第7章:第二殺人
「えーと、『Jam』ってのはあのパンとかに塗るジャムのことなのか?」
「うん、そうだね。単語として見るのならそうだね」
暗号解読に乗り出した3人は、さっそくその作業に取り掛かっていた。
まず不可解に並んだ英単語の意味を確認しようということで、今そうしているところなのだった。
「じゃあこの『DJ』っていうのは・・・・」
「あのクラブとかでドリュドリュってやってる人のことじゃないの?」
「ドリュドリュって・・・幼稚な擬音だな」
「しょうがないじゃない。他にどう表せっていうのよ! あの音を!」
崇史と彩音が話すとすぐこれだ。
優はため息をついた。
「最後は『Son』だよね」
喧嘩に発展しそうな2人に声をかける。
単純な2人はすぐに口論をやめて優のほうに向き直った。
「『Son』か・・。意味は太陽だっけ?」
「違うわよ。太陽は『sun』だもん。『Son』は息子」
「息子か・・・。ぜんぜん意味がつながらないな」
「そうだね。ジャムが2つにDJと息子だもんね・・・」
3人の間しばらく沈黙が流れる。
やがて何かに思い当たったかのように崇史が顔を上げる。
「ジャムが大好物でDJをやっている息子がいる人が犯人っていうのはどうだ?」
「真剣な顔して何を言うのかと思えば・・・。こじつけじゃない」
「でももしかしたらそういう可能性だって・・・」
「ないと思うよ」
優は小さくため息をついた。
「だってここにいる人たちは僕らを除けばみんな23か24歳でしょう? だったら子供がいたとしても最高で8歳くらいにしかならないよ」
「あ、そっか・・・・」
「それにみんなまだ結婚してないってことり先輩が言ってた」
彩音の追い討ちに崇史は頭を抱える。
「やっぱり暗号か何かなんじゃない? あたしは『Jam』が2つあることに何かあると思うんだけど」
「暗号だったらどういう暗号かが問題だよね。暗号といってもいろいろ種類はあるわけだし」
「種類ね・・・・」
呟きながら崇史は視線を天井に向け、考え込んでみたが、何も浮かんでこない。
そうしている間に1時間が過ぎ、2時間が過ぎていった。
ことりに呼ばれて昼食を食べに行ったり、トイレに行ったりするとき以外はずっと崇史の部屋で暗号について考えていた。
そしてついに、時計は夜の12時を回る。やがて彩音が大きなため息をついて立ち上がった。
「もうだめ。頭がパンクしそう。もう遅いし、あたし寝るね」
そういうと彩音は欠伸をしながら部屋を出て行ってしまった。
「あの・・・僕も部屋に戻るね」
遠慮がちな優の声に崇史は「おう」とだけ答える。
1日中考え続けていたせいで、彩音の言うとおり「頭がパンクしそう」だった。
明澄の死体を発見したのが朝だったから、少なくとも12時間以上は考え続けていたことになる。
普段頭などろくに使わない崇史にとって、それはかなりつらいことだった。
しかもこうして1日中考えてみても、結局何も思い浮かばなかったのだ。
「俺の閃きも鈍ったかね・・・・」
優が部屋のドアを閉めて出て行くと、崇史は盛大なため息をついた。
「ったくもう、冗談じゃないわよ・・・」
美咲はビールを飲みながら呟いた。
朝から酒を飲み続けている彼女の顔はすでに真っ赤になっていたが、眠気がまったくといっていいほどなかった。
普段ならこんなに大量に飲めば酔いつぶれてすぐに眠ってしまうのに。
怖いのかもしれない。
彼女の心の奥に巣食っている恐怖が、美咲を眠らせないのだ。
明澄が殺された。次は自分だ、という恐怖が。
それに、殺される原因に心当たりがないでもなかった。
思い出したくもない、あの忌まわしい日。あの日は確か雨だった。
安っぽい透明のビニル傘。近くのスーパーものである買い物袋。そこから転がりだしたシチューのルー。
そして、そして・・・・。
美咲は慌てて頭を左右に振った。
あんな忌まわしいことを思い出したくなんてない。
思い出すだけで体が震えてくる。恐怖がこみ上げてくる。
そうだ。眠気がないというのはかえって好都合じゃないか。
眠らなければ24時間警戒していられる。殺される前に、相手を殺すことだってできる。
そうだ、何も眠る必要などないんだ。
美咲は何度も心の中で自分に言い聞かせ、机の上においてある酔い止めの薬を手に取った。
二日酔いにでもなったら大変だ。薬を飲んでおかなければならない。
美咲はコップに水を注ぐと、その錠剤を口の中にいれ、一気に流し込んだ。
「・・・・ふう」
小さく息をつくと、ベッドに腰掛ける。
夜はまだ長い。警戒を怠ってはいけない。
そう思って気を引き締めなおしたそのとき、胸が熱くなるのを彼女は感じた。
「か・・はっ・・・」
次の瞬間、彼女は血を吐きながら床に蹲っていた。
視界が揺らぐ。
胸が苦しい。
血の味。
意識が遠のく。
数秒の間苦しんだあと、美咲はぴくりとも動かなくなった。永遠に。