18 わたくしだけの魔獣
ぼんやりと歩いていると、いつの間にかノクス兄様がいる離宮にたどり着いていました。
最近、離宮はノクス兄様が国王に直々にお願いして、一層綺麗になりました。庭先も手入れされ、覆っていた蔦も取り除かれています。そのおかげで、離宮に何かあるのか、と変な憶測も飛び交うようになりましたが、ノクス兄様の容姿もだいぶ様になりましたし、研究内容も目を見張るものがあります。もしかしたら、近いうちに存在を公表するつもりなのかもしれませんわ。
せっかくここまで来ましたし、寄っていきましょうか。ノクス兄様とは会話のテンポ感が合っていて話しやすいんですわよね。喋り方がオタクっぽいからかしら。
取り留めのないことを考えながら、扉付近に近づくと、なにやら騒がしい気がします。離宮の扉をノックしようとすると、ばたばたと走る音が聞こえてきて内側から扉が開けられました。突然扉を開けた主を探すと、腰回りに何かが抱き着いてきました。黒髪の、女の子です。
「メ、メライナ……?」
恐る恐る声をかけると、慌ただしく奥からノクス兄様が駆けてきました。まさに、今しがたまで実験をしていました、というような格好です。説明を求めようと声をかけるより先に、足元のメライナがわたくしを見上げて、
「ヴェロ、ニカ! メライナ、起きた!」
と、それはもう、可愛いお顔でほほ笑んだのでした。
隣でおいしそうにクッキーを頬張るメライナを見ながら、わたくしはノクス兄様に言われたことをまとめていました。
兄様によれば、わたくしが以前「可愛くならないか」という発言をしたのを元に、魔獣を害のない、いわゆるペット、もしくは小さな子供のような外見・言動になるよう研究をし、魔獣の凶暴性や人間への敵意や害をなすという魔獣の本能を抑えることに成功したそうです。研究の過程で、可愛らしい姿になった魔獣を見せてもらったり、兄様が魔法で操る黒い影がすっかりハスキー犬の見た目に慣れ切って、走りまわっている姿も見ていました(兄様を連れまわしてくれるので、兄様が運動するようになったのはこの子のおかげなのです)。
メライナは少し前から、わたくしを主人として認識し始めていたようで、わたくしの絵姿やわたくしが普段使うティーカップなどに反応を示していたらしいですわ。それがなんと、今日喋ることができるようになり、突然走り出したので後を追ったところ、わたくしがいた、ということらしく。
「ヴェロニカの言う通り、可愛い女の子だと思うけど、どう?」
「ええ、まあ……」
メライナは10歳前後くらいの女の子の姿をしています。片言でしか話せないようですが、会話はできますし、もう長らく人間の姿を保ち続けているようです。
「魔力の遮断もできるし、魔獣の姿にならずに2日は人間の姿を保てる。会話もできるとなると、本当に上位の魔獣なんだと思うけど、人に懐く魔獣なんて初めて見た」
悪役王女ヴェロニカの魔獣ですから、上位魔獣なのは当然ですわね。
この世界の魔獣は上・中・下と位が分かれていて、それは見た目と魔力の強さで決められています。例えば、わたくしたち人間から見て怖くないリスのような姿をした、ほとんど魔力のない魔獣なら、下級魔獣です。わたくしとクレアが以前遭遇して、クレアが魔法暴走をしてしまったときに退治した魔獣はクマの姿をしていて、魔力もかなり強かったので中級魔獣。上級魔獣には、ライオンだったり、メライナのような蛇、人魚や悪魔などのファンタジー生物もここに当てはまりますわ。ゲームに登場する上級魔獣たちは、メライナ含め、当然のように人語を介していましたが、本来それはとても稀有なことなんですの。
けれど、兄様の言う通り、魔獣は人間を嫌っていて、陥れるために友好的に接することはあれど、懐くことなどないのです。
「わたくしやノクス兄様を陥れようとしている線もなくはないですが……ゔ、可愛いので信じたくはありませんわね」
「そうなんだよね、まだヴェロニカにしか言っていないけど、これは相当なことで」
「……ノクス兄様の立場が変わりますわね」
ノクス兄様は小さく頷きます。言うなれば、魔獣の弱体化に成功したわけです。魔獣を奴隷とするような商売や捕らえて密輸など、良くない使われ方をしたりもするでしょう。けれど、この研究内容を発表すれば、ノクス兄様は瞬く間に王子として認められます。
「まだ、この事実は公表しない。それに、メライナや他の魔獣たちが完全に安全になったかはまだ分からない。不確実なものを世間に出す必要はないし、出すにしても、確実な場面で、必要な状態になってから公表する」
兄様のお考えの通り、情報を安易に出すことは得策ではありませんわね。兄様のような不安定な立場で、世間の在り方を変えるような情報を出すのは危険ですし、万が一、それが失敗したらたちまち足元を掬われてしまいます。
今の言い方だと、ノクス兄様は王子として大成するおつもりがあるのかしら。意外ですわね。王子としての基盤を作り上げてからでしたら、公表しても問題ないかもしれませんね。
「そういうことでしたら、メライナはわたくしが見ましょう。ちょうど新人侍女やメイドたちを雇ったばかりですし、良い判断材料になりそうですわ」
