1
「順を追って考えて、覚えていけばいいよ。ものごとは繋がっているから」
図書室の準備室で、物理の教科書を広げながら楡井が言う。
今日は「音波」の仕上げだった。
「ええと、音の三要素は――」
そういえば、やたらとなんでも「三つ」な気がする。
まぁ、三つくらいなら覚えやすくていいけど。
「一つ目。音の特徴を表すのは、音の高さ、でしょ」
指を折る。
「二つ目は、音の強さ」
二つ目の指を折る。
「で、最後は――」「朝倉ってさ」
あぁ、三つ目が。
……飛んだ。
「朝倉ってさ、書かないよね」
楡井がくるんとシャーペンを回した。
「書かないって、なにを?」
「ん? だから、覚えるときも唱えるっていうか」
唱える。
わたしは、魔法使いか。
「うーん、そうかなぁ。うーん、そう、かも? だったら、楡井君はどうやって覚えているの?」
「これくらいなら、教科書を読めば大丈夫」
「読んで覚える。だったら、わたしと同じでしょ?」
「……俺の場合は、黙読」
「黙読」
あらら。
「みんな、どうしているのかな」
「さぁ。でも、書く奴が多いんじゃないかな。部屋を歩きながら音読すると覚えやすいって聞いたこともあるけど。ただ――」
「ただ?」
「……なんでもない」
――この男の、楡井のなんでもないは、なんでもあるんだぞ。
「聞きたいなぁ。ほら、わたし、以前の事あまり覚えてないから」
よし、聞いた。
さぁ、どうくる楡井!
「以前の朝倉は、ひたすら書いていた」
「以前の。わたし?」
笙子ってことか。
「それに、委員会であくびをしたこともない」
「あくびぃ?」
あくびなんて……していたかな、わたし。
「宗田先生を見ても、顔を赤くしなかった」
また、そこ?
また、宗田?
すると、またタイミングよく宗田が現れた。
といっても、こっちは準備室で向こうは図書室なので、ガラスの仕切りを挟んでの距離である。
なんてことない、距離だ。
それなのに、わたしの顔は赤くなった。
わたしの異変に気がついた目ざとい楡井が、さっと振り返る。
そして、ガラスの向こうにいる宗田に頭を下げると、わたしを見るなり意味深に眉を上げた。
楡井の視線が痛くて思わず俯く。
準備室には、わたしと楡井だけだ。
「以前の朝倉は、ダジャレみたいなことも言わなかった。『赤点見たから赤くなった、なぁんてね』だっけ?」
楡井が静かな声で話を続ける。
「最初の違和感は、階段だった。朝倉が学校に出てきて、俺と階段ですれ違ったんだけど」
階段で楡井とすれ違った?
それ、いつのことだろう?
「朝倉、階段を二段飛ばしにしながら、大股で上がっていた」




