第4章:第一殺人
窓の外は激しい吹雪である。
自分たちが遭難しかけたときも相当な強さの吹雪が吹き荒れていたが、今はそれ以上だ。
この吹雪では、明日のスキーは中止になりそうだ。
いや、それどころかこれではまともに歩けすらしないだろう。こんな吹雪の中でもう一度遭難したら、確実に命はない。
帰る日までにやむだろうか、と崇史は少し不安になった。
このまま何日もの間吹雪が吹き続ければ、当然帰れなくなってしまう。
冷たく、激しく吹き荒れるそれは、何かの怒りを象徴しているようにも見えた。
「なに窓の外なんか見ちゃってんの?」
「うわっ!」
突然耳元で聞こえた声に、崇史の心臓は飛び上がった。
見ればいつの間に部屋に入ってきたのか、彩音がそこに立っていた。
「おどかすなよ。つうか勝手に人の部屋に入ってくんな」
「いいじゃない。あたしとあんたの仲なんだし」
「どういう仲だよ・・・。で、なんか用か?」
「お休み前のチューをしてあげようと思って」
「・・・・は?」
頭の中がフリーズする。
目の前にいるこの少女は、今なにを言った? 答えられる人、挙手。
「ぷ・・・あはははははは! じょーだんに決まってんでしょ! あんたなんかこっちから願い下げ」
「勝手に言っておきながらひどい言い草だな」
「気にしない気にしない。あ、本当の用事は、ことり先輩からの伝言なんだけど、『私は明日、朝7時におきるから朝食は7時30分ごろになる』だって」
「7時30分か・・・多分起きられないな・・・」
「まあ、遅くなる分には別にいいって。よかったね、ことり先輩が優しい人で」
何だか彩音の言い方が嫌味っぽかったが、それはもう長い付き合いなので慣れてしまっている。
それにことりが優しいという意見自体は、崇史だって賛成できるものではあった。
「んじゃ、お休み。また明日」
「ん、また明日な」
ドアが閉まる音を聞き、崇史はベッドに横になる。
嫌な予感がする。
胸がむかむかとしていて、頭の中がもやもやとしている。
昔から勘と閃きだけは特に優れていた。
名門といわれる条星院高等学校にスポーツ推薦で入学した崇史は、勉強のほうはまったくと言っていいほどできなかった。破滅的だったのである。
きちんとした学力を持って入学した彩音と優はそうでもなかったようだが、崇史は毎回定期テストのたびに泣きを見ることとなった。
そんな崇史だったが、赤点だけは1回もとったことがないのだ。いつもぎりぎりでそれを免れている。
それはその程度の学力を持っているわけではない。勘だ。
勘と閃きだけで毎回名門高校の定期テストである程度の点を取れてしまうわけだから、そういう事実に裏づけされている点でも、崇史の勘と閃きは特に優れたものではあった。それでも、彩音や優の成績には遠く及ばないのだが(特に優は学園でもトップクラスの成績を誇っている)。
前置きが長くなったが、とにかくそれだけ崇史の勘はよくあたるのだ。
そしてこの類の「嫌な予感」はいつも的中する。
「・・・何も、なければいいんだけどな」
天井を睨むようにしながら、崇史は小さく呟いた。
今夜は眠れそうにない。
清城明澄はいすに腰掛けながら、そんなことを思っていた。
窓を叩く風の音だけが、静かな室内に響いていた。
もうだいぶ遅い時間になってしまった。なのに、一向に眠くならない。
仲間たちの前では、馬鹿やって、騒いでいた明澄だったが、1人になると決まっていつも不安になるのだった。
例えば今こうしているとき、後ろに「誰か」が立っていたらどうする?
1人の女が、恨めしそうにこちらを睨んでいたら?
明澄は小さく体を振るわせた。
自分がこんな状態になってしまったのも、「あの事件」からだった。「あの事件」さえなければ、こんなに何かに怯えることもなかったのに。
例えば、後ろに、誰かが、立って、いたら?
ぞわり、と後ろから圧力を感じた。
いや、圧力なんて生易しいものではない。これは殺意だ。怨念だ。
「ひっ!」
明澄が小さく声を漏らしながら振り向くと、そこに1人の人物が立っていた。
その人物は、手に金槌を持っている。巻いてある包帯が、何だかリアルだった。
その人物は無言のまま金槌を振りかぶると、それを一気に明澄の頭部に振り下ろした。
ぐぎゃ、という何かのつぶれる嫌な音を聞いた。
そして襲い来る激痛。
明澄は目を見開き、そのまま床に倒れこんだ。
その人物は、明澄の頭部に更に一撃、金槌を振り下ろす。
再び何かの砕ける音。激痛。
ぐったりとした明澄を見たその人物は、急ぐようにその場を去っていった。
「う・・・はぁ・・・うぅ・・・」
その人物が去って行った後も、明澄はしばらく生きていた。
想像を絶するような激痛が、明澄を襲う。
誰かに、自分を殴り殺した犯人を教えなければ。
そんな使命感が、いや執念が明澄を突き動かした。
床に散らばった物の中から、手帳をつかみ、そしてペンを握る。
誰かに、あの人物が誰なのかを教えなければ。
ただそれだけを思い、明澄はペンを走らせた。
薄れゆく意識の中、それでも明澄は書き続けたのだった。