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羊の短編集。

17時のシンデレラ。

作者: シュレディンガーの羊



鐘の音で魔法が解けても

俺はたぶん君を追い掛ける。




「片瀬、いま何時?」


姿を見つけ反射的に問うと、振り返った彼女は朗らかに笑った。


「10時36分だよ。澤木くん」




「澤木も大概バカよね」


読書中、唐突に降ってきた暴言に目を上げずに応じる。


「なにか用か、三好」

「片瀬にメーワクだとか思わないわけ?」

「時間尋ねるくらいで大袈裟だな」

「へぇ、自覚はあるんだぁ」


含みありげな声音に顔を上げる。

取り繕えなかった不服顔に、三好がニィっ笑う。


「好きなら協力ぐらいはしてあげるけど?」


勝ち誇ったような表情に、俺はため息をついた。




片瀬とは今年初めて同じクラスになった。

携帯を時計代わりにするクラスメイトの中腕時計をしているのが目を惹いた。

しかも教室にいる時でさえ、見上げれば時計があるにも関わらず腕時計を見る。

姿を見かける度、いつも腕時計を覗き込んでいた。

正直、一日に何回時間を確かめれば気が済むのだと思った。

そうして、気づけば彼女を目で追うようになっていた。

そして、膨らんだ興味と好奇心はいとも簡単に俺を動かした。


「片瀬、いま何時?」


気づけばそう尋ねていた。


「いま? いまは14時56分だよ」


唐突なクラスメイトの問いに、片瀬は気を悪くした様子なく時間を教えてくれた。

俺には何のために、そんなに時間を気にするかは少しもわからなかった。

けれど、俺が時間を尋ねて、時計の文字盤を見つめる彼女を、その瞬間だけは俺がそうさせたと思ってしまった。

それは優越感にも似た昂揚で――――




「で、姿を見かけるとつい時間を尋ねてしまうと」


あからさまな楽しげな瞳に耐え切れず、我に返って目を逸らす。

その行動によって何やら精神的に負けた気がするが、いま気にしまい。

三好は意地の悪い笑みを浮かべて言う。


「小学生でも、もっと上手くやるよねぇ。だってそれから進展ナシで、近頃は片瀬からしつこいっぽいことも言われてるしぃ」

「……まだ言われてはない」

「ソレそろそろ言われそうってこと?」


吹き出す手前で笑い声を堪える三好に、羞恥やらで拳が震える。

なにが協力するだ、これはどう贔屓目してもからかってるだけだろっ!と苛立ちのまま睨めば、気づいた三好が舌を出す。


「ごめん、ごめん。みんなからクール認定されてる澤木の実態が、あまりに可愛くて」

「……もういい。三好の協力はいらない」


思考が溶けたようにどろどろと爛れる。

そのくせ頭の芯は冷たく冴えていく。

正直なところ、好きかと問われてもよくわからないのが事実だ。

気になる存在であるのは確かに否定しない。

けれど、誰かに片瀬を好きかと聞かれれば断言しかねる。


「ホントにごめんって。アタシ、片瀬と小中高って一緒だからちゃんと役に立つよ」


笑いを納めて三好が自分の胸を叩く。

それでも機嫌がなおらない俺に、ぱんっと両手を合わせて片目をつぶる。


「じゃ、これからの作戦とか一緒に考えよ。放課後、教室に絶対来てよね!」

「はぁ? 俺は別に」

「ちゃんと来ないとダメだからね!」


言うだけ言って、三好は走っていってしまう。

すぐに見えなくなった背中に、俺は本日何回目かのため息を零した。




もう絶対に三好の話しなど聞くものか。


「あれ? どうしたの澤木くん」


放課後の教室いたのは三好ではなく片瀬だった。

振り返った彼女を見て、思わず回れ右をしなかった自分を褒めてやりたい。

この場から今すぐ去りたい衝動を押さえ込み、何気ない風を装って逆に尋ねる。


「そういう片瀬はどうしたんだ」

「三好さんに呼ばれたから」


こういう事を三好ならやりかねないだろう。

教室に来る前にこの可能性を微塵も考えなかった自分が腹立たしい。


「三好さん来ないなぁ」


三好はたぶん教室に来ない。

椅子に腰を下ろし、そう呟いた片瀬に慌てて口を開く。


「そういえば、片瀬はなんでよく時計見てんの?」


話しをそらそうと選んだにしては、いい選択だった。

唐突なのは否めないが、俺が一番聞きたかったこと。

片瀬は驚いたように瞳を瞬く。

それ以上口を挟まず返答を待てば、長い睫毛に縁取られた瞳が穏やかに細められた。


