第八話 神楽の詩(カグラのうた)
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あの叫び声は止んだ。
しかし……静けさが本当に戻ってきたわけではなかった。
家々は再び固く閉ざされ、
さっきまで慌てて外に出ていた村人たちも一人また一人と家の中へ戻っていく。
地面には汗と恐怖の跡が湿り気と共に残されていた。
コウタは叔父の家の縁側に座っていた。古い日本家屋の木の壁に背を預けて。
隣にはハクボが膝を抱えながら、無言で前を見つめていた。
誰も、何も言わない。
あるのは夜の音だけ。
静寂。息苦しさ。
そして……まるで、何かがじっと待っているかのような気配。
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朝が来た。
緊張に満ちた夜の後に訪れた灰色の光。
しかし、そこに温もりも、希望もなかった。
村の日常は変わらず……いや、無理に「日常」を演じているように見えた。
コウタはまだ布団にくるまっていた。
ハクボは天井を見つめながら横になっている。
突然――
「ふわぁぁ~」と欠伸の声。
コウタがのろのろと起き上がり、目をこすった。
そして左を向いた瞬間――
「ぎゃあっ…!」
そこには目を見開いて覗き込むハクボの顔。
「おい、まだ寝てなかったのか?」とコウタが尋ねる。
「うん。まあ、そんな感じ」とハクボ。
「珍しいな」
「むしろ……あんな夜を過ごしたあとに、ぐっすり眠れる人間の方が変だと思うけど」
とハクボは淡々と答える。
彼女の目の下には、いつもより濃いクマがあった。
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その時、部屋のドアをノックする音が響いた。
「朝ごはんできたわよ~ 起きて~」
それはコウタの母の声だった。
「今行くよー!」とコウタは答えた。
その瞬間、彼のスマホが通知音を鳴らす。
差出人は――白津ハナ。
――夏休み、どう? 無事に過ごしてるよね?
――べ、別に心配してるとかじゃないからねっ!!
コウタは眉をひそめながらメッセージを読み、返信する。
「まあ、なんとか大丈夫、かな」
「は、はっ!? 女とチャットしてるのかお前っ!?」とハクボが鋭くツッコむ。
「失礼な。俺は100%ノーマルだぞ、バカヤロウ」
とコウタは真顔で返す。
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【場面転換:食卓】
いつものように、コウタの両親は叔父夫婦と共に畑へ向かう。
残されたコウタとハクボには一言だけ――
「気を付けて、好きに過ごしなさい」
そして、これもまたいつものように……
「退屈すぎる~」とハクボが伸びをしながら嘆く。
その間に、コウタは家の中を探検していた。
廊下を歩きながら、しばらく開かれていない部屋の扉を見回す。
やがて彼は、ある一つの古い部屋の前で立ち止まった。
――亡き祖父の部屋だった。
障子戸がギイ…と音を立てて開く。
冷たい空気と、古木の匂いが流れ込んでくる。
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コウタは静かに部屋へ入った。
目を光らせながら、内部をじっくりと見回す。
古びた引き出し、色褪せた絵、布を被せられた棚。
一つ一つを確かめながら、彼はある隅に目を留めた。
「ん……?」
そこには古びた木の箱があった。
埃まみれで、長い間誰にも触れられていない様子だった。
コウタは慎重にそれを開ける。
中には古い文書や本、
そして――数枚のモノクロ写真が眠っていた。
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「遅いな……」とハクボが呟く。
コウタが戻ってこないことを心配し、彼を探し始めた。
そして、開かれたままの部屋を見つける。
「どこにいるの?」
中へ入ると、コウタが木箱の前で何かを見つめていた。
「何してるの?」
「これ、見てくれ」
コウタが写真の一枚を差し出す。
そこには数人の人々が並んで写っていた。
中央には――祖父にそっくりな人物。
「多分……おじいちゃん、昔は祭りの管理役だったんだ」
そして彼はもう一枚の紙を取り出した。
手書きの文字、古びた筆跡、薄れたインク。
上部には、こう記されていた:
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神楽の詩
「祭りの夜、音楽と歌は完全に、そして正しい順序で奏でられなければならない――
さもなくば、彼らは目覚める。
静かではない、怒りと共に。」
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ハクボは生唾を飲み込んだ。
部屋の空気が急に冷たくなった気がした。
「まさか……これ、関係してるのかな…?」
コウタは紙を強く握りしめた。
紙の隅には神社の印が押されていた。
そして、そこに記されていた祭りの名――
「祭り鎮魂」
魂を鎮める祭り
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お読みいただきありがとうございました。
『沈んだ鼓動 声なき夏』第八話「神楽の詩」より。
――忘れられた旋律が、また一つ、扉を開けた。
祭りの裏に隠された真実が、静かに息を吹き返す。
次回、深まる謎の先で“彼ら”の声が届くかもしれません。
そして、もしある夜、どこかから音楽が聞こえたなら――
決して、その音を最後まで聴かないでください。
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