11 ヤンデレクッキング:治癒魔法はほどほどに
神殿でのお仕事がある日は、いつもアルベール様に送っていただいていました。
確かにアルベール様はわたくしを聖女に誘った張本人ですし、直属の上司として目を掛けてもらっているというのは理解できるのですが、わざわざそこまでしていただかなくても、と思っていました。
その日のアルベール様はなぜか妙にそわそわしていました。
「良かったら、今日我が家に寄っていきませんか? おいしい紅茶もありますし、今日は早く終わってまだ時間もありますし……」
横をちらりと見て、馬車に同乗しているクレアに目を向けました。わたくしはお邪魔かしら。
「それでしたら、わたくしは別で帰りますので」
「えっ」
クレアとアルベール様が同時に声を上げました。あら、2人でデートするのは恥ずかしいのかしら。それにわたくしは王女ですものね、侯爵家を訪れたとなればアストルム家の株も上がるはずですし、いつものお礼くらいにはなるかしら。わたくし、今日は何も持ち合わせてないのだけれど、と了承の意を示します。
「いえ、私が呼びたいと思っただけですので、お気になさらず」
「お貴族様のお家、緊張します……」
クレアが縮こまる勢いで言いましたが、あなたは何度も王城にきているでしょう、と突っ込みました。気が大きいんだか、小さいんだか。
アストルム侯爵家は国境付近の大きな町に建てられています。彼の家は分家で、本家はフィルマン公国側についたそうです。戦争以前は外交役としてよく知られた家だと、調べたことがあります。侯爵家ではありますが、少しこぢんまりとした家でした。綺麗に整えられていますが、調度品や家具が少し古めです。アルベール様自身も、祖父母世代の服を着ていることが多いです。前世の言葉を借りるなら、レトロ好きという感じでしょうか。
アルベール様はわたくしとクレアを客間に通すと、紅茶とお菓子を運んできてくれました。ティーカップもアンティーク調です。ふわりと香ばしいバラの香りがします。
「あら、この紅茶、以前わたくしが気になっているといったものですわよね」
こくりと飲んでみて、間違いないと頷きます。アルベール様を見ると、少し照れくさそうにしながら、紅茶缶を差し出しました。リボンがつけられています。
「実は、以前おっしゃっていたものをたまたま手に入れたので。それで、お招きした次第です」
「まあ。覚えていてくださったなんて。プレゼント分までありがとう。嬉しいですわ」
なるほど、それで家に。わたくしはよく紅茶が好きという話をしていました。クレアはそういう話にてんで疎いのですが、アルベール様とは話が合い、好きな紅茶をプレゼンしあったりしていたほどです。前世の影響もありますが、純粋にこの世界の食事が胃もたれしそうであまり好きではないのも原因ですが。
というより、今の話ぶりだと、クレアがおまけということになってしまいますわ。
クレアはというと、わたくしたちの話を聞きながらお菓子を遠慮がちに選んでいました。
以前、クレアと2人の時にアルベール様とはどんな感じか探りを入れたことがありました。その時は「仲がいい」「良い上司さん」「こんな話をした」というような話をしていたので、てっきり2人は仲がいいものだとばかり。ほぼ毎日会うなら勝手に仲良くなるでしょう、と放置していたのがよくなかったのでしょうか。
適当な話題を探して、辺りを見回すと窓から庭園が見えました。噴水やバラのアーチがあります。
ここで2人きりで回らせて、わたくしはとんずら、といたしましょうか。
「アルベール様、わたくし、素敵な庭園が見てみたいですわ」
「喜んで。ご案内しますね」
わたくしはさりげなくクレアの後ろに回りました。アルベール様が花の説明をしています。中には自分で育てているものもあるそうで。多趣味ですわね、などと相槌を打ちながら少しずつ歩調を落とします。花壇やアーチがちょうどいい死角になって、見事はぐれることに成功したのでした。
綺麗に剪定された植物を見ながら、わたくしは奥へ奥へと歩いていました。わざとはぐれましたが、戻れるか心配になってきましたわ。ふと見ると家畜小屋がありました。アストルム家の家畜といえば、とシナリオを思い浮かべながら小屋へと歩いていると、
「どなたでしょうか」
と声がかけられました。凛々しい女性の声です。振り返ると、ショートヘアの、アルベール様にそっくりな女性が立っていました。耳にはアルベール様と揃いの緑色のピアスが揺れています。アルベール様の双子の姉、ルイーズ様です。わたくしを見て、すぐさまルイーズ様は深々と頭を下げました。
「第一王女殿下。非礼をお許しください」
「いいのですよ、今日はアルベール様にお招きいただいたの。ふらふら出歩いていてごめんなさいね」
申し訳なさそうな顔を作ると、「アルベールが申し訳ない」ともう一度謝りました。
「違うの、わたくしが勝手に出てきたんですわ。もう一人女性が来てまして、その子と良い雰囲気になるようにって」
「……はあ。それでは、ますます戻っていただいた方が良いですね」
ルイーズ様はわたくしを自然とエスコートする姿勢に入りました。お顔はほとんどアルベール様と一緒ですが、纏う雰囲気がキリっとしています。それに、よく見ると彼女は貴族女性には珍しいパンツスタイルでした。手に泥がついていて、少し汗もかいています。手のひらにはぐるりと包帯が巻かれています。
「お見苦しい格好で申し訳ございません」
まじまじと見ていたことに気づかれてしまったようです。不躾に見ていたのはわたくしですが、ゲームに登場するルイーズ様はなぜこのような格好をしているのかまで、言及されていなかったですわね。
「珍しいなと思ったけれど、素敵ですわ。騎士になりたいのですか?」
