16 設定にない肩書
不凍港のおかげで、領地も潤って、安定した貿易ができるようになったな。領民にも安定した物資の供給ができて、不満も少なくなったように思うよ。
ああ、それにメレディス第一王子殿下が海を整備してくれるおかげで安全な航行ができる。俺のところは新しく外国にも拠点を構えたよ。
ゼノン第二王子殿下が新しく予算案や税を改定して少しやることは増えたが、おかげで後ろ暗いことやうまく脱税をしていたやつらが痛い目を見たと聞いた。公正に判断される方だから、こちらも身を引き締めねばと、家でもお金の管理について教育し始めたが、おかげで大分スムーズに仕事ができるようになった。
ゼノン様もメレディス様も外交に力を入れているよな。フィルマン王国ともっと盛んにやり取りができれば、事業も広がるな。
ところで、ヴェロニカ王女殿下がこれらを采配なさっているというのは本当だろうか。
ゼノン様もメレディス様もよくヴェロニカ様の話をされているよな。ほら、ヴェロニカ様は未来が見える魔法を持つというし、聖女としても活躍されている。
最近アストルム令息が発表されていた新しい病気もヴェロニカ様が気づかれたと聞いたぞ。薬のおかげで身体が楽になった者も多いだろう。私の弟はずっと色の見え方がおかしいと、ふさぎこんでいたが、町にはっきりした看板や文字が見えるようになって楽になったと喜んでいた。
ヴェロニカ王女はトレンドを生み出す令嬢たちの憧れですわ。ヴェロニカ様のおかげでスイーツや飲み物のレパートリーが増えましたのよ。パーティーなどでダイエットの方法も教えてくださるから、好きなだけ食べられるようになりましたわ。
ヴェロニカ様と言えば、幼少の頃から目をかけていた、なんといったか、クレア・グローイという聖女が単騎で魔獣の群れを壊滅させたらしい。そのまま魔法障壁も張りなおしたとか。
まあ、だから最近は魔獣が少ないのかしら。この国も安泰ですわね。私の娘がヴェロニカ様の侍女になりたいと意気込んでいますのよ。皆、この才気溢れるご兄弟に仕えて、少しでもお近づきになろうと、考えていますからね……
暖かくなってきて、人の動きも話も活発になってまいりましたわね。
わたくしはこの前17歳、ゲーム開始時と同じ年齢になりました。ゲーム開始も春ごろでしたし、そろそろ時が近づいてきた、とドキドキします。
いつもにまして王城に人と噂話が溢れかえっていました。なぜかというと、王城に出仕希望のメイドや侍女、侍従、専属騎士などを新しく登用する日だからです。言うなれば、採用試験・面接日ですわね。
わたくしも自分専属の侍女やメイドたちを採用するため、資料を広げていました。誰か目ぼしい方がいると嬉しいのですが。ぼんやりと考えていましたが、入ってきた侍女たちの中に見知った顔があり、驚愕してしまいました。
メイドの格好をしたクレアが、他のメイド希望者と一緒に部屋に入ってきたのです。
クレアはまあまあな有名人なので、皆横目でクレアをうかがっていました。聞きたいことが山ほどありましたが、努めて冷静に、採用試験を終わらせました。
部屋にいた者たちに、結果を伝え、数人のメイド希望者と2人の侍女希望者、クレアが部屋に残りました。わたくしはようやく大きく息を吐きだして、クレアに視線を向けました。
「クレア、あなた、これがどういう試験か分かってまして?」
「はい、私はヴェロニカ様に仕えたいと思って、今ここにいます!」
なんて曇りなき眼なのかしら。わたくしは大きく溜息をつきます。
「きっと平民だからとかいうつまらない理由でメイドを希望しているのでしょうが、注目されていて、わたくしが『目をかけている』聖女をただのメイドで雇うわけないでしょう? 他のメイドたちまでやりにくくなっては困りますからね」
「えっと……?」
「だから、あなたをメイドではなくて、侍女として雇うと言っているの。そこの新人侍女2人と一緒に先輩にたんとしごかれてきなさい」
