第15章:探偵誕生
英明たちの死体を発見したその20分後、崇史たちは大広間に戻ってきていた。
「まさか英明が犯人だったなんてな」
小さくため息をつきながら比呂が呟いた。
英明の部屋に残されていた合鍵の束、そして遺書。
あの状況から見て、自殺は間違いないように思われた。
「・・・・あいつは完全に狙われる側の人間だと思っていた。あいつはそれを利用したんだな」
悠紀が感情を交えずにそう言った。
「どうするんですか? これから」
「とりあえず吹雪も徐々に弱まってきている。最初の予定通り、今日中に下山することにしよう」
不安そうな彩音に、比呂がそう答えた。
「とりあえず今は吹雪が止んだらすぐに帰れるように荷物をまとめておこう」
「深森さんの荷物はどうするんですか?」
優の言葉に、比呂ははっとしたような表情をつくった。
「そうか。ことりのやつは今気絶してるんだったか」
比呂は呟きながらソファのほうを見る。
彼の視線の先には目を閉じ、そこに寝かせられていることりの姿があった。
「俺がやっておこう。大体でいいならな」
「悠紀、やってくれるか。じゃあ、俺は英明の部屋に行くよ」
「落合さんの部屋? なんでっすか?」
「警察が来たときのために現場はそのままにしておいたほうがいいのは分かっているが・・・。どうせ自殺なんだし、あのままにしておくのは少し抵抗があるからな。せめて首をつっているロープぐらいは切ってやりたいんだ」
あのときは誰もが混乱していたから、英明を首吊り状態のまま部屋に放置して帰ってきてしまったのだった。
確かにあのままの状態にしておくのは少々気の毒だ。
といっても、既に英明は死んでいるわけだから、本人は何の不平もいえないのだけれど。
「じゃ、とりあえず解散な。各自部屋に戻って荷物をまとめるってことで」
比呂のその一言を合図に、他のメンバーたちは各々の部屋に戻っていった。
「よし・・・っと。大体こんなもんか?」
崇史は額の汗をぬぐいながら、そう呟いた。
もともとそんなに多くの荷物を持ってきたわけではないから、30分もしないうちにすべて片付いた。
崇史は「ふう」と小さく息をつくと、ベッドに腰掛けた。
そしてそのまま視線を天井に彷徨わせる。
犯人は落合英明。彼の自殺を持ってこの事件は終了。
本当にそれが真相なのだろうか?
胸に何かがつかえているような、そんな言いようのない不安感があった。
違う。犯人は英明ではない、と心が叫んでいる。
昔から勘と閃きは超一流だった。
その崇史の勘が、事件はこれで終わりではないといっている。
4人を殺した犯人はまだ野放しにされたままだと、そう言っている。
分からない。
これで終わりなのか、それともまだ終わっていないのか。
崇史は自分の勘と閃きに大きな信頼を寄せているし、誇りにも思っている。
だが、今回ばかりはそれも外れているのではないか、という思いがしていた。
部屋にはたった2行で、素っ気無かったとはいえ、ちゃんと遺書があった。が、それはノートパソコンに打ち込まれていたものなので、偽装しようと思えばいくらでも可能だ。
問題はあの部屋の状況だ。
英明の部屋にはちゃんと鍵が掛かっていたし、外があの吹雪では窓からの侵入は不可能。それなのに部屋の中に、あの盗まれた合鍵の束が転がっていたのだ。英明が自分の部屋の鍵を持っていたのは確認できたし、あの合鍵の中にも、英明の部屋「6号室」のプレートにくくりつけられた鍵がちゃんとあった。つまり、あの部屋に出入りするために必要な鍵は、2つともあの部屋の中にあったことになる。
なのに、鍵が閉まっていたのだ。
鍵がない以上、外から鍵をかけるのは不可能。ドアには糸が通りそうな隙間などなかった。
つまり、この場合英明は自殺で、鍵は自分で中から閉めたと考えるのが最も妥当なのである。
もしもこれが殺人だというのなら、紛れもなく密室殺人だ。
「はぁ・・・・・」
そこまで考えて崇史は軽くため息をついた。
やはりこれは自殺としか考えられない。
明澄、美咲、健介の3人を殺したのは英明。その英明は、自らが犯した罪の重さに耐え切れず、自殺した。
紛れもない、これが真相なのだ。
崇史がそう自分に言い聞かせていると、不意にドアをノックする音が聞こえてきた。
コンコン、というノック音に、崇史は視線をドアのほうへ向けた。
その音の主は返事を待たずにずかずかと崇史の部屋の中に入ってきた。
それは、彩音だった。
「彩音・・・・。どうしたんだよ、いきなり」
「決まってるでしょ! この事件の真相を一緒に考えるのよ」
彩音は興奮気味に言った。
今まで3人でダイイングメッセージを解いたりしていた。犯人を特定するために。それと同じように、ともにこの事件の真相を考えようと言うのだ。
「真相? そんなの、決まってるじゃないか。犯人は落合さんで、落合さんは自殺した。そうだろ?」
「・・・・あんた本当にそう思ってる?」
彩音の言葉に、崇史は答えられなかった。
「ね、あたし絶対不自然だと思う。だってあんなに短い遺書なんてありえないでしょ? それに、あの遺書には肝心の動機のことだって書いてなかった。あたし、落合さんは殺されたんだと思う」
「・・・・確かに不自然だし、俺もそういう気がしてるよ。でも、落合さんが殺されたのだとしたら、これは密室殺人ってことになるぜ? 小説じゃあるまいし・・・」
「だからってありえないとは限らないでしょ?」
「・・・・・」
「あたし、このままじゃ終われない。ことり先輩、気絶しちゃったのよ? 精神がぼろぼろになって、凄くつらかったと思う。犯人が許せない」
「彩音・・・・」
「だから・・・だから落合さんが犯人じゃないなら、誰が犯人なのかはっきりさせたいの。崇史だったらできると思う」
「何で俺なんだよ? 頭だったらお前や優のほうがいいだろ? 俺は勘と閃きと運動神経ぐらいしか能のない平凡な男だ。探偵役には向いてねえよ」
今までは犯人が誰だか分からなかったから、ほとんど興味本位でダイイングメッセージを解いたりしていた。しかし、今回は状況が違う。
この事件はもう既に終わっているかもしれないのだ。探偵を気取る必要などない。
「あたしは、その勘と閃きってすごい才能だと思う。少なくとも、どんなに必死に勉強したって、身につかないものだもん。だから・・・崇史ならできるとあたしは思う」
彩音の目は怖いほど真剣だった。
「これは、あたしのわがまま。嫌ならそれはそれでいい。分からないならそれはそれでいい。でも、もし私のわがままを聞いてくれるんだったら、残されたわずかな時間、一緒にこの事件の真相について考えて」
「・・・・分かったよ」
考えて損するわけでもない。
考えて困るわけでもない。
それなら、幼馴染のわがままに付き合ってみるのも、一興だ。
なにより、崇史自身何かが引っかかっているような感じがしていたのだ。
ならば考えてみようじゃないか。
この事件の、真相を。
崇史が首を縦に振ると、彩音は先ほどの真剣な表情とは打って変わって、ぱっと嬉しそうな明るい表情になった。一瞬ドキッとしてしまったのは秘密だ。
彩音は「優も誘ってくる」と言って勢いよく崇史の部屋から出て行く。
密室トリックにダイイングメッセージ。
こうしてこの事件に残された謎は、1人の少年に託されることとなった。