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悪役王女のわたくしが、自給自足したヤンデレたちから逃亡するまで。  作者: 陽海
ヤンデレ育成編

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09 わたくしとしたことが

 依頼を遂行した帰り道、わたくしとクレアはクマの姿をした魔獣と遭遇しました。

 神殿で働き始めて、しばらくはベテランの聖女とペアを組む、見習い聖女の立場でした。ちょうどその頃に、ペアを組む聖女の自由が許可されました。必然的に、クレアと組むことが多くなりました。


 とはいえ、クレアもまだ歴が浅く、強力な魔獣とは戦えません。ノクス兄様の話を思い出して、わたくしは目の前の魔獣が中級程度の魔獣であると分かりました。わたくしとクレアがぎりぎり勝てる程度です。その時点で、神殿に帰って報告すべきでしたのに。


「他の聖女さんたちが来る前にこの魔獣が人里に出てしまうかもしれない。私たちで倒さないと」


 正義感の強いヒロインの言葉。この頃のわたくしは、ヒロインのクレアと居すぎて、考え方がクレアに感化されていたのだと思います。熱意あふれる返答をして、その意見に賛同してしまいました。正しい判断ができていない。愚策でしたわ。


 幸い、遭遇したのは森の中でした。わたくしの魔法のホームグラウンドです。植物を使って魔獣を拘束し、水魔法を放ちました。クレアは高密度の魔力をそのままぶつける、結構な脳筋プレーをしていました。けれど、中級とはいえ、大型の魔獣に苦戦しました。しかも、わたくしは魔獣退治は初めてで、魔力が消耗している、という状態を体感したのもほとんど初めてで、少しずつ焦燥感が込み上げます。


 そのうち、わたくしの魔力が底をつき始めて、魔獣を拘束できなくなりました。そうすると、細々と魔法を打ちながら逃げ回るしかなくなり、的が動くため、クレアの魔法も外れます。後ろを見て走っていたからか、わたくしはぬかるみに足を取られて転んでしまいました。手のひらと足を擦りむいた程度でしたが、足を取られたのと追い付かれるパニックで立ち上がれなくなりました。

 そんなわたくしを見て、クレアは高密度の広範囲の魔力をぶつけました。それはまるで、閃光爆弾でした。視界が真っ白になりました。魔獣の身体が盾となって、魔力が左右に弾けました。魔獣が盾になっていなければ、わたくしの身体もおそらく、ただでは済まなかったはずです。魔獣は跡形も残らず消えました。わたくしの視界は何も見えないままです。


「ヴェロニカ様、ヴェロニカ、ごめ、ごめんなさい」


 クレアがすぐそばに駆け寄ってきたのが分かりました。声色が完全に恐怖とパニックに支配されて、呂律が回らなくなり始めています。悲鳴のようなうめき声をあげたかと思えば、わたくしのすぐそばに倒れ込む気配がしました。


 すぐさま、魔法暴走だ、と気が付きました。ヒロインのみがなる謎の症状です。


「クレア、しっかりして。大丈夫、わたくし、何ともないわ!」

「ヴェロ、」


 少しずつ視界が戻り始め、まだ完全には見えませんでしたが、クレアの背に触れました。息遣いが落ち着いたクレアを引き摺り起して、植物に巻き付けるとなけなしの魔法で引っ張りながら森の外に向かいました。


 やはりヒロインのピンチだからでしょうか。すぐさまアルベール様がわたくしたちを見つけてくれました。アルベール様のはっきりした金髪が、こちらに向かってくるのを捉えて、わたくしはその場に崩れ落ちてしまいました。


 それからクレアは神殿で少しずつ魔法暴走を抑え込み、数時間ほどで回復したそうです。わたくしも神殿に連れ帰られて、しばらくは気絶していたようです。目が覚めて、城に帰れることにはなりましたが、視界が元に戻ったのはその日の夜でした。


 ああ、クレアに会いに行かなければ。

 けれど、わたくしはその日の夜から高熱を出して、寝込んでしまいました。


 暗がりの寝室に寝かされていました。

 視界が戻ってもなお、しばらくは明るい光が目に障るとかで、カーテンから太陽光が差し込むのさえ眩しく思いました。クレアが会いに来た、という話を耳にしましたが、侍女たちが到底会える状態ではないと帰してしまったと聞きました。


