14 不透明バックグラウンド
夜は爵位のある貴族が中心に招かれた立食式のパーティーが行われていました。それぞれの地域の名産品や産業がふんだんに使用され、ずらりと並んだ食べ物たちをなんとなしに眺めていました。わたくしは主催側ですので、端からドカ食いするわけにはまいりませんのよ。
食欲に抗うため、わたくしの綺麗なボディラインを強調するため、美しい黒レース地のマーメイドラインドレスを着ています。きっちり首上まで、けれど背中は大きく空いた、悪役王女だからこそ着こなせるドレスですわね。殿方の不躾な視線がまあ、刺さりますこと。
シャンパングラスに適度にお酒を注いでもらいながら、使えそうな人間たちに声をかけていきます。あわよくば、わたくしが動きやすいように手駒になってくれそうな貴族令嬢を見つけて、侍女にしたいですわ。
ちらりとゼノンをうかがうと、疲れを微塵も感じさせない隙のない笑顔を張り付けて、社交にいそしんでいます。パーティー直前まで、
「姉様疲れた、こんな不毛な時間やめない? せっかくの誕生日は好きなひとと過ごしていたいんですが」
と、泣きついていたのに。残念ながら、今日のパーティーにはクレアはいません。また今度にしたらどうか、と提案すると、「予定を空けないと」と、嬉しそうにしていましたわ。
メレディス兄様は豪快に笑ったり、困ったような顔をしたりと、表情が顔に出ていますわね。けれど、素直に会話を楽しんでいるご様子です。時折、良い具合に人だかりから抜けてきては、
「あまり飲むなよ、4杯目だろ」
などと、わたくしの飲んでいるグラスの数を言い当ててきます。正直、さすが悪役王女というべきか、単に耐性があるのか、酔う気配が微塵もないので、心配は無用なのですが。どちらかと言うと、兄様の方が顔が赤らんできているので、ほどほどにするように伝えておきましたわ。
先ほど、アルベール様とルイーズ様にもお会いしましたわ。アルベール様はお酒に弱いみたいで、間違えて強い度数のものを飲んでしまったそうです。そのため、ぐでんとしたアルベール様をルイーズ様が呆れたような表情をして、引きずるように歩いていました。
心配して声をかけると、アルベール様は顔ををぐわりと赤くした顔を跳ね上げて、
「あは、は、ヴェロニカさ、まが見てる」
と、呂律の回らない口で愉快そうに言うので、ルイーズ様に、バルコニーと休憩室の場所をお伝えしておきましたわ。
未だにきちんと顔を合わせていないのは、マーク・ウォルターだけですわね。彼も子爵令息ですし、来ているはずですが。周りを見渡していると、壁の花になっているマークの妹、エミリーを見つけました。
「ヴェロニカ様……! お久しぶりです」
エミリーはわたくしを見つけると顔を輝かせて、とたた、と近づいてきました。あれから、エミリーは騎士部隊に非常勤の看護師として通っていて、マークとの関係も良好だそう。メレディス兄様に会うついでに騎士部隊にも顔を出しているのですが、エミリーと話すことはあったものの、マークには会えずじまいでした。巡り合わせが悪い時ってありますわよね。
「今日はお兄様はいらしてるの?」
「あ、はい。今はわたしの分も食事を取りに行ってくれていて……」
エミリーの視線の先には人で溢れかえるビュッフェエリアがありました。あらまあ、どうやら、またタイミングが悪かったみたいですわ。
「いつもすみません……」
「いいのよ、もしかしたらわたくしは苦手なタイプかもしれませんしね」
ゲームでのヒロインとマークの最悪な出会いを思い出します。マークはパーティーの度に女性とやることやって、すっきりして、遊び捨てる、というタイプで、ヒロインはその一夜の遊び相手として無理やり部屋に連れ込まれてしまいます。そこで、ヒロインに泣かれてしまって……というような出会いですわ。
強引なのは悪くはないですけれど、やはりヤンデレ好きとしては一途で愛が重いのがベスト。他の女の影など、もっての外でしてよ。いつからマークがそういうタイプになってしまったのか分かりませんが、今日もそういうことをするつもりなのかしら。エミリーもいるのに?
