第二十一話 恐怖の夜の後の夜と、明日
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夜空には鈴虫の音が響き、
まるで終わりたくない夏の旋律のように、静かに鳴り続けていた。
タッタッタッ…
二つの足音が乾いた村の地面を駆け抜ける。
コウタの叔父とハクボが音の発信源へと急ぐ——
祖父から受け継いだあの古い大きな家、コウタたち家族が避難していた場所へ。
「戻ったのか?」とハクボが息を整えながら尋ねた。
「ここで一体何があった?」
コウタは家の脇、何の変哲もないように見える小さな池を指差す。
——だがそこには、恐怖が潜んでいた。
「もうわかるだろ?カゲグイだ。あそこから現れたんだ。」
「そうか…」叔父が深刻な面持ちでうなずいた。
「やはり…やつの出現には常に水が絡んでいる。だが、こんな小さな水たまりまでもが通り道とはな…」
しばし沈黙のあと、コウタに目を向ける。
「…で、その音は?」
「持ってきたよ。」コウタは毅然と答えた。
「そうか…じゃあ、お前は“その音”を鳴らせたんだな?」
叔父の口元がわずかに緩む。顎に手を当て考えるような素振りをしながらも、目は誇らしげに細められている。
「ふん。思った通りだ…へっ。」
「ナニソレ〜」とコウタの叔母が皮肉混じりに笑う。
「まあ、まずは中に入りましょ。見た目は落ち着いたけど、頭の中はぐちゃぐちゃよ。」
一同は軽く笑った——それはもしかしたら、ただの逃避かもしれない。
だが、家の中へと一人ひとり足を踏み入れていくその背には、
さっきまでの緊張がまだ色濃く残っていた。
コウタの父はあの楽器をまるで宝物のように大事に抱えながら、
重く、それでいて安堵に満ちた足取りで部屋の奥へと向かっていく。
あの恐怖は幻なんかじゃなかった——彼ら全員、それを痛感していた。
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畳敷きの居間で、コウタ、ハクボ、そして叔父が低いテーブルを囲んで座っている。
台所では母と叔母が夕食の支度をしており、時折まな板の音や鍋の音が静かに響いてくる。
父は奥の部屋へと姿を消し、あの楽器をそっと置いてきたのだろう。
柔らかな照明が部屋を照らし、壁にはやさしい影が揺れていた。
しばし、静寂が流れる。
「で…練習の方はどうだった?」
コウタが静けさを破るように問いかけた。声は落ち着いていたが、好奇心に満ちていた。
「少しずつは順調だったよ。」
叔父はうなじをかきながら答える。
「…ただし、カゲグイの妨害があってな。訓練も前より厳しくなった。早く慣れないといけない。」
「へぇ…」コウタは小さくうなずいた。
「祭りはもうすぐだろ?」とハクボがコウタに目を向ける。
その視線は鋭いが、どこか温かい。
「お前も『神楽の歌』を早く覚えないとな。」
「そうだね…俺もできるようにならないと。」
コウタの胸には、静かに決意が芽生えはじめていた。
「じゃあ、明日から村の集会所に一緒に来なさい。」
と叔父が誘いかける。
「うん!行くよ!」
コウタは力強く答えた。
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夜は続いていた——さっきと同じ夜のはずなのに、どこか穏やかだった。
張りつめた空気は、少しずつ骨の奥へと安堵に変わっていく。
暖かい会話が流れ、夕食が並び、
やがて本当の意味での「休息」が訪れた。
コウタは布団の中から天井を見つめ、まぶたは重くなってきたが、心は軽かった。
彼は知っていた——これからの日々が始まるのだと。
練習の日。戦いの日。守るための日々。
夏祭り——もうすぐそこだ。
そして、コウタはもう、覚悟ができていた。
あと少し…
そう、あと少しで全てが変わる。
違う視点から、世界は見えてくる。
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「私は…もう一度夏祭りを開催することに反対です!」
その声は張り裂けるように響き、静まり返った部屋にこだました。
「忘れたの!?彼女に何が起きたか、忘れたの!?」
彼女の指先は震え、目には涙が浮かんでいた。
「あの日は…楽しいはずの日だった。けれど、私にとっては…悲しみの日になったの。」
癒えぬ古傷を残したまま、祭りはまた動き出す。
村人たちの決意の裏で、過去の影と共に、静かなる囁きが再び目を覚まそうとしていた——。
【次回予告】
幸太の村の集会所での訓練が始まる。
しかしそこで…いくつかの真実が明らかになり始める。
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