笙子の白くて長い生足が、にょっきりと露出してしまうのだ。

 妹の名誉のために言えば、丈を短くしているわけじゃない。

 あの子の膝下が長すぎるのだ。

 自分の足ではないとはいえ、恥ずかしい。

 あぁ、ストッキングが穿きたい

 それがだめなら、ニ―ハイソックスを穿かせて。

 足下がスカスカします。

 悶々と生足問題で悩みつつ高校の正門へと続く並木道を歩いていると、ふいに背中がぽんと叩かれた。

笙子しょうこ、おはよう」

「おはよう、和可奈わかなちゃん」

 同じクラスの田辺たなべ 和可奈わかなだ。

 彼女は癖のある柔らかな髪を、緩やかに三つ編みにしている。

 リアル女子高生の夏服の着こなしは、とことんナチュラルだ。

「『和可奈ちゃん』なんて、どうにも慣れないな、変な感じ。以前みたいに『和可奈』って、呼び捨てでいいのに」

「でも、わたし、記憶があいまいだから、この方がしっくりくるのよね」

「そっか。笙子がこうして学校に来てくれるだけでも、よしとしなくちゃね」

 和可奈がわたしの腕を組んできた。そのぬくもりに、気持ちが和む。

「ところで、この間渡した、笙子が休んでいる間のノートのコピー、足りてる?」

「ごめん。まだ見てないわ」 

「そっか。わからないところがあったら、なんでも聞いてね」

 和可奈にお礼を言うと、同級生の女の子たちが賑やかな声とともに駆け寄って来た。

 女子高生に囲まれたわたしは、彼女たちの可愛さに、つい顔がにんまりとしてしまう。

 しかし、そんな顔を笙子にさせるわけにはいかない。

 笙子らしくしとやかに。

 わたしは記憶にある妹の癖をなぞるよう、長いまつ毛をそっと伏せた。


 7月に起きたあの事故から、1か月半が過ぎ、季節は夏から秋へと変わりつつある。

 あの事故のあと、25歳の朝倉あさくら 香奈かなであるわたしの心は、なぜか高校2年生の妹、朝倉あさくら 笙子しょうこに宿ってしまったのだ。


 わたしと笙子の違いは、たくさんある。

 まずは外見、わたしの身長は158センチで、髪は小学生のころから顎下までのショートボブだ。

 髪の色は茶色で、中学、高校と陸上競技をやっていたため、日に焼けている。

 顔立ちは、どちらかといえば、はっきりとしていて、可愛いと言われることはあっても、美人だと言われた記憶はない。

 一方で、妹の笙子は背が高く、すらりとしている。

 たしか、高校に入ってすぐの健康診断で、166センチあったと記憶している。

 髪の色は黒く、背中までまっすぐに垂れている。完全なるインドア派で、気が付くといつも本を読んでいる。

 おっちょこちょいで、そそっかしいのがわたしで、何事も良く考え慎重に動くのが笙子。

 わたしは春生まれだけれど、笙子は秋生まれ。来月、彼女は17歳になる。


 笙子は、どうなってしまったのだろう。

 なんで、笙子の代わりに、わたしがここにいるのだろう。

 なにがどうなっているのかわからないけれど、わたしは笙子として暮らしているのだ。


 変な話ではあるけれど、わたしは意識が戻り個室に移ったあとも、このおかしな状況を掴めていなかった。

 わたしを「笙子」と呼ぶ母を、声の出ない体で「違うでしょう」と突っ込みつつ、常日頃からわたしたち姉妹の名前を呼び間違える母らしいとも思っていたのだ。

 きっと今頃、別の部屋で、笙子は香奈と呼ばれているのだろう。

 それくらい、わたしは自分が笙子と呼ばれる状況を軽く考え、そして、笙子もわたし同様に、この病院で入院生活を送っていると、当たり前のように信じていたのだ。


 日にち薬とはよくいったものだ。一日一日と過ぎるうちに、体の痛みは減っていき、炎症も減り、そして遂には、看護師さんに見守られながら車いすでトイレに行けるようにもなった。

 そのトイレの鏡を見て、わたしは悲鳴をあげた。

 そばについていてくれた看護師さんは、顔に残る傷やうち身にわたしがショックを受けたのだろうと思ったようだが、それは違う。


 鏡の中にいたのが、笙子だったからだ。


 なにかの間違いではないかと、笙子の頬をつねった。痛かった。長い髪も引っ張った。痛かった。どこをどうとっても、わたしは笙子だった。

 混乱しながらも、これは大変なことになったと思った。わたしは笙子の体の中にいるのだ。

 それならば、「朝倉 香奈わたし」はどこに?


 その答えを、わたしはすぐに手に入れた。

 この状況を母に報せようと公衆電話のあるラウンジに行ったわたしは、そこで40代と思われる入院患者の女性2人が話をしているのを聞いてしまったのだ。

「605号室のお嬢さん、気の毒ね」

「あの生き残った妹さんね」

「そうそう。お姉さんはまだ20代だったそうよ」

「よそ見運転の乗用車が、タクシーに突っ込んだんでしょう? 新聞にも載ったものね」

「やりきれないわね」

「酷い話よ……」


 ありがたいともいえるその情報を聞いた時、わたしは、愕然としながらも、心のどこかでやっぱりなぁと思った。でも、すぐに、やっぱりなぁでは済まない、暗く荒れた気持ちに襲われた。


 よそ見運転? 

 なにそれ。

 なんなのそれ。

 そんな、バカみたいなことで、わたしは死んだの?

 わたしの人生、どうしてくれるの。

 冗談じゃないわ。

 夏のボーナスで、買おうと決めていたワンピースがあったのよ。

 美容院だって、新しいお店を試そうとしていた。

 ネイルだって、色を変えようと思っていた。

 それに――。

 それに。

 会いたい人だっていた。


 そうか。

 ……わたしは、死んだのね。

 死んじゃったんだ。


 思わず、笑いが漏れた。

 と同時に、涙も溢れた。

 天を仰ぐ。

 わたし、これからどうしたらいいのだろう。


 そのまま部屋に戻ったわたしは、ベッドに入るなり熱を出し、数日間また寝込んでしまった。


 熱が下がったわたしは、父と母を病室に呼んだ。

 そして、笙子でなく香奈であると告白したのだ。

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