19 シナリオ通り、ではないらしい
聖女としての依頼を終えて、城下街にある神殿に戻ると、何やらアルベール様が慌てた様子でクレアと話をしていました。
「どうしたんですの? 何かありましたの?」
ひょっこりといつもの調子で声をかけると、アルベール様が何か思いついたようにわたくしに向き直りました。
「最近街に『炎のたてがみを持つ怪物』が出るという報告が相次いでいるのです。人々から駆除してほしいという依頼が殺到していまして……おそらく魔獣でしょうが、中級以上の可能性が高いかと」
「それで、私に退治に行くようアルベール様に頼まれていたところです。ここのところ、魔獣が増えて聖女たちは皆手一杯なので……本来なら2人以上で行く依頼内容ですが、単騎退治になりそう、というお話でして」
あら、どうやら乙女ゲーム本編がついに始まったのね。
当然ながら、タイトルコールもオープニングもないので、ぬるっと話が始まったことには違和感を覚えますが、ここは現実世界なので致し方ありませんわね。
「……それで、もしよかったら、ヴェロニカ様。一緒に行っていただけませんか」
「いえ、申し訳ないけれど、お断りしますわ」
クレアとアルベール様は当然ながら、いつものように承諾すると思っていたようで、予想外の反応に目を丸くしました。なんで、どうして、と訳を尋ねながら怪物の引き起こした出来事や寄せられた報告を列挙していきます。
メインストーリー序盤のチャプター1はチュートリアル的な要素を含むので、敵も大したことはありませんし、ヒロインのお邪魔をするわけにはまいりませんわ。
というか、そもそも、このチャプターのラスボスである『炎のたてがみを持つ怪物』サラマンダーは、悪役王女ヴェロニカの所有する獰猛な上級魔獣です。『聖女』として名声を高めつつあるヒロインに嫉妬したヴェロニカが身勝手な理由でサラマンダーを街に放流し、クレアに退治を言いつけて、めためたに痛めつけて、クレアの人気を失墜させようとした、というのが背景なのですわ。
もちろん、今のわたくしにはそのような魔獣はいないので、どうなることかと思っていましたが、やはり自然発生はするのですわね、シナリオは変えられないということがよく分かりましたわ。
チャプター1はアルベール様がクレアに同行し、四苦八苦しながらも怪物を倒し、アルベール様との仲を深めるのが主目的です。ハギア副主任であるアルベール様が目にかけている聖女、としてさらに名を馳せたクレアは王城に呼ばれ、ゼノンやメレディス兄様とも出会うことができるようになるのですわ。
まあ、出会い自体はしていますが、よりクレアの優秀さを兄様たちに知っていただくのは無駄ではないでしょう。
「クレアはそもそも単騎でだって魔獣を退治できるじゃない。それにアルベール様が同行するのでしょう? それでしたら、わたくしは不要ですわ」
言い切って、もう休みたいんですの、とつんと悪役らしくそっぽを向いてみると、アルベール様が視界に入るように回り込んできました。
「ヴェロニカ様、残念ながら、私は他の依頼があって、同行はできないんです」
「……なんですって?」
「いえ、できるなら、私だってヴェロニカ様と一緒に行きたかったのですが――」
どういうことですの? わたくしが知っているシナリオと違いますわ。アルベール様が同行しないなら、クレアは1人でこの依頼をこなすことになってしまいますわ。それでは、乙女ゲームとは言えないではありませんか。単騎で魔獣討伐は、もう乙女ゲームではなくて魔獣討伐RPGですのよ!
「アルベール様、なんとかならないんですの? アルベール様が行ってくださらないと、わたくし……」
わたくしがヤンデレを拝めませんのよ! 言いかけた口はぎゅっと一文字に結びましたが、眉毛を下げて訴えかけます。
クレアとアルベール様が一緒に行動してくれるのなら、わたくしは後を追って、道中で恋の障害を生み出して、それを取り除く手伝いをして、サラマンダーをちょっぴり刺激して攻撃的になったところをクレアに差し向けて、アルベール様が割って入って、クレアを助け、(もちろんクレアが怪我をしないように蔦か何かで行動制限をしますわ)「クレアは私がいないと駄目なんですね」「アルベール様……」という王道シチュからの「クレアを守るのは私だけで良いのです」とかいう庇護欲執着の始まりが拝めますのに!!
「ヴェロニカ様、そんなに私と……」
顔を赤らめたアルベール様と目がかち合い、慌てて我に戻りました。いけませんわ、わたくしったら、つい本人の前で妄想をしてしまいました。アルベール様が不快感を示してはいないか、と顔色をうかがいますと、なにやら真剣な顔で日程調整をしている様子です。
2人が一緒に行ってくれるなら安泰ですわね、と思いつつアルベール様の呟きを拾います。
「それで、南方への出張を1日で終わらせてその日中に帰路につく、書類仕事は睡眠時間を削って、いや、帰りの馬車の中で寝ずに作業すればそのまま迎えますかね……」
「アルベール様、やっぱり今のお話はなしですわ。来なくて結構です」
クレアが横で大きく頷きました。アルベール様はどうして、と納得がいかない様子です。
はあ、やはり自分を蔑ろにする癖は治っていませんのね。治癒魔法で怪我や自分の体調、睡眠不足のカバーまでしようとするアルベール様に手を焼きながら、少しずつ説明をして、自然治癒を促したり、昼寝に付きあったりしてきたのですけれど……ルイーズ様から少しはマシになったとうかがっていたのですが、百パーセント治ることはないのでしょうか。
「そんなに切り詰めてまで依頼をこなさないでくださいと前にも言ったでしょう。そんなにお忙しいとは知りませんでしたの。心配せず予定通りの日程で行って帰って、休んでくださいませ」
「でも……」
「でもじゃありません。前に快眠枕を差し上げましたけれど、ちゃんと寝れてますの?」
効果が無いなら早めに言っていただかないと困りますわ、となじります。やはり枕だけではアルベール様のショートスリーパー癖は治らないのかしら。
「はい、使っていますよ。ヴェロニカ様のくださったものだと思うと自然に眠れるから不思議です」
「まあ、それならいいのですけれど……」
どこかうっとりとした表情なのがよく分かりませんが、わたくしの使う枕は当然最高級、王室御用達という箔がついたものですからね。わたくしも前世の記憶を思い出した直後なんかは、ベッドから動きたくないと少々駄々をこねましたもの。
「じゃあ、私と一緒にヴェロニカ様がきてくださるということで良いのでしょうか?」
クレアが確認のため声をかけました。アルベール様も許可を請う目で見てきます。わたくしは大きく息を吐き出しました。
「今回だけ、特別ですわ。それと、討伐に行くなら連れて行きたい人がいるんですの」