「澤木くんは人の一生を24時間に置き換える考えを知ってる?」


けれど、片瀬の唇が紡いだのは答ではなく、予想外の問いかけだった。


「生まれた時が0時で、死ぬのが24時ってやつか?」

「そうだよ。17歳の私達は朝の4時くらいかな。夜明け、さぁこれからだって時間帯」

「それが何なわけ?」


片瀬の言いたいことがわからず、あしらわれているのかと眉をひそめる。

片瀬が立ち上がり、俺の前に立つ。

頭一つ低い彼女が俺を見つめて静かに笑った。


「私、もうすぐ死ぬんだ」


カーテンが風にはためく。

冷たい空気が教室を侵食し、肌を撫でていく。

そのまま黙って片瀬を見下ろしていれば、彼女は声を出して笑った。

くるりと背を向け、窓際まで歩いて窓に背中を預ける。


「澤木くん知ってる? こう言うとね、視聴率あがるんだよ」

「知ってる」

「少しは動揺するかと思ったのになぁ」


残念そうに片瀬が足元に目を落とす。

自分から伸びる影を見つめて彼女は言う。


「私、24歳で自分が死ぬと思ってたの。小さい頃の他愛がない思い込み。24時が死ぬ時間だから、数字通り24歳で死ぬって。だから、その頃からタイムリミットを確かめるみたいに時計を見るのが癖になっちゃった」

「俺はてっきり片瀬はシンデレラなのかと思ってたよ」


冗談を口にすれば、片瀬はくすりと笑う。


「24歳で死ぬ私には、タイムリミットぴったりだね。魔法が解けるんじゃなくて、命が溶けるんだ」

「でも、午後12時に死ぬなら逃げなくていいから楽だな。王子には可哀相だけど」

「人生最後が王子様とのダンスなんて素敵」


片瀬は感嘆に似た吐息を零した。

彼女は今まで話していて時計を見ていない。

その癖を忘れさせているのが俺ならいいのにと思った。

思っただけで決して口にはしないけれど。


「24歳で死ぬなら私達はいま17時だね。日暮れ時、綺麗でちょっと淋しい時間帯」


ふいと外に注がれた視線。

追えば空はもう暗くなり始めている。

一番星ももうすぐ瞬き始めるだろう。

背を向けられていると振り返ってほしいて思う。

これは好きだからなのだろうか。

俺は空を見つめる片瀬に声をかける。


「片瀬」

「ねぇ、澤木くん。三好さんたら、きっと約束忘れてるよね」


片瀬は振り返って、そう口を尖らせる。

そして、俺を見てそういえばと首を傾げた。


「澤木くん、腕時計持つ気ないの?」

「は? なんで」

「だってよく時間聞くから。持ってたほうが便利だし、落ち着くよ?」


純粋なすすめに、俺は言葉を詰まらせる。

そのすすめはもっともだ。

かと言って頷けば片瀬に時間を聞けなくなる。

心中で葛藤する俺を、片瀬が不思議そうに見つめる。

その瞳を見たら霧が晴れるように、難解な思いが言葉になった。

そのまま口を開こうとすれば、それは高らかな鐘の音に遮られた。

魔法が解けたように、静かな空気が弾ける。

鐘の音に被せて片瀬が小さく叫んだ。


「5時の鐘っ!? 澤木くん、私帰るねっ」


片瀬は慌てた様子で鞄を掴み、教室を走り出ていく。

思考が数秒空白になって、やっと状況が理解したころには教室に片瀬の姿はない。

さっき口にしようとした言葉を飲み込み、知らず知らず顔に血が上る。

そしてあまりの展開に頭を抱えて座り込む。


「なんだこれ……」


17時に走っていなくなるなんて、どこのシンデレラだ。

門限が17時なんて舞踏会に行く以前の問題だろ。

鐘が鳴り響いて思考をかき乱す。

現実は童話みたいに甘くない。

ガラスの靴なんか落ちていないし、俺は全然王子って柄じゃない。

だけど、


「あぁっ。ちくしょー!」


逃げられたら追い掛けたくなるじゃないか。

鞄を引っ掴んで教室を走り出る。

暗い夜道を送るぐらいなら、たぶん王子じゃなくても許される。

廊下を走り抜け、靴箱へ。

靴を履くことさえ煩わしく、踵を踏んだまま、また走る。

校門を出ようとしている背中。

長い黒髪が冷たい風を孕んで揺れている。

時計に向けられる目が少しでもこっちを向いてくれるなら、それでいい。十分だ。

だから、どうか振り返って


「片瀬っ」


鐘の余韻が残る中で君を追い掛けるから。


友達からのリクエスト。

【時計】

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