第19章:密室の謎
「・・・は? ちょ、ちょっと崇史・・・あんた、何言ってるの?」
彩音は信じられない、というような顔をしながら崇史と優の2人を見比べていた。
「優が犯人だなんて・・・そんなの、酷すぎる」
「・・・でも、事実なんだ」
「そんなわけない!」
彩音が机をばん、と叩いた。
「いい加減にしてよ! そんな暗号なんかで優を犯人だと決め付けるなんて最低! そうだ、睡眠薬。睡眠薬はどうなの? 昨日の夕食、睡眠薬が入ってたんでしょ!?」
彩音の言葉に、まだそれを知らなかったらしい比呂たちがぎょっとした表情になった。
「ああ、確かに。あの日の夕食には睡眠薬が入っていたはずだ」
「な、何でそんなものが入ってたんだ? 昨日の夕食に限って」
「1人目の清城さんのときは、まだ誰も殺されてなかったから、清城さんは無警戒だった。須賀さんと柏崎さんは毒殺だった。でも、落合さんは違いましたよね? 落合さんは相当警戒していたはずだ。不用意に近づいて叫び声なんてあげられれば自分が犯人だとばれてしまう。だから叫び声をあげられても誰も気がつかないように、睡眠薬を全員に飲ませた」
「そうか。睡眠薬で深く眠らされていた俺たちには、英明の叫び声は届かないってことか」
「・・・そういえば昨日、夕食を食べた直後から急に眠くなったな」
比呂や悠紀が納得したように言う。
「その夕食に睡眠薬が入っていたなら、優に睡眠薬を入れるチャンスなんてなかったじゃない」
つまり、睡眠薬を夕食に混入できたのは、それを作っていたことりだけということになる。
しかし、そうではない。そうではないのだ。
「忘れたのか? 俺たち、あの日の夕食は深森さんが1人じゃ大変だからって、3人で準備を手伝ったじゃないか」
「でもあのとき、優の周りにはあたしたちがいたのよ!? あたしたちに見られないように自分以外の全員分の料理に睡眠薬を入れるなんて無理よ」
「その機会はあったよ。1回だけ」
崇史は静かに言った。
「あのときのこと、思い出してみてくれ。あの時、深森さんはスープを作ってた。そして、深森さんの下へ真っ先に駆けつけたのは優だった。俺たちよりも少し早く、あのスープのある鍋の近くまでたどり着いていた」
「でも、ことりさんも鍋に近くにいたわ」
「でも、鍋を見てはいなかっただろう?」
崇史はそういい、ことりのほうを向いた。
「深森さん。あのとき、深森さんは俺たちのほうを振り向いてましたよね?」
「え? ええっと・・・。多分そうだと思うわ。そのとき確かに、鍋からは目を離していたけど・・・」
「その数秒間のうちに、誰よりも早く鍋の近くに駆け寄った優は睡眠薬を入れたんだ。深森さんの視線は後ろにいる俺と彩音に注がれていたし、俺と彩音からは優の体が邪魔になって、何かを混入していても分からない」
「でも、スープが入った鍋に直接睡眠薬を入れたんなら、優だってそれを食べて眠らされちゃうじゃない」
「・・・あの日の夕食、お前は優がスープを飲んでいるのを見たか?」
「え? そ、そんなの覚えてないわよ」
「だろ?」
崇史はそう言いながらちらりと優のほうを見る。
「優はあの日、わざとゆっくり食事を取っていた。自分が最後まで大広間に残っている必要があるからだ。ゆっくり食べ、巧みにスープを一口も飲んでいないことを悟られないようにしながら最後まで大広間に残る。誰もいなくなったあと、スープは流しに捨てる。こうしておけば、優は睡眠薬入りスープを飲まずにすむ」
崇史と彩音が大広間を出たとき、既にそこにいたのはもう優とことりの2人だけになっていた。
大広間に最後まで残ることなど、造作もなかっただろう。
彩音は、黙り込んでしまった。
「多分、賭けみたいなもんだったんだと思う。簡単なように説明したけど、実際行動に移すとなるとかなり高いリスクを負うことになるからな。優はもともとかなり要領はいいほうだったけど、それでも成功する確率は、よくても半々くらいだったはずだ。それが運良く成功したってわけだ」
誰も、何もしゃべれないようだった。
崇史はじっと優を見つめてみた。
優は俯いたまま、視線を合わせてはくれない。
がたん、という音とともに、再び彩音が立ち上がる。既に半泣き状態だった。
「そんな、そんな状況証拠で優が犯人だなんて決めつけられないわよ! 大体落合さんが殺されたとき、部屋は密室だったじゃない。・・・そうよ。やっぱり落合さんが犯人で、あれは自殺だったのよ!」
彩音は早口で一気に言った。
それは叫びといってもいいほどのものだった。
そもそも、英明が犯人だということで落ち着きそうになった事件を、もう1回考え直してみようと提案したのは彩音なのだ。
言っていることが矛盾しているが、本人はそれにも気づかないほど興奮している。
「その密室のトリックは、もう分かってるんだ」
崇史は言いながら合鍵が着いている鍵束を取り出した。
金属製のリングに全部屋分の鍵が白い縄でくくりつけられている。
「これの結び目をよーく見て欲しい。ちょっとずれてるのが分かるだろ?」
