第1章:遭難直前
「あのー、ここで1つ質問を許していただけるでしょうか?」
「うん? 何?」
「俺らさ、現在進行形で遭難してない?」
横から吹き付けてくる強い風に、冷たい雪。
何でこんな吹雪の中スキーなんてしているんだろう、とか思いながら、緒方崇史は言った。
これはもはやスキーではない。
全身全霊、己の存在意義をかけててでも抗議する。これは遭難だ、と。
「あ、あはは。何言ってんの。遭難なんてしているわけないじゃない。あたしたちは今ことり先輩たちの待っている山荘にむかってスキーで移動中。オーケー?」
「じゃあ聞くけど何でいつまで立ってもその山荘に着かないんだ?」
「も、もうすぐ着くでしょ、きっと。着くはずだよ。うん、多分」
「おいおいおいおいおい! 『多分』ってお前なぁ!」
「ほらほら。男なんだからあんまりギャーギャー騒がないの」
「そういう問題じゃないだろ! ここで遭難したら俺たち死ぬぞ!」
「あーもー! うっさいわね! 迷っちゃったんだからしょうがないでしょ!」
「うわこいつ逆ギレしやがった! ありえねえ」
「うるさいうるさいうるさーい! 黙ってなさいよ馬鹿!」
「ああ!? 誰が馬鹿だって?」
終わりのない口論。
この吹雪の中よくこんな大声で口喧嘩ができるものだと自分で感心してしまう。
だがこの目の前にいる女を許すことができるわけがない、と崇史は炎を燃やしていた。
「山荘までの道はちゃーんと記憶しているから大丈夫」とか何とか言ってどんどん山の奥へと滑っていってしまったその女、麻島彩音。
彩音がどんどん1人で滑っていってしまったせいで、帰り道が分からなくなり、こうして今遭難しかけているのだ。
それにも関わらず彩音の顔には反省の色が一切見られず、そのうえ逆ギレしてくる始末。
さあここで皆さんに質問です。この女を許すことができますか?
崇史の答えはもちろんノーである。
だからここでこうして彩音と激しい口論を繰り広げているのだ。
「もう、やめようよ。喧嘩したってこの状況がどうにかなるわけじゃないんだし」
激化の一途をたどっていた崇史と彩音の口論に、突然第三者の声が割り込んできた。
今まで口を開いていなかった3人目の人物、如月優である。
そして優の言葉は、この2人の口論をとめるのに最も効果的だった。
「・・・・はぁ、そうよね。優の言うとおり」
「・・・・だな」
優の言葉に、熱くなっていた崇史と彩音は冷静さを取り戻す。
いつもこういう図式が成り立っているのが、この3人組だった。
崇史と彩音が激しい口論を繰り広げ、それを優が止める。もはや日常茶飯事だ。
この3人、現在高校2年生だが、一緒にいることが多かった。
崇史と彩音はもともと家が近所で、小さいころからの幼馴染。いわゆる腐れ縁というやつだ。
その2人に優が加わってきたのは、中学に入ってからだった。
中学1年のころに、崇史と彩音がいた中学に優が転入してきたのだ。
やや控えめな性格ではあるが、誰にでも優しい優と、崇史が仲良くなるのにはそう時間はかからなかった。そして崇史と優が仲良くなると同時に、自動的に彩音と優も仲良くなったのだった。崇史と彩音は一緒にいることが多かったから、崇史と仲良くなった優が彩音と仲良くなるのも必然だったといえるだろう。
こうして今も続く3人組がそのとき生まれたのだった。
「で、これからどうするよ?」
崇史はため息をつきながら言った。
「進むしか、ないでしょう?」
彩音もため息をつく。
もともとこんな状況におかれているのは山荘までの道が分からなくなるほど奥へとどんどん滑っていってしまった彩音のせいであるし、そもそもこのスキー旅行(といえるのだろうか? これは)に崇史と優を誘ったのは彩音なのである。そのすべての元凶というべき彩音がため息をついている姿を見ているとちょっと苛立つが、まあそこは冷静になるべきだろう。
彩音は現在スキー部に所属しているのだが、近所に住んでおり、学生時代は彩音と同じスキー部に所属していたという深森ことりという社会人の先輩に今回の集まりに呼ばれたのがそもそもの始まりだったのだ。
今回の集まり、というのはことり達の代のスキー部のOBが集まって、久々にスキーを楽しもうというものだったらしい。OBだけの内輪の集まりになぜ彩音が呼ばれたのは分からないが(多分気まぐれだろう)、とにかくその集まりに招待された彩音は1人でいくのが心細かったらしい。だからその集まりに崇史と優を誘ったのだ。
「来るんじゃなかった・・・・」
小さくそう呟いてみたが、いくらそうしたところで事態が好転するわけではない。
いつまでも過ぎたことをウジウジいっているのは確かに男らしくないし、ここは彩音の過失は忘れて、どうやって山荘に戻るかを考えよう。
と、そう頭を切り替えた崇史だったが、その必要はなかった。
「あ、あそこに明かりが見えるよ」
崇史のすぐ隣を滑っていた優が前を指差したのだ。
その指の先には、確かにかすかだが明かりが見えた。
間違いない。
あの光の場所こそが崇史たちの捜し求めていた山荘、金色荘である。