第14章:死者の宴
目を開けると木の天井が見えた。
一瞬自分が何でこんなところに寝ているのかわからなくなる。
あれ、ここ俺の家じゃないぞ? と上半身をベッドから起こして思った。
そして数秒もたたないうちに自分のおかれた状況について、思い出すことができた。
「そっか・・・。俺、今殺人事件に巻き込まれてるんだっけ・・・・」
崇史は小さくため息をついた。
そう、既に2人もの人間が殺されているのだ。数日前に始めて会っただけの深いかかわりのある人たちではなかったが、それでもやはりそれに何も感じないほど崇史は非情ではない。
腕時計を見ると、現在の時刻は7時30分。朝食の時間だ。
いつもならこんなに早く、しかも自分から起きることなど滅多にないのに、随分早起きになったものだ。
崇史はゆっくりとした動作で服に着替えた。
まだ頭が少しボーっとして冴えてないので、余計に手間取ってしまった。
そういえば昨日は夕食を食べた後妙に眠くなってしまった。
あんなに暴力的なまでの睡魔に襲われたのは初めてだったが、よほど疲れていたのだろうか?
着替えが終わるころには、もう7時45分になっていた。
「さて、行くか」
崇史は軽く伸びをし、部屋のドアを開いた。
大広間に行くと既に彩音、優、ことり、比呂、悠紀の5人は席について朝食をとっていた。
「あら、意外と早く起きてきたのね」
大広間に入ってきた崇史に、彩音が驚いたように言う。
明澄の死体が発見された朝にも優に同じことを言われた記憶がある。そんなに寝坊するイメージが強いのか、俺。
崇史が軽くショックを受けている間に、ことりがてきぱきと崇史の分の朝食を用意する。
心なしかその顔はどこか明るいように見えた。
「何かいいことでもあったんですか? 深森さん」
聞いてから何を聞いているんだろう、と後悔した。
こんな殺人事件が起こっている山荘に閉じ込められて、いいことなどあるはずがない。
だがしかし、その崇史の問いにことりはよく聞いてくれたといわんばかりににっこりと笑った。
「窓の外を見て。吹雪が弱まってきてるでしょ? この分だと今日中に山を降りられるかもしれないって、比呂が言ったの」
「本当っすか? 春日部さん」
崇史は驚いて比呂に聞いた。
よく見てみればことりだけでなく、他の者たちの顔も昨日までとは比較にならないほど明るくなっていた(悠紀に関してはあまり変化がなかったが)。
「おう。もうちょっとでこの吹雪も止むと思うから、多分今日中に降りられるだろ」
比呂が笑いながら言う。
その顔には安堵の色が広がっていた。
「そうだ。健介と英明にも教えてあげなくちゃ。まだ部屋にこもっているはずだし。この知らせを聞いたらきっと2人とも喜ぶよ」
「そうだな。朝飯食い終わったらみんなで報告に行くか」
比呂が明るい表情で言う。
「え? みんなでですか?」
彩音がそこに口を挟んだ。嫌そうな顔ではないが、不思議そうな表情をしている。
「ああ。1人や2人で行ったら、あいつらが犯人と誤解するかもしれないだろ」
「あ、そうですね。なるほどー」
比呂の言葉に彩音は納得したように頷いた。
確かに1人や2人で行ったら相当用心深くなっているであろうあの2人は話も聞かないだろう。
全員で報告に行ったほうが誤解もなくて安全だ。
もう崇史以外の全員は朝食を食べ終わってしまっていたので、今は全員で崇史を待っている状態だった。
崇史は食べるスピードを上げた。
「健介。起きてるか? っつーかいるか?」
健介の部屋のドアをノックしながら、比呂が声を張り上げる。
しかし、中から返答はない。
「おい! 吹雪が弱まってきたんだ! 今日中に山を降りられるかもしれないぞ! 聞いてるのか?」
やはり返答はない。
「お前を殺そうなんて思ってないから、早く出て来い。みんなお前の部屋の前にいるから」
「私もいるから安心して出てきて! 健介」
「あ、あたしもいます!」
「僕もいますから!」
やはり返答はなかった。
比呂はやや緊張した様子で崇史たちのほうへ振り返る。
「・・・・もしかしたら、健介は、もう・・・・」
考えられない可能性ではない。いや、むしろその可能性が高いだろう。
明澄も美咲も、死体が発見されたのは朝だった。
ならば今、健介の死体が発見されてもおかしくはない。
「健介。開けるぞ?」
比呂は言いながらドアノブを慎重に捻った。
ドアは驚くほど簡単に開いた。
「無用心な・・・・」
比呂はそう呟きながらドアを全開にする。
ドアは音も出さずにスムーズに開いた。
そしてその部屋の中で、誰かが倒れているのが見えた。
「健介!」
「いやああああああああ!」
