第10章:第三殺人
柏崎健介は部屋の中でじっと紙を見つめていた。
それは清城明澄が残した例のダイイングメッセージである。
崇史に紙切れを譲ってしまった健介だが、書かれていた文字は覚えていたので、他の紙に書きうつしたというわけだ。
そうして熱心に暗号解読に励んでいる理由はひとつ。もちろん犯人を見つけ出すためだ。
犯人は次は自分か英明を狙ってくるはずだと考えていた。
清城明澄に須賀美咲。あのときのメンバーが連続して殺されているのだ。
次に殺されるのは自分かもしれない、という絶望的な恐怖感。
そんな中で唯一の頼みの綱がこの暗号なのだ。
明澄が残したダイイングメッセージだけが、警察もいないこの状況で犯人を特定する手がかりなのだ。
外は激しい吹雪が吹き荒れている。
これだけ強い吹雪では、警察もこられないし、第一連絡ができない。
いつ止むかも分からない。
だったらこの暗号を解読して、早々に犯人を特定してしまった方が遥かにいいに決まっている。
だが先ほどからずっと考え込んでいるのに、まったく意味が分からない。
『Jam Jam DJ Son』
まったく本当に何が言いたいのかさっぱりだ。
もともとなぞなぞだとか暗号だとかは苦手分野だ。分かるはずもない。
そこでふと健介は、英明ならばどうだろう、と思った。
1人では無理でも、英明と共に考えれば解読できるかもしれない。
三人寄れば文殊の知恵とよくいうが、2人でも十分効率よく考えられるはずだ。
英明の部屋までいってみようか。
一瞬本当にそう考えたが、結局やめた。
理由は簡単だ。信用できないから。
英明だけではない。
緒方崇史も、麻島彩音も、如月優も、深森ことりも、春日部比呂も、小宮悠紀も誰も信じられない。誰が犯人だか分かったものではない。
怯えているふりをして実は英明が犯人なのかもしれない。
信じられるのは自分だけ。
それ以外を信じれば、とたんに殺されてしまう。
殺されて、しまう。
「そんなの、絶対にごめんだ」
健介は忌々しそうに呟きながら鞄の中から飲みかけのペットボトルを取り出した。
山に登るときに少し飲んで、それ以来ずっと鞄に入れていたのだ。
このペットボトルなら信用できると健介は思っていた。
ずっと鞄に入れて部屋に置いておいたのだ。
健介はほぼずっとこの部屋にいたし、この部屋から出たときは全員が出てきたときだから、毒を仕込む時間なんてなかったはずなのだ。
健介は自分の論理に穴がないか探してみたが、少なくとも自分で探す限りでは見つからなかった。1つ大きな穴があったというのに、まったく気がついていなかったのだ。
そしてその穴を見落としたことが、健介の運命を大きく左右することとなった。
「・・・うっ・・・げ・・・げほっ!」
ペットボトルの中の水を一口飲んだ健介は、いきなり苦しみだした。
その状況は美咲が死ぬときと酷似していた。
しばらくの間苦しんでいた健介は、やがて動かなくなった。
健介は見落としていた。
まだ事件が起こる前、明澄が殺された夜、自分がぐっすりと眠っていたということを。そのとき、合鍵を持っていた犯人は自由に部屋を出入りできたのだということを。
柏崎健介はうまく毒を飲んでくれただろうか。
その人物にとって、それが1番心配だった。
美咲が毒殺されたことで、健介もかなり用心深くなっているはずである。そう簡単に食べ物に手をつけてくれるとは思えない。
明澄を殺した夜、その人物は合鍵を使って美咲と健介の部屋に入り、美咲の酔い止めと健介の水にそれぞれ毒を仕込んだ。
同時くらいに死んでくれればいいと考えていたが、結局美咲が先に死んでしまい、健介を警戒させてしまった。
仕込んだ毒では死なないかもしれない。
その場合はやむをえない。直接殺すしかないだろう。
その人物は知るよしもなかった。健介が今まさに自分の仕込んだ毒で自滅していたのだということを。
健介を殺したあと、最後の仕上げは――――――
その人物は、小さくこぶしを握り締めた。