17 向けられた執着
クレアがわたくしの侍女になったことも、マークがゼノン付きの騎士になったことも、わたくしの想定外ですわ。もう少しでゲームの本編も始まるはずですし、クレアがみんなと仲良くなれるようにという思し召しかしら。それがわたくしを見守っているはずの、ヤンデレ神の思し召しなのであれば、信徒としてわたくしは駒となるのみ。
わたくしは侍女などがいる使用人棟など、改めてクレアの周辺の環境を確認しました。
わたくしなど、王子・王女付き、城に滞在している要職付きの侍女・侍従は使用人棟の中でもかなり余裕のある暮らしをしています。ですが、クレアは新人なので、まだ新人同士相部屋をしていますわ。これでは夜にひっそり訪れてランデブー、なんてことは難しいかもしれませんわね。
当然、ゼノンやメレディス兄様のいるお部屋からは遠いですし、ノクス兄様のいる離宮などはもってのほかですわ。となると、マークがいる騎士棟、マークやメレディス兄様がいる訓練場はかなり立地的には好条件かもしれませんわね。
わたくしは色々と考えを巡らせながら、クレアの部屋の前から騎士棟までの動線を確認しました。この曲がり角は死角になりそう、人通りはこの時間だと少ないのね、などと考えます。騎士棟は侍女たちが過ごす空間よりもむわりとした殿方の匂いがして、顔をしかめます。
「あら、でもここ、窓からはわたくしの部屋辺りが見えますのね」
わたくしの部屋やゼノンやメレディス兄様の部屋周辺、もう少し見上げると国王夫妻の私室が見えます。大きな窓なので、炎や煙が上がっていたら見えるでしょう。危険察知のためにも、騎士棟から見えるようになっているのでしょうか。人影がくっきりと見えるわけではありませんが、窓を開け放してバルコニーに立っているくらいだったら見えてしまいそうですわ、気をつけましょう。
窓に張り付いて、部屋を眺めていると、背後に気配を感じました。振り返ると、マークがわたくしの少し後ろに立っていました。なんて声をかけるべきかと迷っていたら、突如腕を引かれました。腕を引き抜こうとするよりも先に、彼と一緒にどこか部屋へと入ってしまいました。
「まったく、何をするの!」
部屋に入るとすぐ、マークは手を放しました。わたくしが手首を抑えながら、部屋をぐるりと見まわすと、その何とも言えない、生活感のない部屋に息をのみました。
「あなたの部屋?」
尋ねると、マークは頷きました。マークは王子付きの騎士なので当然1人部屋です。おそらく先ほどの大きな窓に近い部屋が与えられているのも、すぐに異変に気が付くようにするためでしょう。
「俺は知っての通り、ゼノン様付きの騎士なので、あまりこの部屋にいることは多くないですが」
言う通り、王子付きともなると四六時中、仕えている人間の傍にいなくてはなりません。わたくしも女性騎士をつけていますが、彼女もいつもわたくしの傍にいますわ。
よく見ると、ベッド周りだけ使用感があります。広くて綺麗な部屋なのに、本当に必要最低限のものしか無いのが、嫌な空虚感がありました。
「叶うなら、あなたの騎士になりたかった」
「そんなこと言われても……ゼノン付きなら大出世ですわ」
慰めのつもりで言いましたが、マークはじろりとわたくしを見て、すねたように顔を背けました。まあ、ゼノンも言いすぎるきらいがありますし、正直折り合いは悪いでしょう。ゼノンが言っていた通り、マークは騎士部隊の中でも腕が立つのでしょう、でなければ継承権第一位の王子の護衛騎士になど選ばれませんからね。これを任命後すぐ辞退したとなると、彼のキャリアに影響が出そうです。
「でも、前よりあなたの傍にはいられるようになりますね」
マークは顔を綻ばせると、わたくしの背に腕を回します。これは、ハグですわよね、なぜ、抱きしめられているの?
「傍にいてくれると約束しましたよね。けれど、この半年間会うこともできず、ようやく会えたと思ったら、他人のふり。俺はあなたのために、あなたとの約束を守っていたのに」
女性を弄ぶな、というあれのことですね。やはり、「触れない・話さない」という独自解釈のままでしたのね。痛くもない、ただただ優しい力加減のハグをされながら、わたくしはどうしたものかと頭を抱えたい気持ちでいました。完全にわたくしが執着されていますわ。それは、ちょっと解釈違いなんですの。
「わたくしは、そんなお願いしていませんわ。あなたが勝手に、他の女性と触れない、話さないと制限を設けただけですわ」
「……俺は女性が嫌いだから、ヴェロニカ以外には触りたくもないし、話さなくていい」
そういうことではありませんの! と叫び出したい気持ちを抑えて、なんとか腕を押しのけようともがきます。すごく優しく触れてるのに、なんなの、この馬鹿力は。わたくしが払いのけようとするときだけ、腕に力をこめるのやめて頂戴。
「あのね、こんなことを言いたくはないけれど、わたくしは王女ですのよ、子爵家出身の騎士とわたくしでは身分が違いますの、分かっていて?」
マークは押し黙って、わたくしから腕を解きました。
「前にも言ったけれど、あなたは寄り添ってくれる相手を求めてるだけ。わたくしは一時的にその相手になることを了承しただけです。だから、この関係が長く続くことはあり得ませんの」
俯いたままのマークがどんな表情をしているのか、分かりません。一度会ったくらいで、なぜここまで執着されているのか分かりませんが、パーティーの日の夜、軽率な返答をしたわたくしにも非があります。
クレアなら、のちに大聖女になりますが、平民の出なので身分差は問題ないでしょうし。わたくしがクレアの良さを伝えていけば、この執着がそのまま彼女に移るかしら。
「あなたさえよければ、わたくしがあなたに合う女性を紹介しますわ。素敵な女の子ですのよ、王城に勤めているから、会いやすいですし……」
「そんなのはいらない」
冷たく言い放つと、マークは眉間から額へと手で覆い隠し、ぼそりと「すみません」と突然詫びました。それが何に対してだったのか分かりませんが、わたくしは部屋から出るように誘導されました。わたくしは言われるまま、外へ出ました。
「あなたに、そんなこと言われたくなかった」
小さく呟かれたそれを拾い上げて返答するか迷っているうちに、ドアが閉められてしまいました。
王女としては正しいことをしました。悪役として、ヒロインを勧めましたわ。けれど、悪いことをしてしまった罪悪感のようなものがありました。これだから、人の好意は慣れない。わたくしが負い目を感じる必要はどこにもないのに。
もう一話追加して育成編終了になります……!予定変更すみません!