アストルム家を継ぐのはアルベール様でしょうし、ルイーズ様はどこかのお家に嫁ぐはずですわ。女性騎士がいないわけではないですが、狭き門だとメレディス兄様が言っているのを聞いたことがあります。ルイーズ様は答えかねている様子です。適当に答えればいいものを、真面目ですのね。
「お恥ずかしいですが、まだ何も。騎士になりたいわけではないのです。ただ、結婚するというのがいまいちしっくり来ていないと言いますか」
「わたくしと同い年ですものね、ルイーズ様にも婚約話があったのでしょう?」
「おっしゃる通りです。ですが、弟も心配ですし、考えられなくて」
「アルベール様が? 真面目な方ですし、そんなに心配されなくても……」
ルイーズ様はふるふると首を横に振りました。
「アルベールは、昔から我が家のルーツのせいもありますが、いじめられたり、傷つきやすいのです。小さい頃から働いてばかりで、友達もあまりいません。とにかく、頼れる人がいないのが心配で」
イメージがつきませんでしたが、ティタニア王国の貴族たちからすれば、アストルム家は王国を裏切った家の親戚筋です。彼らと関係なくても、そのような目で見られることはあったのでしょう。アルベール様がヒロインに思いを寄せて、打ち解けていくのも、おそらくヒロインがそういった差別的な感情を持ち合わせていなかったからなのでしょう。
「それに、昔からよく怪我をするんです。大きな怪我をしても、骨折しても、変にけろっとしていて、それも気にかかっていて――」
言いかけたところで、バラの花壇の向こうから話し声が聞こえてきました。アルベールがいました、とルイーズ様は話を切り上げてそちらへ向かいます。近づいてみると、何やらクレアが騒いでいました。
2人の姿が見えました。2人もこちらに気が付いたようです。クレアがすぐにわたくしから視線を戻したので、その視線を追い、ぎょっとしました。
「アルベール様、その血はなんですか!?」
思わず駆け寄ると、血まみれの手の中にバラが3,4輪ほど握られていました。慌てるわたくしとは対照的にアルベール様はけろりとしています。わたくしの後ろから、ルイーズ様の溜息が聞こえました。
「アルベール、バラを手で取るなと何度も言っているだろう」
「でも姉さん、すぐに治せますし……ほら」
わたくしが困惑しているうちに、アルベール様は自らの魔法で手をさらっと治してしまいました。そうして、何がいけないのか、という顔でルイーズ様の方を見ています。クレアなんて、若干引いています。
なるほど、ルイーズ様の心配がなんとなく分かりましたわ。
「アルベール様、ルイーズ様の言う通りですわ。いくら治せるとはいえ、アルベール様が怪我をしたことに変わりはありませんわ」
「え、ヴェロニカ様、まだ血を拭いていないので……」
わたくしはお構いなく、アルベール様の手を取ります。わたくしの手のひらにアルベール様の血が付きます。そのまま手からバラを取り上げました。ちくちくと痛み、指先から少し血が出ました。
「ああ、バラに触ってはだめですよ、まだ棘を取る前だったのに」
アルベール様はわたくしからバラを放り投げると、すぐに手を治療しようと魔法を発動させました。そうはさせまい、と手を後ろに回して拒否しました。アルベール様が「どうして!」と声を上げます。
「人の心配はできるのに。同じことですのよ。アルベール様の魔法は便利ですし、わたくしも何度も助けられている手前、強く言えませんが、それで危機感がなくなってしまうのは問題です。ルイーズ様も心配していましたわ」
「殿下のおっしゃる通りだ。治せると思って、治せなかったらどうする。リスク管理くらいしっかりしなさい」
姉にも窘められて、アルベール様は少し小さくなって頷いていました。力を使うのが当然になってしまっていたのでしょうね。痛さにも鈍くなってしまったのだとしたら問題ですわ。
「治癒魔法も完全ではありませんのよ。アルベール様は質の高い治癒魔法を使うので、問題なかったかもしれませんが、粗雑な治癒や過度な治癒は逆に細胞や骨に影響を与えるかもしれません。ほどほどに使うのがちょうどいいですわ」
細胞のくだりはあまりぴんと来ない様子でした。この世界観にはそういった考えがないのでしょう。そうだとすれば、余計、治癒魔法が完全なものではない気がして怖くなります。すかすか密度の骨が再生されているかもしれませんし、筋繊維がぐちゃぐちゃだったらどうしましょう。治癒魔法に頼りきりも良くありませんね。
「とにかく! なんでもかんでも魔法を使って治さないでくださいまし! 自分のお身体は大事になさってくださらないと、わたくしもクレアも、ルイーズ様も困りますし、心配しますわ」
「心配……」
そこへ、ルイーズ様が救急箱を持って戻ってきました。わたくしは塗り薬と包帯を取り出すと、さっと自分の指に巻きました。そのまま、それをアルベール様にも施しました。アルベール様はきょとんと包帯が巻かれた自分の手のひらを見ていました。
「さっき、バラを放り投げた時にまた棘を刺していたでしょう。そういうのを気を付けてくださいね、と言っているんですわ」
「なる、ほど」
いまいち理解していなさそうですが、仕方ありません。しばらくは様子を見るしかありませんわね。ルイーズ様にもお家で気にかけるように伝えておきましょう。
もう一度、アルベール様に釘を刺しておこう、とアルベール様を見ると、なぜか手のひらを見つめて少しだけ微笑んでいました。え、どうして笑ってるの、怖いですわ。怪訝な顔つきを隠そうともしないでいたわたくしに、アルベール様が顔を跳ね上げて、
「怪我をしたら、ヴェロニカ様が治療してくださいね」
と、やたら嬉しそうに言いました。「まだ慣れないので」と付け加えるアルベール様に、わたくしは若干引きつった顔のまま、了承しました。




