21 心配性な兄様
引っ越し&新生活準備で執筆が滞っております、、、しばらく不定期更新になりますが、ご了承ください。
「兄様との水魔法の練習はどうでしたの?」
夜、湯浴みをしながらクレアに尋ねました。クレアはわたくしの首筋から背中にかけてオイルを塗っています。
「とっても分かりやすかったです。でもいいのですか、私だけこんな殿下に直接教えていただくような……」
「いいんですのよ、兄様は教えがいのある方が好きだから」
ブラッドに聞き込みに行き、なんだかんだ街をぶらついて、ついでに神殿に来ていた依頼までこなして帰るともうすぐで日が落ちるという頃でした。
わたくしが訓練場を見に行くと、メレディス兄様とクレアが和やかに会話をしていました。しかも幸運なことに、マークまでその場にいて、一緒にメレディス兄様に稽古をつけてもらっていました。
「マークとは何かお話ししました?」
「そうですね、街や生まれ故郷の話を少し。私、マーク様が子爵家の方だとは知らなくて、無粋なお話ばかりしてしまって」
「まあマークはちょっと複雑な方ですからね。街に詳しいのも訳があるのでしょう。ゼノンの護衛騎士になって色々感じることも多いでしょうし、また相談に乗って差し上げて」
クレアはこくこくと頷きました。また3人で稽古したらどうかしら、とそれとなく促しました。
日頃の行いがきっといいのね、ゲームが開始して間もないというのにノクス兄様以外の全員とヒロインのお顔を合わせることができていますわね。
わたくしが街でブラッドと会ったことを話し、次からおつかいを頼みましたから、ブラッドとの関わりもできました。関わりさえできてしまえば、あとはこっちのもんですからね。
鼻歌を歌いながら湯船をちゃぷちゃぷと揺らしていると、ノック音が聞こえてきました。取り次いだメイドによれば、メレディス兄様が訪ねてきたらしいです。あとで来てもらうよう伝えたら、「構わない、待っている」と言われてしまいました。
久々にお湯を張ってマッサージを受けていましたのに、待っていられたら急かされてるみたいですわ。
ガウンを羽織りながら、不意に妙案が浮かびました。クレアに耳打ちすると、不思議そうな顔をしながら承諾します。
「もう入ってよろしくてよ、兄様」
ドアに向かって声をかけると、ガチャリとドアが開きました。軽く挨拶をしながらわたくしの姿を捉えた兄様がぎょっとします。
「まだ準備中ならそう言ってくれ」
分かりやすく動揺した兄様に、けらけら笑いたくなったのを抑えます。兄様は顔を背けながら、自分の羽織っていた上着を脱ぐと、わたくしの少しはだけた前見頃を隠すようにかけました。ふわっと兄様の使う爽やかな香水と兄様の香りがしました。
「冷えるだろ、かけておいてくれ。まだかかるならもう少し外にいるから」
「構いませんわ」
「えーっと……今は取り込み中か? クレア嬢には席を外してほしいんだが」
わたくしの足元に屈みこむクレアに目を留めます。兄様の顔が少し歪みました。
クレアはわたくしの足を揉んでいました。椅子に深く腰掛けてふん反り返り、クレアを冷たく見下ろす様子は、まさに侍女をいびっている悪役王女のようでしょう。
兄様は昔からわたくしには甘いですが、元々正義感が強く曲がったことが嫌いな性格です。メレディス兄様の侍従や護衛騎士、メイドたちは皆口を揃えて兄様を良い主だと言いますから良い待遇なのでしょうね。ですから、わたくしのこういった姿を見れば、クレアに同情したくなるはずですわ。
「クレアはわたくしの侍女ですわ。侍女がわたくしの予定ややることを把握しなくてどうしますの? 」
「そうだが……」
「明日からのサラマンダー捜索の件でしょう、それならクレアだっていた方がいいでしょう」
メレディス兄様はじっとわたくしを見つめたままおし黙ります。暗に席を外せという沈黙ですわね。クレアが困ったようにわたくしを見上げました。
