プロローグ
夜の山野。爆炎と轟音が轟き、巨大な赤黒い塊が木々をなぎ倒す。
「本部!!応答願います!捕縛対象が変質!!脅威判定BからAに更新!!我々だけでは手に負えません!!大至急増援を要請します!!」
「――マズいっ!?」
無線に叫び続ける男を庇うためにもう一人の男が咄嗟に盾を構え、それの前に飛び出す。
瞬間グシャリと構えた盾が大きくへこみ男の体に衝撃が走り、大きく後ろに後退する。
「――――ッッ!!!!!!!!!」
獣の雄叫びのような咆哮をあげながらそれは続けざま二度、三度と連続して殴打を続ける。衝撃を受けきれず両腕はミシミシと軋みをあげる。
「…っ、ぐ…ハァ、ハァ…」
男は朦朧とし息も絶え絶えに膝をつく。さっきまで盾だったものはもはや原型を留めておらず鉄屑と化していた。
盾を構えていた両腕は歪に折れ曲がり、足に力は入らず動くこともままならない。
死ぬ。殺される。
思考は恐怖に支配され、逃げる意思も霧散する。
「クソ!なんで、クソ!!」
後方で無線をかけていた男はパニックで半狂乱になる。
角の生えたそれが止めの一撃を振りおろす――――――
「…悪い。遅くなった」
突如、白い影が明滅する視界に入る。
「――ッ!?」
細身の男に剛腕の一撃が容易く止められていた。
「鬼種か。――こちら仙崎。4本角の変異体を確認。対処に入る」
耳に手をやり、無線に呼びかける。
「――――――ッッッ!!!!!!!!!!!!」
「鬼種」と呼ばれたそれ――鬼は構わずもう片方の拳を放つ。しかし、それは空を切った。男――仙崎の姿はそこにはなく、目で追えば宙にその姿はあった。
鬼の拳を掴んだまま跳躍した彼は、着地した勢いで鬼を投げ飛ばした。
「――ッッ!!!!????」
3m近くある巨体が勢いよく地面にたたきつけられ、轟音が鳴り響く。
「やっぱりタフだな。これぐらいじゃダウンは取れないか。さすがに警官には荷が重いな」
何事もなく起き上がる鬼を見ながらつぶやく。
「怪我の具合はどうですか?」
先ほど庇った警察官たちに聞く。答えによっては優先順位を変える必要があるからだ。
「じ、自分は大丈夫です!…ですが、先輩のほうは重症です!!りょ、両腕が!」
「…ぐ、…だ…大…丈夫…です…俺より、ヤツを…」
「…分かりました。すぐに終わらせますので、もう少し待っててください」
安心させるようにニッと口角をつり上げて、男は再び鬼に向き合う。
チリチリと空気が焦げていくような圧が男から発せられる。
発火。男の両腕から鮮やかな炎が発せられる。
「あ、あれが…神の、「火」…」
噂には聞いていたが初めて見る光景に、自然と口をついて出た。
「SCPA12番隊隊長、仙崎大吾。これより対象の無力化に移行」
SCPA――Supernatural Countermeasure Police Agencyは対超常現象に特化した警察組織であり、通常の警察では対応不可能な超常の存在による脅威への対処を行う機関である。
「…このぐらいなら殺さずに捕まえられるな」
火の粉が舞う。顔にそれが一瞬重なり、どこか鱗のように見えた。
「――――――ッッッ!!!!!!!!!!!!」
再度鬼が突撃してくる。大吾もまた正面から向き合う。拳を握る。纏う炎は轟々と燃え盛る。力みはなく、ただそこに立つ。
――――――ゴシャリ、と鈍い音が響く。
カウンターとして放たれた大吾の拳が鬼の顔面に炸裂し、角を折り砕きながら殴り倒す。その勢いで地面にめり込み鬼は沈黙した。
かすかに鬼が呼吸していることを確認していると、気配を感じて後ろを振り返る。そこには黒縁の眼鏡をかけた女性が立っていた。
「矢島、後は頼む」
「了解しました。仙崎隊長」
矢島と呼ばれた女性は鬼の方を向き指を突き出す。すると、鬼の周囲に鎖状の光が発生しその身体を拘束する。
鬼の左腕には蛇が巻き付いているような痣が浮かんでいるのが見えた。
「…隊長。この被疑者にも」
「ああ。これで7件目だな」
薄らと空が明るくなってきているのを見ながら、事件について思案する。
不気味に脈打つ痣は独立した別の生き物のようにも見えて、更に毒々しく思えた。
「はい。1番隊の方でも5件確認されています。他隊でも同様の事件がここ数ヶ月で増えている、と」
「日本全国で類似の事件。しかも種族を問わず、だな。共通するのはヤクザや半グレ、暴走族みたいな反社会的勢力に属する連中だってことだ」
「何らかの薬品を注射した結果、脅威ランクが1〜2段階上がり暴走」
「当然、そうなれば今回みたいに警察じゃ手に負えなくなって俺たちの管轄に入るってことだな」
「被疑者の精密検査を行なっても薬品については不明。痣についても解析は未だ進んでいません」
「…そこなんだよなぁ。誰がどういう意図でばら撒いてるのかも、どういう代物なのかも分からねえから困るんだよな」
副官である女性―矢島静音と事件について問答を繰り返すも、結局具体的な結論は出なかった。
大吾の胸中に渦巻く、どことなく不穏で嫌な予感はそれなりに現場に立ってきたからなのか、ただの杞憂なのか。それはこの時点で判断することはできない。
「そろそろ救急車と護送車が来そうだな」
複数のサイレンの音が聞こえてくる。
白んでいた空は朝焼けでオレンジ色に染まり始めていた。




