第18章:その名は
この話で犯人の名前が明らかになります。
まだまだ自分で推理したいという方は、見ないようにお願いします。
優と彩音の2人が他の者たちを呼びに部屋を出て行ったあと、崇史は小さくため息をついた。
まさか本当に、謎が解けてしまうなんて思ってもいなかった。
彩音に共に考えてもらうように頼まれたときは、まだ「とりあえず考えてみよう」と思ったにすぎなかった。本当に、本気でこんな平々凡々な高校生である自分にこの謎が解けるだなんて、思っていなかったのだ。
しかし、彩音や優とこの事件について考え、調べていくうちに謎が解けていってしまった。
英明が殺されたときの密室。
明澄のダイイングメッセージ。
睡眠薬。
すべての謎が解けたとき、崇史はすさまじい衝撃を受けた。
最後の最後までわからなかった犯人の正体も、明澄のダイイングメッセージによってようやく分かった。
そう、あとはそれを他のものたちの前で明らかにするだけ。
本当に出来るのだろうか、と崇史は不安になった。
小説の中の名探偵のように、鮮やかに謎を解決していく。そんなことは、出来なくてもいい。どうでもいい。
重要なのは、他の者たちが見ている前で、その真犯人を告発し、そして罪を認めさせることが出来るのか。
わざわざ全員を集めて、みんなの前でその推理を披露する必要など無いのではないか、とも思った。直接犯人を訪ね、2人だけで話し合うという方法だってある。
しかし、犯人ではない他の者たちだって、この事件の立派な関係者だ。
真相を知る権利があるし、それに万が一正体を暴かれた犯人が崇史を殺そうとするかもしれない。そのとき周りに人がいないのは危険だ。
「そんなこと、絶対に無いとは思うんだけど、な」
ぽつりと小さく声を漏らした崇史は、再びため息をついた。
「崇史」
名前を呼ばれふと顔を上げると、ベッドに座っている崇史の目の前に、優が立っていた。
「全員、集まったよ」
「・・・・そうか」
崇史は小さな声で答えた。
しかし、その場から動こうとしない。
「崇史?」
「・・・優。俺さ、本当にこれからすることが正しいことなのか分からないんだ。もっと別の方法があったのかもしれないって。きっと俺が犯人を暴けば、すごく傷つくやつがいると思うから」
「・・・・」
「やっぱり、何も知らない振りしとけばよかったのかもしれないな。こんな薄汚れた真相なんて、知らなきゃよかったのかもしれない。俺、バカだから・・・・」
「・・・崇史。それは違うと思うよ」
優は真剣な目で、それを否定した。
「崇史がこれからしようとしていることは、きっと正しいことなんだよ。誰がなんと言おうと、この僕が保障するよ。崇史は正しいって」
「優・・・・」
「それに、どちらにしろきっと崇史には知らない振りなんて出来なかったと思うよ。だって崇史は、見てみぬ振りなんて出来ない、正直で真っ直ぐな・・・・僕の、親友だから」
その瞬間、崇史の中から迷いは完全に消え去った。
崇史は自分の心を迷わせていた黒い霧が、さっと晴れていくのを感じた。
崇史は、ゆっくりと立ち上がった。
「ありがとな、優」
「どういたしまして」
優は微笑みながら、そう返した。
「ずいぶん遅かったな」
大広間に入るなり、やや不機嫌そうな声で比呂が声をかけてきた。
「すいません。ちょっと用があって」
崇史はそう返しながら、全員が座っているテーブルの前まで行った。
一緒に部屋に入った優は、彩音の隣の席につく。
「それで? この事件の真相が分かったというのはどういうことだ?」
あまり興味なさげに悠紀が聞く。
「そのまんまですよ。この事件の真犯人。その正体がわかったんです」
「真犯人?」
「はい」
崇史の言葉に、比呂やことりは顔を見合わせる。
「犯人は英明じゃなかったの?」
「・・・違います。落合さんは真犯人によって殺された被害者です」
「でも、部屋には遺書もあったし、盗まれた合鍵の束だって落ちていたのよ? 合鍵じゃないほうの鍵も英明がちゃんと持っていたし・・・。これじゃ英明の部屋を出入りするのは不可能ってことに・・・・」
ことりの言葉に、崇史は首を振った。
