12 やっちまいましたわ
「今日もメレディス兄様は朝食を一緒に召し上がらないんですの……?」
ふくれ面になるわたくしを国王夫妻が窘めました。
メレディス兄様とは、わたくしが高熱を出したあの日から、1か月ほど顔を合わせていませんでした。視察だの、体調不良だの、忙しいだの、難癖つけてわたくしと会うのを避けています。最近では、言い訳が無くなって来たのか、半年ほど先にあるゼノンの成人式&継承権移動の告知の準備で忙しいなどと言い出す始末です。
「はは、僕が忙しくないのに、兄様ったら嘘が下手だなあ」
ゼノンがけらけらと笑ってわたくしの隣に座ります。べったりとくっついてきて座るのも、もう慣れて麻痺してきました。
肝心の、避けられている理由が分かりません。避けられているのはどうやらわたくしだけのようで、以前ゼノンとメレディス兄様が廊下でひそひそと話しているのを見かけて声を掛けましたが、百面相をしてメレディス兄様は逃げて行ってしまいました。ぐすん。
「ねえ、何を話していたの、なんでわたくしだけ避けられてるの?」
ゼノンはうーん、と考えるそぶりをしました。この質問ももう5度目ほどですが、明確な答えが返ってきたことはありません。絶対、ゼノンなら何か知っているはずですのに。
「葛藤?」
「葛藤」
「言いたくなーい。僕だけが知ってればいいことなんです! なのに、兄様が色々聞いてくるからさあ」
面倒なんですよね、とゼノンはわたくしを見て笑います。一体どんな話を、と考えていると、ゼノンが朝食を平らげて席を立ちました。
「ちょっと、姉様を見捨てないでよ……」
「可愛いですけど、僕も『忙しい』んです。大詰めって感じなんですから!」
ゼノンは手を振って部屋から出て行ってしまいました。ゼノンにもメレディス兄様にも放置されて寂しいです。こういう時は、ノクス兄様のところにでも行きましょう。
「ノクス兄様! 可愛い妹が遊びに来ましてよ!」
「どぅわ! だから、びっくりさせるなって、何度言ったら」
いつものように離宮を尋ねると、研究室には真新しいソファが用意されていました。我が物顔で腰かけると、ノクス兄様が呆れた顔で不慣れな手つきで紅茶を入れて運んできました。
「気が利くようになりましたわね!」
「誰かさんがよくきて文句ばっかり言うからね。ぜんっぜん可愛くない」
まあ、口達者になっちゃって。くすくすと笑います。
研究室をぐるりと見渡すと、頑丈そうなクリアケースの中に蛇姿のメライナが寝かされています。いつもわたくしが来ると騒いだりじっと見たりしてきますが、今日はお昼寝中のようですわ。
「で、何しにきたのさ。メライナのことなら、前と何も変わらないけど」
「今日は違いますの。わたくしの愚痴を聞いてほしくって」
愚痴、という言葉にノクス兄様は分かりやすく顔をしかめました。
「愚痴、とか言うんだ。ヴェロニカはそういうの、言わないと思ってた」
これは、睨まれているのでしょうか。いえ、違いますわね、探られている、のでしょうか。
「わたくしだって人ですもの、嫌なものは嫌、好きなものは好きと言いますわ」
「……こんなしょうもないやつに目を掛けて、自己犠牲ばっかりで、その理由まで高潔なのに?」
首をかしげると、自分を助けた話に加えて、ネリナ様を救った話、魔法暴走を食らった話を列挙しました。自己犠牲といえば、まあ、そうかもしれませんが、高潔とは無縁でしょうに。しかし、「あなたを含めて、理想のヤンデレを創るため!」とは言えません。
「なんだっけ、星読み、だっけ、未来視だか予知だか知らないけど、そういうので見て助けてるんでしょ。僕のこともそれで助けただけ? そうでしょ」
星読み、と考えて、最近自分がでっち上げた魔法だと気が付きました。ノクス兄様はよく噂話を聞いているらしく、わたくしの話もあちらこちらから聞こえてくるのだそう。まあ、そうと言えばそうですわね。
「じゃあ、その愚痴とやらは、自分で読めなくて起きたってこと? それとも、自分のためには使わないとか? ほんと、大層なもんだよ」
「……あの、もしや怒ってます?」
語気が荒く、早口。明らかにヒートアップしているが、なぜそうなっているのか分かりません。尋ねると、途端に青ざめて、縮こまってしまいました。
「違う、こんなことが言いたかったんじゃない、こんなの、ただの八つ当たりだ、僕と違って眩しくて、だから」
ノクス兄様は頭を抱え込んでその場にへたり込んでしまいました。爪をカジガジと噛み始めたので、咄嗟に手首を掴みました。どの爪も深爪になっていて、赤く出血しかけているものもありました。
「あの、兄様が何を思っているのか分からないんですが、少なくとも、わたくしは全然、そんな素晴らしい存在ではありませんわ。欲まみれですのよ、全部自分の都合が良くなるようにしていて」
「欲……?」
「自由に、好きなようにしていたいだけで、大層なものじゃありませんわ。わたくしは、悪役だから、誰かの心を救うことなんて、できないですし」
悪役、とノクス兄様が繰り返しました。前髪から金目が覗いています。ふうん、と品定めするような視線をわたくしに向けます。