ゲームで示唆されていた遊び相手の女性は妖艶な女性ばかりで、そういった女性は毛嫌いしている、といった様子でしたから、わたくしはトップオブ嫌いな女という感じでしょうか。それなら避けられていそうな状況にも納得です。
エミリーと話をしながら、視界にふっと、昼間見た黒いフードが写り込みました。わたくしが視認したのを確認したのでしょうか、さっと人ごみの中に消えていきます。
「さて、わたくしがいるとマークも戻って来れないかもしれませんし、わたくしはお暇しますわね」
「え、あ、今ちょうど……」
何か言ったか、と振り返る前に他の貴族に話しかけられてしまいました。ここにいる貴族は誰も彼も王族と縁を結びたい者たちでいっぱいです。わたくしは婚約者もいませんし、でっちあげ星読み魔法も広まってきて、我こそは王女の目に留まる! 状態なのです。
なんとかかいくぐって廊下に出ると、黒いコートの裾が廊下の角を曲がるのが見えました。休憩室の方面です。
ブラッドはヒロインとは年の差があるせいか、ルート分岐が異様に多かったのを覚えています。昨今のゲーム情勢も世知辛いですから、仕方ないですわよね、とは思いつつ、それが面倒でいまいち内容を覚えていないのですわよね。ハギアの件もそうですし、何かまだ強烈なバックグラウンドがありそうです。そこをついてクレアとの出会いを良い感じにやり直せたりしないかしら――
「考え事かな、俺のことだったら嬉しいなあ」
曲がり角を曲がってすぐ、ブラッドがフードを外して立っていました。走っていたり下を見ていたらぶつかってしまうところでした。
「まあ、あなたを追いかけてきましたし、そうと言えばそうですわね。お久しぶりですわ」
「3年越しの感動の再会なのに、反応が薄くて悲しいなあ。はは、まさかあの日一目ぼれした清楚なお嬢さんが、ヴェロニカ王女殿下だったとは」
探るような嫌な目線ですわね。顔こそ、にやにやと男児のからかうような表情を浮かべていますが。
「あら、ご存じの上で、ああいった発言をされているのかと思っておりましたわ。それで? 昼間も今もわざとらしい接触を図ってきたのはなぜですの? まさかストーカーじゃありませんわよね?」
小馬鹿にするように笑います。そもそも、元ハギアのトップとはいえ、仕事を辞めて社交界からも3年姿を消していた彼が、なぜこのパーティーにいるのかしら。ゲームでの彼は平民の劇作家で、町が舞台になることの多い依頼ミッションやメインシナリオでのヒントや情報をくれるサポート役でもありましたわ。
「いやあ、お嬢さん、本当にヴェロニカ様なんだな」
納得して落とし込むように、ブラッドは呟きました。わたくしがむしろ、あなたの秘密を聞きだしたいのに、なぜそちらが不思議そうな顔をするのかしら。
「わたくしはずっとヴェロニカ・ティタニアでしてよ」
ブラッドが少し目を見開きます。動揺、かしら。すぐに表情はまた読めないにやにやとしたものに戻っていました。
「俺、町で劇作家をしてるんだ、よかったら見に来てね、ヴェロニカ嬢」
「ああ、それは知っていますのよ。まあいいですわ、これからあなたに世話になることもあるでしょうし……できるだけ町の情報には敏感でいてくださいまし」
「わあ、さっそく頼ってくれる感じか。噂に聞いてた通りの力だ、面白い」
そういうことですわ。わたくしの魔法を知っているのは当然でしょうが、「劇作家」に「情報を求めた」ことに何も反応を示しませんでしたね。ゲームプレイ中もキャラの濃さと肩書が見合っていないような気がしていたので、やはりサポート役以外の面があるのでしょう。課金追加シナリオでしたら、未プレイなので分かりませんわね……
「会えてよかったよ、じゃあ、また近いうちに会えそうだ、楽しみだなあ」
「帰るんですか?」
「もちろん。目的は終わったしね。お嬢さんの予想通り、俺、招待されてないからね」
やっぱり! と声を上げたところで、休憩室のドアが開きました。わたくしとブラッドをちょうど遮るように開かれたドアからは、男女が出てきて、わたくしと彼らで目をぱちくり見合わせます。相手がわたくしの存在に気が付き、慌て出したせいで、ブラッドの姿が見えなくなってしまいました。男女を押しのけて、部屋を覗きましたが、窓が開け放たれてカーテンが揺れているばかりで、ブラッドの姿は見えませんでした。
ぱたぱたと走り去っていく男女たちがいなくなり、その場は静かになりました。
やれやれ、パーティー会場に戻りましょう。溜息をついたところで、背後からぐん、と腕を引っ張られました。