「分かりましたわ。クレア、後で続きを」
「かしこまりました」
クレアはすごすごと部屋から出て行きました。お願いした通り、元気のない様子で最後までやり通してくれましたわね。
「……新しく雇った者達は良くしてくれてるか?」
兄様は慣れたような手つきでタオルでわたくしの髪の水気を拭い始めました。わたくしはその手つきに身を委ねます。
「まあ、良いですわね。あの通り、わたくしの要求にも忠実に応えてくれますから」
「そうか、なら良いが」
「……それだけですの?」
兄様はさも当然のように頷きます。どうしてかしら、侍女やメイドに傍若無人に振る舞うな、だとか、クレアに嫌な労働をさせるな、と注意でもされると思っていましたが。
鏡越しに兄様の表情を見ると、わたくしの髪にオイルを塗りながらうっすらと笑っていました。
「そんな話をしに来たんじゃないでしょう」
さっさと本題を切り出しましょう。わたくしはくるりと兄様に向き直ります。行き場を失った手を兄様は惜しむように手を下ろしました。
「ヴェロニカは、俺にどうなってほしい?」
「どう、とは?」
「俺にクレア嬢とどうなってほしいんだ」
目を瞬かせます。付き合え、と言えば付き合うのでしょうか。
「それは、わたくしが兄様とクレアを仲良くさせたがっているように見えるのが気になる、ということですか?」
「ああ。言っておくが、俺は――」
「まあ仲良くなってくださったら嬉しいですし、あわよくば、とも思いますが、クレアにも選ぶ権利はありますからね」
何か言いかけていましたが、被せてしまいました。兄様の口元が少しひくつきます。
「選ぶ権利、とは?」
「えーと、わたくし、クレアが結ばれる相手の選択肢が分かるのですわ。ただ、そこから最終的に誰と結ばれるのかまでは分からないと言いますか……」
いけませんわ、つい兄様相手だからと口を滑らせすぎました。兄様は考え込むように腰に両手を置いて俯きます。
「それで、クレア嬢に選ばれなかった男はどうなるんだ?」
まあ。確かに考えたことがありませんでしたが、気になるところではありますわよね。個人的には殿方には全員ヤンデレになってほしいと願っていますが、必ずしもそれがクレアに発揮されなくても良いかとは思いますわ。
「まあ、普通に好きな方と結ばれたら良いか、と」
「政略結婚ではなく?」
「そうですわね。愛のない政略結婚はつまらないから嫌ですわ」
政略だとしても、そこから愛が芽生え、執着につながってゆくゆくはヤンデレ……というのなら話は別ですが。
「じゃあ、ヴェロニカは愛さえあればどんな結婚でも良いと思ってる。そういうことで良いのか?」
兄様の海のような深い瞳がわたくしを覗き込みました。背筋がぞわぞわする感覚を覚えました。口から、「おそらく」という言葉が出ました。
「そうか。俺もそういう結婚が良いと思ってるよ」
いつもの調子で兄様は笑いかけました。
それからはクレアも呼び戻して明日のサラマンダー捜索について要点や流れを確認しました。
確認を終えると、兄様がくるりと踵を返したので、部屋から出ていくのだと気が付きました。わたくしはワンテンポ遅れて自分の身体にかかっている上着を渡そうと駆け寄ります。
「持っていてくれ。明日の朝返してくれればいいから」
兄様は上着を差し出したわたくしの手をそっと押し戻しました。やんわりと拒否されてしまいましたわ。この後はもう寝るだけですし、特に必要もないのですが。
「あんまり薄着でいると風邪を引くだろ。ヴェロニカが心配なんだ。分かってくれ、な?」
「もう、兄様ったら心配性なんですから」
ナチュラルに手櫛でわたくしの髪を梳いて、メレディス兄様は部屋の外に出ました。
「おやすみなさい、兄様」
「ああ、おやすみ。良い夢を、ヴェロニカ」
兄様のお背中、こんなに逞しかったかしら。
そんなことをぼんやりと考え、わたくしは上着を抱えて兄様を見送りました。




