第11章:昼食会
『Jam Jam DJ Son』
結局今のところこの殺人事件の犯人を特定するための手がかりはこの明澄が残したダイイングメッセージだけだった。
明澄と美咲が殺されたのは深夜、他のものが寝静まった後だったからアリバイなんて誰も成立するはずがないし、第一美咲は毒殺だからアリバイなど調べる意味がない。
アリバイによって犯人を特定するのが不可能ならば、何か手がかりをつかむしかない。その唯一の手がかりがこの暗号なのだ。
「あーもう、あれからかなり長い時間考えてるけど、全然わかんない・・・」
彩音は髪を掻きむしりながらいらいらと呟いた。
崇史も同じ気分だった。
英単語が4つ並べられているだけのダイイングメッセージ。
当然何かの暗号なのだろうが、何をどうすればいいのかさっぱりだ。
「この暗号・・・・英単語1つを文字1文字に置き換えるっていうのはどう?」
ふと考え込んでいた優が言った。
「うん? どういうこと?」
「つまり、あの4つの英単語を何か別の文字に変換するってこと。例えば『Jam Jam DJ Son』を「き、さ、ら、ぎ」って感じに」
「つまり何らかの方法であの英単語を他の文字に変換して4文字の言葉にするってこと?」
「うん」
「そっか・・・・それなら確かにできそうだな!」
崇史も興奮気味に同調した。
「問題はどう変換するかってことだけど・・・・」
「待って。変換できるのが4文字だけなら、犯人はあの人しかいないんじゃない?」
「あの人?」
「春日部さんよ」
彩音は言いながらメモ用紙に平仮名で「かすかべ」と書いた。
「柏崎さんや落合さんは狙われてる人たちだから犯人じゃないでしょ? 小宮さんとことり先輩は名前も苗字も平仮名で3文字ずつだから4文字にはならない。つまり残ってるのは春日部さんだけってことになるわ!」
彩音はどん、とテーブルを叩いた。
優は反応に困った様子で視線を彷徨わせており、崇史は小さくため息をついた。
「あのな、彩音。ちょっと冷静になれよ」
「あら、あたしは冷静よ。あたしの言ってること、変だった?」
「いや、変とは言わないけどさ・・・。でもそれほとんどこじつけじゃないか。柏崎さんや落合さんが犯人じゃないっていう証拠はないんだし。それに変換されるのは平仮名だけとは限らないぜ?」
「え? どういうこと?」
「だから、お前の言ったとおり落合さんと柏崎さんが犯人じゃないとしても、少なくとも1人には絞れないってこと」
「だからなんで!?」
「あの英単語を平仮名でなく漢字に変換すると小宮さんは「小宮悠紀」で4文字だから変換できるだろ?」
「・・・・あ」
「それに・・・ね」
優が遠慮がちに言う。
「本当に今僕が言った方法で変換できるとは限らないよ。仮に僕が言ったやりかたで正しかったとしても、それがそのまま犯人の名前を表してるってことはないと思う」
「え?」
「だってあの暗号、最初は『Jam Jam』って同じ単語が繰り返されてたでしょ? ということは、変換した場合1文字目と2文字目は同じ字に変換されるはず」
「あ、そっか。そういえばそうだ」
「柏崎さんも落合さんも深森さんも春日部さんも小宮さんもついでに僕たち3人も、そんな苗字、名前を持ってる人はいないよ」
「そっか・・・そうだよなぁ・・・・」
せっかくうまくいきかけていたのに、と崇史と彩音はため息をつく。
それと同時に、控えめな音でノックが聞こえた。
ドアを開けると、そこにはことりがいた。
「昼食ができたんだけど・・・・3人とも、食べる?」
「あ、俺食べます! 頭使ったら腹減っちゃって!」
「あたしも食べます! ことり先輩の料理だったら安心だし」
「僕もいただきます」
3人の反応に満足したらしいことりはにっこりと笑うと、大広間に来るよう3人に言った。
大広間に行くとすでに3人の人物が席についていた。
深森ことり、春日部比呂、小宮悠紀。
「あの2人は来なかったんですか?」
「ええ。2人とも相当怯えてるみたいだったし、下手に部屋に近づいたら私があの人たちに殺されちゃうと思って」
確かにあの2人の態度には相当鬼気迫るものがあったからな、と崇史は思った。
昼食のメニューはサンドイッチだった。
ことりも相当精神的に疲労しているようだったから、簡単に作れるサンドイッチにしたのだろう。
「ごめんね、こんな簡単なので。夜はちゃんとしたのを作るから」
ことりは少し疲れたように笑った。
「そんな、いいんですよことり先輩。むしろあたしたち感謝しなきゃいけないくらいなんですから!」
ことりに相当懐いているらしい彩音は必死に否定していた。
そんな彩音を横目で見ながら、崇史はそれとなく周りを観察していた。
興味なさそうに無言で食べ続ける悠紀。
彩音に同調している比呂。
ありがとう、言っていることり。
この中に犯人がいるのだろうか? 2人もの人間を殺害し、そしておそらくこれからまだ2人殺そうとしている殺人鬼が。
その後も比呂や彩音が主になって喋り、昼食の席は一見、上辺だけは和やかに進んだ。
早々に食べ終わった悠紀が最初に部屋へと帰り、次に満足そうに腹をさすりながら比呂が出て行った。
あの2人は自分が殺されるかもしれないという可能性をまったく考えていないのだろうか?
2人ともほとんど怖がっていない。
警察に連絡ができない。友人が次々と死んでいく。
本当にこの状況に恐怖を感じていないのか?
崇史だって怖い。怖いから明澄のダイイングメッセージのことを考え、それを忘れようとしている。
怖いから、彩音や優とはなるべく離れないようにしている。トイレに行くときでさえ固まっていっているのだ。
なのにあの2人は、まったく怖くないのだろうか?
2人が消えていった廊下のほうを凝視しながら、崇史はそんなことを思っていた。
「・・・・ごめんなさいね」
気づくと昼食の片づけを終えたらしいことりが、崇史たちの正面に座っていた。
「え? 何でことり先輩が謝ってるんですか?」
「だって・・・・あなたたちがこの事件に巻き込まれたのは、私が彩音ちゃんをこの集まりに誘ったからでしょう? 私が彩音ちゃんを誘ったりしなければ、少なくともあなたたちは巻き込まれたりしなかった・・・」
「そんな・・・。あたし、ことり先輩を恨んだりしてません。それは崇史や優だって一緒です。この事件が起こったのはことり先輩のせいじゃないもの。ね?」
同意を求めるように崇史と優のほうへ顔を向ける彩音。
2人はほぼ同時に頷いた。
「深森さんだって巻き込まれたいわば被害者なんですから、深森さんが責任を感じる必要なんてありませんよ」
「そうっすよ! 悪いのは深森さんじゃないんだから!」
その言葉がどの程度ことりに伝わったのかは分からなかった。
だがことりは、少し驚いたように目を見開いたあと、にっこりと微笑んだ。
「ありがとう。彩音ちゃん、緒方くん、如月くん」
少しやつれてはいたが、それでもことりの笑顔はとても優しげで、美しかった。