クレアは目をきらめかせて、大げさに喜びます。さっそく先輩侍女と先輩メイドたちを呼びつけて、彼女たちの指導を言いつけました。わたくしに仕えている者たちは皆わたくしが選んだ精鋭たちですから、上手いことクレアを導いてくれるでしょう。
というか、改めて、悪役王女に仕えるヒロインって何? そんなのシナリオにあったかしら。もう少しで本編も始まると言うのに。いいえ、逆に王子たちとは関わりやすくなったわけですし、クレアが常にわたくしの傍にいるなら、ヤンデレ具合も堪能できますわね。わたくしが悪役っぽい素振りをしたり、わがままを言っているところを見せれば、シナリオ的には良いかもしれませんわ。
考え事をしながら、雇った者たちの情報をまとめたものを書き上げ、わたくしはゼノンの元へと向かいました。今年度からは王城の人員管理の取りまとめはゼノンの仕事になりましたの。
ドアをノックすると、ゼノンの声が聞こえました。いつも通り中に入ると、わたくしはまたもや困惑してしまいました。なぜか、座っているゼノンの隣にマークが立っています。
「ちょうどよかった。姉様にも紹介しておきますね。彼は今日から僕付きの騎士になったマーク・ウォルターです」
騎士部隊の白色の制服に、青い腕章とマントを羽織っています。青色はゼノンに付いている第四騎士部隊の色です。ちなみに、第一部隊は国王付き、第二部隊は王妃様付き、第三部隊はネリナ様付きですわ。しかも、マントをしているということは、彼が第四部隊の隊長である証です。おかしい、そんな設定ありませんわ。
出会いがアレでしたし、ここは知らぬ存ぜぬでいきましょう。
「あら、そうですのね。はじめまして。ゼノンを頼みます」
「……パーティー以来ですね。お久しぶりです」
マークは恨みがましい目でわたくしを見つめました。空気を読みなさい、空気を。思わず、苦笑いをしてしまうと、ゼノンの顔が険しくなりました。
「あれ、会ったことがあるんですね。子爵家と関わりなんてありましたっけ。パーティーって?」
「ウォルター子爵令嬢のエミリーと仲良くしていますのよ。パーティーとはあなたの成人パーティーのことです、なのでほとんど半年ぶりですわ」
「ふうん、どうして『はじめまして』と言ったんですか?」
ゼノンはにこにこと笑って尋ねますが、あまりにも目が笑っていませんわ。わたくしに排除型の傾向を出す必要はありませんのよ。誰彼構わずやらずに、ヒロインにだけやって頂戴。
「いえ、その、あまり話したわけではないから……忘れて、しまって」
苦し紛れに嘘をつきました。顔は悪役フェイスのまま冷たい表情を保っているはずですわ。マークの顔は見ることができず、首から上を見ようとして顔を逸らしてしまいました。代わりにゼノンを見ると、ゼノンはこてんと頭をかしげて、「そっかあ!」と頓狂な声を上げました。
「わざわざ姉様が覚えるほどの人間ではなかったということですよね。困りましたね、メレディス兄様の評判を聞いてわざわざ彼を僕付きにしたのですが……ねえ、姉様、どうしましょうか」
ひどく嬉しそうに笑っています。マークが握りこぶしを作ったのが見えました。ああいう、「下げる」ような発言は、マークにとっては地雷発言です。ああ、もう、なぜマークはゼノン付きなの。とりあえず、わたくしはここから立ち去りましょう、早急に。
「まあ、メレディス兄様も彼のことは高く買っているようでしたから、正しい判断ではないかしら。わたくし、すぐ用事があるから、もう行くわね。書類は置いていくわ、何か不備があったら言って」
本当はゼノンにも雇った者たちのことを、クレアのことを、説明したかったのだけれど。ゼノンだって、わたくしがそういった説明を怠る人間ではないと分かっていますし、立ち去りたいことはばれているでしょう。わたくしは書類をゼノンの机に置くと、マークに会釈をして、部屋を出ました。