「じゃあさ、『悪役』どうし、話聞いてよ」
わたくしの返答を待たず、ぺらぺらと饒舌に自分の境遇を話し始めました。ほとんど知っていましたが、そういえばわたくし自身はノクス兄様の過去を聞いたことが無いな、と気が付きました。ノクス兄様からしたら不思議だったのでしょうか。
「チェンジリングって知ってる?」
「聞いたことがありますわ、妖精が人間の子供と自分の子供を取り換えていくという話ですわね」
「そう、僕はね、それなんだって」
嘲笑を含んだ笑顔で言いました。誰に言われたかは想像が付きます。両親や、メイドたちに言われたのでしょう。
ノクス兄様によれば、妖精に近い存在はいるにはいるらしいです。ほとんど人間には見えないようになっていて、兄様でも気配を感じるくらいだと言います。
「だから、まあ、そうなんだと思うよ。今頃本当の第一王子はきっと妖精の国にでもいるんじゃないかな。ふらっと帰ってくるかもよ」
あくまでも他人事のような言いぶりでした。確かに、ここはファンタジーの世界観ですし、ありえなくもないですが。そんな設定があるなら、ゲームに登場するに決まっています。よって、それはありえませんわね。
それに、兄様の髪色はくすんだグレーではありますが、王妃様は明るめの銀髪なので、普通に血縁関係の可能性が高いですわね。それに、金目を気味悪がったと言いますが、こちらも曽祖父の代などの遺伝子の問題でしょう。そんなことを言えば、わたくしの目の色なんて、孔雀みたいな色と紫色のグラデーションみたいな、気味の悪い色味なのですが。
「まあ、今更戻ってきたところで、興味もありませんわ。というか、妖精の国でぬくぬく育ってきた王子サマがこの国に来たいと思う理由がないですわね」
「わ、言うね。ま、確かに」
「面倒だとか疲れたとか言って勝手に帰りますわよ、きっと」
口を手で隠して、少し兄様が笑いました。仮にいるとしても、国王と王妃様の子供ですから、美人なんでしょうけども。
「第一、今メレディス兄様にさえ手を焼いていますのに、これ以上増えたら持ちませんわね」
「ああ、それが言いたかった愚痴?」
あの温厚そうな爽やか王子に嫌われるって何事、とノクス兄様は茶化します。さらりと経緯を説明すると、ノクス兄様は合点がいったように、
「まあ、血筋が違うし、仕方ないんじゃない」
と、言いました。
思わず、え、と口から声が漏れます。
わたくしが血がつながっていないことを、知っているの?
固まったわたくしを不思議そうに見つめながら、「父から聞いた」だとか「メレディスサンも大変だったみたいだし」「受け入れられなくて当然」とわたくしの耳の中を言葉たちが通り抜けていきます。ぐるぐるとそういう言葉たちだけが頭を巡り、ほとんど脳を通過することなく、
「兄様はわたくしがみなさんと血がつながっていないことを知っていたのですね」
と、口から出ていました。ノクス兄様は呆気にとられたような顔でわたくしを見ています。
「たしかに、ノクス兄様なら、国王から色々聞いていてもおかしくないですわよね、わたくしは隣国との不可侵条約代わりの人質。何かあったら困りますものね、監視するお役目があるのでしょうか?」
ノクス兄様はまごついています。不思議に思って「兄様?」と返事の催促すると、ノクス兄様の顔がなぜか、どろり、と崩れました。ひどく嬉しそうに顔をゆがめています。
そこで、もう少し精査して口に出すべきだったと後悔しました。
「同じ、だったんだ、雲の上の存在なんかじゃなかった、手が届くんだ」
顔面を覆って、笑顔を隠しています。その指の隙間からわたくしを嘗め回すように眺めては、ぶつぶつと早口で呟いてにこにこと笑います。
「そんなこと、僕に話してくれて、ありがとう。嬉しい、僕たちよそ者どうし、お揃いだったんだ」
ああ、もう、完全にやっちまいましたわ!!
ノクス兄様は何も聞かされてなかった。もしかしたら、と思ったのに。言葉足らずすぎますのよ。余計なことを、秘密を口外してしまいました。「血筋が違う」のは側妃ネリナ様を母親に持つメレディス兄様も同じです。勝手に、わたくしのことだと決めつけて、そちらに思考が偏ってしまいました。
口外しないと言い含めたその翌日から、上機嫌なノクス兄様が遅れて朝食の席に着くようになりました。ゼノンににこにこと視線を向けながら、わたくしの顔を上機嫌で見つめ続けます。その視線のうざったさと言ったら!
幸いだったのは、このすぐ数日後、なぜかメレディス兄様のわたくしへの態度が元通りになったことです。忙しかった、と(嘘でしょうが)謝られました。久しぶりだったからか、申し訳ない気持ちがあったからなのか、びっくりするほど世話を焼いてくれて、困惑しました。
今振り返ると、この時には兄弟全員にわたくしの出自がばれていたのだと思うと、なんとも末恐ろしい気持ちになりますわ。
まだ、何も知らない阿呆なわたくしは、様子の変わった兄弟たちを見て、にぎやかですわね、としか考えていませんでした。




