15 本当に欲しているものは
強く腕を引かれて、わたくしは投げ込まれるように部屋の中に入りました。
ベッドランプがぼんやりオレンジ色に灯っていて、呆気に取られていると、背後から何者かに抱きしめられました。
「やっと会えた」
強い腕の力で抱きすくめられてびくともしません。ピンヒールで脛や足の甲を踏んでみますが、こちらも反応はなく。
「あなた、このわたくしに何をしているか分かっているの?」
「分かってる」
ぐるりと向きを変えられて、わたくしはドアに押し付けられました。ドアの取っ手には手が届きません。顔を跳ね上げて、わたくしを見下ろしていた人物に瞠目しました。それは、マークでした。明かりを受けて髪がオレンジ色を透かして、顔は暗がりの部屋のせいで陰になっています。
マークはドアに手をついて、空いている片側の手でわたくしの白い髪を弄びます。その手が突然背中に触れ、そのまま手がドレスの中に侵入してきました。
「何してるの」
「何って、分かってるくせに」
吐き捨てるように笑ったマークに、ついに限界が超えました。わたくしは何も遠慮をせずに、ビンタをかましました。マークは頬を抑えてしばし固まりました。その様子をじとりと眺めながら、ゲームで描かれていたヒロインとの出会いシーンを思い浮かべます。もっと彼は手が早かった気がします。ヒロインも最初にキスをされて泣いていましたし、何か物足りない? 演出でしょうか。
「……エミリーから話は聞いてた、何度も会おうとしたのに、なぜか会えない。避けてるならこうやって会うしかない」
「避けてなんかいませんわ」
「今日だって、会えそうだったのに、あなたがさっさと行ってしまうから。男と密会ですか、見た目通りですね、俺好みです」
顔を寄せてきましたが、わたくしは水魔法を彼の顔面にぶつけました。耳に入ったのか、反射的に顔を上げました。
「わたくしはあなたみたいな遊び人は嫌いですわ。それに、一度で引かないのも物分かりの悪い犬みたいで不快です。わたくしを慰み者にしようだなんて、おこがましいですわ」
濡れた顔がわたくしをじっと見つめます。
「はじめて、まともにあなたの顔を見ました。いつも、後ろ姿とその白い髪だけ見ていました」
マークはわたくしから視線を外すと、そのままずるずると床にへたり込んでしまいました。わたくしはそれを見下ろして様子をうかがいます。
「どうせなら、最初はあなたとが良いと思った。美しくて、きっと経験もおありだろうと思って、あなたを手に入れたかった」
「待って、あなた、その、初めてでしたの?」
何かごにょごにょと言っていましたが、つい、聞いてしまいました。ゲームでの様子から、きっと妖艶な年上女性とさっさと済ませたものとばかり思っていたので、まさかその対象に自分が選ばれるなどと思ってもみませんでしたわ。ということは、今この場で説得すれば、清廉潔白一途なマークが出来上がるかもしれないということですわよね?
「あなたは、女性としたいんですの? なぜ? どうして顔も知らないわたくしにしようと思ったの?」
ほとんど見切り発車でしたが、意外と虚をつけたのか、マークは言葉に詰まります。
やはり、女性との遊びは憂さ晴らしの一貫ですのね。お家の事情もありますし、マークは情緒不安定で、寄ってくる女性を怪訝そうな目で見つつ、ヒロインには笑顔を向ける、というイメージですから、根本的には女性が嫌いなのでしょう。マークに目線を合わせるため座り込みました。
「今ここでわたくしを抱いても空しくなるだけでしょうね。あなたは遊び相手や憂さ晴らしの対象が欲しいんじゃなくて、もっとあなたに寄り添ってくれる相手を欲してるだけですわ」
エミリーから話を聞いているなら、わたくしを「問題を解決してくれるかもしれない人物」として捉えていたのでしょう。心と行動は素直ですのに、頭が追い付いてきていないのでしょうね。だから矛盾した発言ばかり、よく分からない虚勢を張ってしまっているのでしょう。
「女性は、好きじゃない。怖いんだ。でも、あっちだって俺が何を言ってもすり寄ってくる。妹の話を持ち出すやつもいる、だから、ひどく振ったり弄んだら楽になった」
「まあ、あなたは顔が整ってますし、若い騎士に手を出す貴族令嬢はいつでもいますわね。大丈夫、ああいうのは殿方に相手にされていない冴えない女性ですから、相手にするだけ無駄でしてよ。あなたの心がすり減るだけだわ」
マークはゲーム公式に唯一「イケメン」と言及された、正真正銘の顔整いです。無骨な表情の中に凛とした雰囲気とアンニュイさが両立したイケメンです。あと、泣きボクロがセクシーですわ。ゲームでも女性に言い寄られて辟易していましたが、やはり嫌だったのですね。
「寄り添ってくれる相手を俺が求めてるっていうなら、あなたに傍にいてほしい」
マークはまっすぐ目を見て、それから軽率な行動を取ったことを詫びました。
エミリーを諭し、マークとの関わりを変えたのは、確かにわたくしです。それに、わたくしが傍にいる限り、彼は女性と遊びまくることもないでしょう。そこだけ確約させて、その傍にいる対象を、少しずつわたくしからクレアに変えていけばいいですわよね。まだ、杜撰な計画ですが、まあ、そのうち詰めましょう。
「分かりましたわ。でしたら、これ以降は女性で憂さ晴らしをしないでくださいませね」
「わかった、ありがとう、ヴェロニカ」
口角だけを上げて、マークは頷きました。いつまでも殿方と2人で密室にいるとなると、醜聞になりかねない、と急にこの世界の貞操観念を思い出し、ドアノブを捻りました。
「言う通り、これからは女性に触れません。話もしません」
ドアを開けてすぐ、マークが言いました。そこまでは、さすがに求めていませんが。
「その代わり、あなたにだけは触れたいです」
「え? まって」
「ほら、会場に戻りましょう。ヴェロニカ様」
やけに慣れた様子でエスコートをし、わたくしも癖でその腕に触れてしまいました。エミリー相手にするのかしら、遊びの賜物かしら。歩調がちょうどいいですわね。
そんなことを考えてしまい、「あなたにだけは触れたい」に反論しようとしたころには、人通りのある会場付近に戻ってきてしまいました。
また改めてさっきの話を、ちゃんと詰めましょう。そう言いましたが、のらりくらりと交わされ、会場で腕をほどかれてしまいました。