比呂が叫びながら部屋の中に駆け寄り、その後ろに悠紀、崇史と続いた。
ことりは泣き叫びながらその場にしりもちをつき、彩音と優でことりに付き添っていた。
「・・・・触らないほうがいいな」
「そうっすね」
床に倒れた健介の死体は美咲と同じように顔が紫に変色していた。
水入りのペットボトルが床に転がっており、美咲と同じように毒によって殺されたことは明らかだった。
「馬鹿が・・・。美咲が毒殺されたっていうのに安易に飲食物に手を出すなんて」
比呂はそう呟きながら小刻みに震えていた。
崇史は横目で悠紀のほうを見た。そしてぎょっとした。
悠紀は眉ひとつ動かしていなかった。ただつまらないものでも見るかのような目でそれを眺めていたが、視線はそれに注がれたまま、まったく動いていなかった。
「う・・・うぅ・・・。健介まで・・・こんなことになるなんて・・・・」
後ろからことりの声が聞こえた。
彩音と優でそれをなだめているようだった。
「どちらにしろ・・・動かすわけにはいかないな。警察が来るまでは」
「このまま部屋に放置しておくしかない、ってことですよね?」
「ああ、俺だってこのままにしておくのは嫌なんだが・・・・」
比呂は唇をかみ締めながら呟いた。
しばらく、その場を沈黙が包む。
誰も、口を開かない。いや、開けない雰囲気だった。
意外にもその沈黙を破った人物は、悠紀だった。
「英明の部屋には行くのか?」
相変わらず死体からは目を離さず、口だけを動かして言った。
悠紀の言葉に全員がはっとしたように顔を上げた。
「そうだ・・・。あいつにも報告しなけりゃな・・・・・」
比呂が幾分重い口調で呟く。
一刻も早く部屋に帰って休みたい、と比呂の顔はそう言っていた。これ以上死体があるかもしれない部屋に行くのは精神的にかなりきついだろう。
それでも崇史たちは重い足取りで、英明の部屋へと向かっていった。
「おい、英明。いるか?」
比呂がノックをしながら言う。
その言葉には健介のときほどの力がなかった。死体を目の当たりにして、一気に気力が削げてしまったのだろう。
それほど大きな声ではなかったが、それでも部屋の中には聞こえているはずだ。だが、部屋の中から答えは返ってこなかった。
崇史たちは一瞬顔を見合わせ、それから物凄い騒ぎとなった。
「英明! おい! いるんだろ!?」
「お願い! 返事をしてぇ!」
「落合さん! 落合さん!」
ほぼ全員が狂ったように英明の部屋のドアを叩く。
それでも何の反応もないので、比呂がドアノブに手を伸ばした。今度は鍵が閉まっていた。
「ぶち破るぞ。緒方、手伝え!」
「はい!」
崇史は返事をし、他のものをドアから遠ざけた。
「せーのっ!」
崇史と比呂は声をそろえて掛け声をかけた。
どん、と大きな音を立ててドアが揺らぐ。
「せーのっ!」
どん、という音ともに再びドアが揺らぐ。
肩が痛がったが、我慢した。
「せーのっ!」
どん! と一際大きな音がして、英明の部屋のドアはぶち破られた。
崇史と比呂はそのまま衝撃で部屋の中に倒れこんだ。
「いってー!」
崇史は肩を抑えながら立ち上がった。そして、見た。
自分の目の前にぶら下がっている、落合英明の首吊り死体を。
「う・・・うわっ!」
崇史は2,3歩後ろに下がって、そのまま尻餅をついてしまった。
死んでいる。間違いなく。
落合英明は、死んでいる。
「きゃあああああああああああっ!」
女の悲鳴とともに誰かが倒れる音がした。
振り向くとことりが床に倒れていた。あまりのことに気絶してしまったらしい。
彩音と優が慌てて駆け寄っていた。
「おい」
ことり達のほうを向いていた崇史に、悠紀が声をかけた。
「何ですか?」
「あれを見てみろ」
悠紀はそう言いながらテーブルの上にあるノートパソコンを指差した。
電源はつけっぱなしのようだった。
「遺書だ」
「え?」
崇史は驚きながらもノートパソコンを覗いてみた。
ディスプレイに、短い文章が浮かんでいた。
3人を殺したのは自分です。
罪の重さに耐え切れなくなりました。死を選びます。
たった2行の短い文章。
これは、本当のことなのだろうか? 本当に自殺なのだろうか? 崇史はどうしても信じることができなかった。
「おい、見てみろ。鍵だ」
比呂がそう言いながらテーブルの下のほうを指差した。
「1号室」「2号室」といった部屋のプレートに少し太めの白い縄で鍵がくくりつけられている。その鍵が更に金属のリングにくくりつけられていた。
崇史たちが持っている部屋の鍵と同じものだ。
これらが盗まれた合鍵と見て間違いないだろう。
「・・・・ちゃんと全部屋分そろってるな・・・・」
ひとりごとのように比呂が呟いた。