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こんなとき、つくづく、わたしは25歳なんだなと思う。
芦田の勢いのある言葉に、まったくといっていいほど怯まないのだ。
だって、社会に出たら、もっと迫力のある先輩方からの、もっと毒のあるお言葉をもらうのだ。それだけでなく、自分の至らなさをズバリ指摘され、アイタタタなときだってある。
高校生の頃と比べると、対人関係の図太さは、数段スキルアップしているのだ。
ただ、朝倉 笙子の立場で考えると、同じ年の男子のこの剣幕は、怖いだろう。
「芦田君は納得できないと思うけど、楡井君に教えてもらおうと決めたの。物理の先生にも勧められたのよ」
「……先生が。わかったよ、そこは譲るよ。それなら、いつ返事はくれる?」
「返事?」
「あれ、読んでくれたんでしょう?」
あれ?
もしかして、「7月12日 PM6:15」の手紙は、芦田が?
「朝倉、遅いぞ」
突然腕を掴まれ、体がよろける。目線の先には、楡井 慧がいた。
「おい。朝倉さんは、ぼくと大切な話をしていたんだ。邪魔するな」
「芦田って、1年の時に朝倉とトラブって、先生が入って話し合いしてたよな。もう、朝倉とはかかわらないとか、そんな取り決めになってたんじゃないの?」
「なんで、おまえがそんなこと知っているのさ。先生も朝倉さんも誰にも言わないって言ってくれたよ」
「でも、俺は朝倉から聞いたよ」
楡井の発言に、芦田だけでなくわたしも驚く。
「……おまえ、朝倉さんと親しいのか?」
「芦田に言う必要ある?」
威圧するような楡井の声に、芦田が悔しそうな表情を浮かべる。
「朝倉、行こう」
楡井に背を押され、わたしは歩き出した。
芦田君の横を通り過ぎようとした瞬間「朝倉さん、返事、待ってるから」と声がした。
図書室の準備室は、カウンターの後ろにある。
室内には楕円の大きなテーブルが置かれ、カウンターと接する面は、ガラス張りになっていた。
楡井のあとに、準備室に入ると、今日当番の図書委員の子たちが手を振ってきた。笑顔で手を振り返しながらも、わたしの頭の中には、芦田が言った言葉が残っていた。
――あれ、読んでくれたんでしょう?
わたしの手持ちのカードの中で、それに該当しそうなのは、笙子の机の引き出しにあったあの手紙しかない。
芦田からと思われるメールはなかったし、アドレスもなかった。
「7月12日 PM6:15」の手紙は、芦田から?
なら、笙子は、芦田からの手紙に、反応したってこと?
頭の中が芦田の言葉で一杯なままで、わたしは楡井と目があった。
「――朝倉。朝倉?」
「え、は、はい」
「大丈夫? 勉強、できそう?」
「うん。あのさ、芦田君のことなんだけど。わたし、楡井君に相談していたのね」
「してないよ」
目を丸くして、楡井を見る。
「なら、どうして知っているの?」
「それは、言えない」
「意地悪しないで、教えてよ」
「こっちにもいろいろと約束があるんだよ」
「どういう意味よ」
「そんなことより、今は物理が大事だって意味だよ」
そう言うと、楡井は大きなテーブルに教科書を広げ出した。
楡井が話す気がないのがわかったので、仕方なくわたしも勉強を始めた。
――はずなんだけど、やっぱり芦田の意味深なセリフが頭をかける。
「ねぇ、朝倉。ひとの話、聞いてる」
楡井が、シャーペンで机を叩く。
「ごめん。なんだっけ」
「『音の波』だよ」
物理の授業はあれから進み、「音の波」つまり音波についてのフォローを、わたしは楡井にしてもらっていた。