「クレ、ア、は悪く、ない、です、わ」


 城の者がクレアに怒っているのを嗜めていると、寝室のドアがノックされました。声とシルエットがメレディス兄様です。メレディス兄様はなぜか侍女たちに部屋の隅に下がるよう指示しました。


「こんな時まで他人の心配なんかするな」


 でも、と言いかけました。メレディス兄様の顔が近づきました。暗がりで見えませんが、目の色を覗き込んだようでした。鼻をかすかにパン粥のような臭いが掠めます。食えるか? と聞かれ、わたくしは首を横に振りました。

 兄様はパン粥をサイドテーブルに下げました。せっかく用意してくださったのに。兄様のお料理結構好きなのに。どこまで声に出ていたのか、はっきりしませんが、兄様は笑って「置いとくから食べられそうなときに食べろ」と言いました。


 それからベッド脇に腰かけました。ベッドの左側が少し沈みました。

 メレディス兄様の硬く、厚い手のひらがわたくしの額を撫でました。ひんやりして気持ちいい。兄様はタオルに水魔法を発動して、水魔法をしみこませました。ひんやりしたタオルが額に乗せられます。


「心配したんだからな。聖女になるのは反対しなかったが、危険なら許可できない」


 危険ではない、わたくしが自分の力を過大評価しただけ。クレアもそうですわ。あの子は魔法暴走と言う謎の症状に悩まされているんです。わたくしを庇おうとして、焦って魔法の使い方を間違えてしまっただけですのよ。


「あまり兄様を心配させるな」


 兄様は溜息を吐くと、立ち上がり、部屋の隅にいた侍女の一人に声を掛けました。会話までは聞こえませんでしたが、侍女はしぶしぶ飲み込んだように承諾していました。

 メレディス兄様は元の場所に戻ってきました。兄様の声は落ち着くので、何かしゃべっていてほしいですわ。


「はは、そうだな……ヴェロニカはクレアと仲がいいよな。クレアは言っちゃ悪いが、平民だろ? どうして仲が良いのか気になるな」


 ヒロインだからですわ。彼女はわたくしの理想に必要なんです。


「その理想とやらは、俺がクレアと結ばれることも含まれてるのか?」


 目をしばたたかせます。表情が見えません。どういう意図の質問なのでしょうか。それは、まあ、メレディス兄様がクレアと結ばれたら嬉しいですが、それを望んでいるかと言われると分かりません。クレアの意志も気になりますし。でも、きっとクレアは誰かを好きになるはずですし、兄様がクレアに惹かれる可能性は十分ありますわよね。


「へえ。この世にはたくさんの女性がいて、俺は今はだが、仮にも第一王子。なぜクレアと結ばれると思うのか不思議だな。クレアは確かにヴェロニカの言う通り可愛らしいが、特に実績も何もないだろ。それに、優秀な聖女はたくさんいる。治癒魔法を持つ神殿職員も別に珍しくない。まあ、確かに、アストルム令息は質が高い治癒魔法を使っていたが」


 考えたこともありませんでした。ヒロインのお相手は決まっています。それ以上の人間もいません。わたくしはアルベール様が治癒魔法を使えることしか知りませんでした。他の方のことなど知りません。メレディス兄様は続けます。


「なあ、どうしてクレアとアストルム令息は城に来たんだ?」


 どうしても何も。わたくしが呼んだから。それ以外の理由などありませんわ。そもそも、平民の聖女と一介の神殿職員が王城で側妃様の治療にあたれるわけがありません。それもこれも、わたくしが根回ししたからです。やっぱり、と兄様の声が聞こえました。


 ああ、目が上手く見えないのが苦しい。全く表情が分からない。近くにいるのかもよく分からない。身体が熱くて浮いている気分。


 額からタオルが取り除かれて、兄様の手が当てられました。「下がる気配がないな」と呟きます。ひんやりした手がわたくしの頬と首筋辺りに触れました。それが冷たくて気持ちよく、浮きそうなわたくしをベッドに押し留めてくれるような気がして、その手のひらを上からおさえました。自分の手のひらもひんやりです。落ち着きますわ。ヴェロニカ、と兄様が名前を呼びます。しばらく、そのまま手をお借りしていました。兄様がわたくしの顔をじっと見ていたような気がしました。


「無理させて悪い。しっかり寝て、早く治して。タオル、たまに変えにきてやるから」


 額にはタオルが戻ってきました。ぎしり、と音を立ててベッドの沈みがなくなりました。メレディス兄様が足早にドアを開けたのが、ドアから差し込んだ廊下の明かりで分かりました。

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