「あの遺書、やけに素っ気無かったっすよね? それに直接ノートパソコンに打ち込まれていたものだったから、偽装は簡単だ」
「じゃあ、鍵は? 英明の部屋の鍵はちゃんと掛かっていたわ。そのうえ部屋を出入りするための鍵は2つとも英明の部屋の中にあった。これじゃ、まるで密室殺人じゃない」
「その謎はあとでゆっくりと説明しますよ。とにかく今大切なのは、真犯人とはいったい誰なのか、ということです」
崇史は悠紀、ことり、比呂、彩音、優の5人の顔を見回した。
「いったいそれは誰なんだ?」
「その正体は、こいつが教えてくれますよ」
比呂の言葉に、崇史はそう答えながらポケットの中から紙切れを取り出した。
それは明澄が殺された現場で発見された、ダイイングメッセージだった。
「これが何なのかは分かりますよね? 清城さんが残したダイイングメッセージ。このダイイングメッセージが犯人の正体を指し示しているんですよ」
「・・・・『Jam Jam DJ Son』。何のことだかサッパリだ」
比呂は完全にお手上げのようだった。
他の4人も分からないようだ。
「俺がこのダイイングメッセージを解けたのは、清城さんが言った言葉を、何気なく思い返していたからなんです」
「明澄が言った、言葉?」
崇史は頷いた。
「清城さんが生きているときに言っていた言葉の中に、ヒントは隠されていたんです」
「焦らさないで早く教えなさいよ」
彩音が少し苛立たしげに言った。
この事件の真相を知ったとき、彩音はどんな反応をするのだろう。そう思うと、少しだけ胸がしめつけられた。
「清城さんは自己紹介のとき、自分はカレンダーを製造する会社に勤めているって言ってましたよね?」
「ああ。社名は確か『明星堂』とかいったっけか?」
正直社名までは覚えていなかったが、崇史はとりあえず頷いておいた。
「で、それがどうヒントにつながるんだ?」
「ポイントは、アルファベットの数です」
「数?」
「あの暗号は、実は単語には何の意味も無いんですよ。『Jam Jam DJ Son』。問題なのは、4つの単語が並んでいるってことじゃなくて、11のアルファベットが並んでるってことなんです」
「・・・まだよく分からねぇな。その11のアルファベットに、どんな意味があるっていうんだ?」
「思い出してください。清城さんは、カレンダーを製造する会社にいたんだ。この暗号を作るとき、そのときの癖みたいのが出てしまったのかもしれないですけど。つまり、この11のアルファベットには、月名が関係しているってことです」
「月名?」
「正確に言うんだったら、あの11のアルファベットは、12ヶ月の月の名前を英語にした、その頭文字だってことです」
崇史はもう1度5人の顔を見回す。
全員、顔が少しこわばっているようにも見えた。
「3つのJはそれぞれJanuary、June、July。2つのAはAprilとAugust、2つのMはMarchとMay、DはDecember、SはSeptember、OはOctober、NはNovember。・・・・アルファベットの数は11個。これを並び替えて、あの4つの単語を作ったんです。そして見て分かるとおり、1つ、アルファベットが足りないんですよ。何月が欠けているか分かりますか?」
しばらくその場を沈黙が支配した。
そしてそれを破り、解答を出したのは、意外にも悠紀だった。
「February・・・・か」
何人かがはっとしたような表情を浮かべた。
ここまで来れば、もう誰が犯人なのか見当がつく人もいるだろう。
「・・・・・」
先を続けなければ。
声を出して、その犯人の名を、宣言しなければ。
脳ではそう思っているのに、口が動いてくれない。
言葉にするのを拒否しているのかもしれない。言いたくない。言いたくない。
しかし、そのとき、犯人自身から言われた言葉を思い出した。
崇史はぎゅっとこぶしを握り締める。
前を向いて、犯人を、しっかりと見据えた。
「Februaryは2月を意味する。2月は、『如月』ともいうんだったよな、優」
崇史の視線の先にいる、1人の人物。
真犯人、如月優はうつむいたまま顔を上げなかった。