メライナがわたくしの傍でこのまま良い子でいるのであれば、実験は成功です。魔獣との関わり方を変える、とんでもないことになります。ゲーム内でも、そのようなことは成し遂げられていませんでした。
「メライナ、しばらくはわたくしと一緒よ、良いかしら?」
「う、ん! メライナ、ヴェロニカと一緒にいる!」
きゃっきゃと屈託ない笑顔を見て、心の中で合掌してしまいましたわ。ノクス兄様は隠しもせず、顔の前で合掌していました。やっぱり兄様ってオタク気質なのかしら。
「また、お揃いだ、同じ秘密の共有」
嬉しい、とノクス兄様は口端を歪めました。ノクス兄様は最近、こういった共通点を見つけては喜ぶので、突っ込むのも疲れてきてしまいました。わたくしは、はいはい、と流します。
「何かあれば、すぐにここに来ますわ。ひとまず、メライナを連れて行きますね」
「う、うん、いつでも来て。待ってる」
わたくしはメライナの手を引いて離宮から出ました。一通り注意点や生活ルーティーン、研究内容に必要な事柄まで説明を受け、自分の部屋に戻りました。
部屋には数名のメイドと侍女、クレアがいました。クレアはすぐに、メライナをじっと見つめました。メライナは魔力を遮断していて、傍から見るとただの女の子です。部屋にいる皆は一様に、わたくしが突然連れ帰った少女を不思議そうに見て説明を求める目を向けながら、客人用の準備をしていましたが、クレアだけは不審な目を向けていました。さすが、ヒロインですわね。
「この子はわたくしの魔獣よ、メライナというの。今日からここで過ごすから、そのように」
少しだけ部屋がどよめきました。キャリアの長い侍女がおずおずと、大丈夫なのかと声を掛けました。
「ええ、問題ないわ。危害は加えないはずよ。もし何かあるなら、今みたいにわたくしに言って。分かった?」
拒否は認めない、という言い方をしました。部屋にいる者たちは頷き、それぞれの仕事に戻っていきます。数名怪訝そうな顔でわたくしを見ていた者がいましたわね、要観察です。
「クレア、あなたも仕事に戻ってね。聖女だから気になるでしょうが、メライナのように危険ではない魔獣もいるって示すことのできる機会ですの」
クレアはわたくしから視線を落とすと、メライナの目線まで屈みました。
「ヴェロニカ様を傷つけたら駄目だからね! お姉さんが怒るから!」
クレアがむっと、怒るような表情を作り、メライナは少し驚いたようにクレアを見ました。魔獣であるメライナがこういう作られた喜怒哀楽をどこまで理解できるか、そういうのも見て行った方が良いですわね。
「私はヴェロニカ様のことを信じているので、何も言いません。もし、このメライナちゃんがヴェロニカ様に何かをするなら、今言ったように私はこの子を叱ります」
「うふふ、そうね、そうして頂戴ね」
わたくしが侍女に求めていた資質をヒロインが持っているなんておかしな話です。わたくしがころころと笑ったのを見て、部屋の者たちもクレアとメライナを交互に見て、目配せをしていました。
しばらくして、わたくしとメライナだけになりました。夜もすっかり更けています。昼間、騎士棟の窓からわたくしの部屋が見えることが分かったので、窓を開けたまま、部屋の中から揺れるカーテンを見ていました。ソファに座って退屈そうに足をばたつかせているメライナを横目に、ぼんやりともうすぐ始まるシナリオのことを考えます。
事実上のラスボスはメライナです。背後にいるのはわたくしですが。メライナが討伐されなければ、シナリオはどうなるのでしょうか。あのクレアがメライナを倒すなら、やはりメライナは魔獣としての本能に抗えず暴走するのでしょうか。
クレアが身近な存在になりすぎている気がします。クレアの気持ちを無下にはできません。彼女が誰を好きになって、どんな恋愛がしたいのか知らなければ。けれど、ヒロイン以外をこの乙女ゲーム世界の殿方が好きになることなどあるのでしょうか。けれど、やっぱりヤンデレは見たいのです。ヒロインに似た別の存在をでっちあげる? クレアがヤンデレを好きだと嬉しいのだけど……
「ね、ヴェロニカ」
メライナに声を掛けられてそちらに顔を向けます。黒色の瞳がわたくしを見透かすように見ています。
「メライナ、ヴェロニカのこと、なんでも分かるよ。ヴェロニカ、変な趣味あるの知ってる。でも、あんまり周り見られてない」
「へ、変な趣味……」
って。まさか、メライナはわたくしがヤンデレ趣味なことを見抜いているというの?
問いただそうにも、メライナは難しい言葉は分からないようで、ヤンデレも転生もあまり言葉が通じてはいないようでした。そのうちに眠ってしまったメライナを見ながら、少しずつ話を聞いていくしかないわ、と考えました。
周りを見られていない――もしかしたら、この頃からメライナはみんなの異常性も、わたくしに向けられた歪な感情も、見えていたのかもしれませんわ。
第一部ヤンデレ育成編はこれにて終幕です!次回からはいよいよ第二部シナリオ本編がスタートします(章立てして掲載します)どんどんヤンデレ具合がパワーアップしていくのでお楽しみに!
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