崇史はそれを彩音や比呂たちに見せた。
優は俯いたまま、動かない。
「この結び目がずれてるってことが、どういうことか分かりますか? ・・・春日部さん」
「俺?」
比呂が少し驚いたように声を上げる。
それから「うーん」と唸りながら考えていたが、答えは出ないようだった。
「・・・・その縄は1度ほどかれた、ということか」
いつまで経っても答えられなさそうな比呂にかわり、悠紀が冷静に言う。
「そう、その通りですよ。結び目がずれているのは、1度ほどいてまた結びなおしたからなんです」
「・・・これ全部を?」
「結果的には。本当にそんなことをする必要があったのは、落合さんの部屋の合鍵だけですけど」
「どういうことなの?」
「つまり、犯人は―――優は、どうしても縄をほどいて、落合さんの部屋の合鍵を手に入れる必要があったんです。もちろん、部屋に出入りするために」
「ちょっと待ってよ」
そこで彩音が口を挟んだ。
「結び目がどうとか言ってるけど、結局落合さんの部屋の合鍵はちゃんと鍵束にくくりつけられて部屋の中にあったじゃない」
「・・・本当に?」
崇史の言葉に、彩音は戸惑ったように「え?」と聞き返した。
「本当に、この鍵は落合さんの部屋のものなのか?」
「当たり前じゃない。落合さんの部屋番号のプレートに、ちゃんと鍵がくくりつけられてるんだから」
「でも、実際にこれが落合さんの部屋のものだと確かめたわけじゃないだろ?」
崇史は白い縄をほどき、金属製のリングから鍵を取り出す。
「こういう風にして1度縄をほどき、そしてかわりの鍵を縄にくくりつけ、元通り金属製リングに更にくくりつける。つまり、別の鍵を落合さんの部屋の鍵と俺たちの思い込ませたんだ。落合さんの部屋番号のプレートにくくりつけられてるんだから、落合さんの部屋の鍵だと思い込んでしまったってわけだ。そしてこのとき結び目がずれたんだ。それに気づいた優は、木の葉を隠すには森を作れ、といった感じに他の部屋の鍵の結び目も、意図的にずらしたんだ。1つだけ結び目がずれたりしていたら、明らかに不自然だからな」
「ちょっとまって」
ことりが小さく手を上げた。
「鍵束は部屋の中に落ちていた。そしてそのときはまだそこにくくりつけられていた鍵は別の鍵だったのよね? でも、たくさんある鍵の中で、1つだけ違う鍵が混ざっていたら違和感があると思うんだけど」
「そのときは、じゃない。今もこの鍵は落合さんのものじゃないですよ。そしてこの鍵は、犯人の・・・優の、部屋の鍵なんだ」
ことりは驚いたように目を見開いた。
彩音は何か言おうとしているらしかったが、うまく言葉が出ないようだった。
そして優は、いまだ俯いたまま、動かない。
「深森さんの言ったように、1つだけ違う鍵が混ざってたら目立つかもしれない。でも、同じ鍵だったら? その鍵が、犯人の部屋の鍵だったら、違和感はないはずです。合鍵とまったく変わらないんですから」
崇史はその鍵を、テーブルの上においた。
優を除く全員の視線がその鍵に集まる。
「優は多分、事件のあともう1度落合さんの部屋を訪れて、自分が持っている落合さんの部屋の合鍵と、落合さんの部屋の合鍵に見立てられている自分の部屋の鍵を交換しようとしたんだ。でも、そこにはある人物がいたために、それが出来なかった」
「・・・俺か」
比呂の言葉に、崇史は頷く。
そう、比呂は大広間で最後に解散した直後からずっと、英明の部屋にいたのだ。
そして中に入れずもたもたしている間に、彩音に声をかけられてしまった。
それ以後はずっと優は崇史や彩音と一緒に行動していた。
1度英明の部屋にもいったが、比呂、崇史、彩音の3人がいる中で、鍵を交換するなど出来たはずがない。
つまり、優が本当に犯人ならば、自分の部屋の鍵と英明の部屋の合鍵を、いまだ交換できていないはずなのだ。
「優。お前、自分の部屋の鍵、持ってるよな? ちょっと出してみてくれ」
優が出した鍵が、もしも英明の部屋の合鍵だったならば、これはもう決定的な物的証拠だ。
「・・・・・」
優は相変わらず俯いたまま、何も聞こえてないかのように無反応だった。
重苦しい沈黙が、その場に流れた。
その沈黙を、顔面蒼白の彩音が破る。
「ま、まってよ・・・・えっと・・・ゆ、優が犯人なわけないじゃない。優、鍵なんて出す必要ないからね。優は・・・・優は・・・」
舌がうまく回らないようだ。
何を言えばいいのか分からず、混乱しているようにも見える。
それでも彩音は何かを言おうと必死になっていた。優を、庇おうとして。
「もういいよ。ありがとう、彩音」
ひどく澄んだ声が、聞こえた。
優はテーブルの上に、自分のポケットから取り出した鍵を置いた。
「さすがだね、崇史。崇史の言うとおり、今僕が持っているこの鍵は、落合さんの部屋の合鍵だよ」
全員が、呆けたような表情で優を見つめていた。
「・・・・認めるのか?」
「うん、認めるよ。清城さん、須賀さん、柏崎さん、落合さん。この4人を殺したのは、僕だよ」
優は決して大きいとはいえない声で、それでもしっかりと、そう言った。