第二十話 一つの声
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耳をつんざくような静寂とともに――
何かが、ゆっくりと這い寄ってきた。
よろめきながら、まるで……息を探すように。
誰の息?
僕の……息?
近い……
どんどん近づいてくる……
バタンッ!
引き戸が勢いよく閉められる――始まった。音が消える。沈黙。
音も震えもない。
だが、それこそが恐怖を現実のものにする。あまりに完璧な静寂。
まるで「ドンッ!!」と聞こえたかのような衝撃――だが、音は存在しない。
何かが扉にぶつかった!
誰かが慌てて家に駆け込もうとしたように、だが扉に阻まれて止まれなかった。
揺れる扉の向こうで、コウタと父は必死にそれを押さえていた。
汗が噴き出し、息は詰まる。
言葉は交わされない。だがその目の奥には――希望があった。
いや……絶望かもしれない。
「ゲゲゲ……ゲギギ……」
あの声だ。
人間の言葉でも、生き物の声でもない。
かすかに、錆びた鉄が耳を裂くような囁き。
……忌まわしきカゲグイ。
まだ入ろうとしている。諦めていない。
どうする?このまま耐え続けるのか?
誰かが助けに来るまで……?
でも誰が?そして……本当に助けられるのか?
考えろ……考えるんだ、中沢コウタ!
唇を噛み締めながら、扉の向こうからの衝撃が強まっていく。
ドンッ! ドゴンッ! バンッ!――
聞こえないが、感じる。
振動が壁を伝って響く。
そのたびに心臓が打ち付けられるようだ。
交代で扉を抑える?
この部屋にある全ての物で?
怪物が自ら疲れ果てるまで……?
バカな、コウタ!そんなの無理だ!考えるんだ、くそっ!
静寂。
耳を突き刺すような沈黙。
頭が……破裂しそうだ。
残されたのは、耳鳴りだけ。
不快な音が頭の隅々まで満たす。
そして――
「ドン……」
重く低い一音。
それに続くかすかなリズムが遠くから――
「ドン…ドム…ドンドン…チャン…」
打楽器の音……古びたガムランのような音色が、夜を越えて響く。
その音が、恐怖に覆われた空間を突き破る。
そして、長く失われていた一つの感覚をもたらした――
静けさの中の、安らぎ。
ペタ。
(無音の中で鳴る、乾いた音。突如として、世界が戻ってくる。)
「……音楽だ」
コウタが呟く。まるで悪夢から目覚めたように。
「そうだ……音楽だ!」
声に力が戻る。
息を切らしながらも扉を抑えたまま、母の方を向く。
「どこ!?あの楽器!」
「楽器って……リンリンゴン?それとも……お祭りの太鼓?あぁ、なんて名前だっけ!?」
母が混乱しながら叫ぶ。
「もういいから!隣にあるでしょ?!」
コウタの声は焦りながらも確かだった。
「わ、わかったわよ…!」
母はすぐに動いた。入ってきた時に持ち込んだ楽器を手に取る。
その間、叔母は扉の前に走り、二人を手伝って押さえる。
扉にかかる圧力はますます激しくなっていた。
母は楽器をコウタに手渡す。
「今度はどうするの?」と問いかける。
「お母さん、交代して!扉は任せた!」
そう言って、コウタは位置を入れ替える。
彼の手にあるのは――あの楽器。
深く息を吸う。
ハァアアアァァ……
(コウタの深い呼吸。周囲の空気まで、それに合わせて息を止める。)
そのころ、別の場所では二人の足音が――
「サクッ……サクッ……サクッ……」
村の土を踏む落ち着いた足音。
急ぎはしないが、重さを伴う歩調。
コウタは楽器の前に立つ。
まるでそれを触れたことのない異邦人のように。
震える手。
幼い彼には重すぎる木のバチ。
だがその目は鋭く、顎は固く結ばれていた。
その背後――扉の向こうでは、まだ怪物が蠢いていた。
しかし、動きには焦りが見える。
コウタは右手を高く振り上げ――
「ブゥゥゥゥゥン……!」
その音は深く、広がり、響く。
床が揺れ、窓ガラスが震える。
音の波は部屋を越えて広がり、家の壁を抜けて――
ゆっくりと、庭先へと届いた。
遠く離れた道の上――
歩いていたコウタの叔父とハクボが足を止める。
「……聞こえたか?」叔父が言う。
「……もちろんだ」ハクボが応じる。
場面は再び家の中――
あの音の後、空間は静まり返る。
あまりにも静かだった。
そして――
「ぬちゃっ……」
嫌な音が、地面から聞こえる。
カゲグイの体の一部――
今にも襲いかかろうとしていたそれは、
溶けた。音もなく弾けた。
腐敗した液体が滴り、床に広がる。
説明しがたい、恐ろしい痕跡を残して。
そして、不思議なことに……
夏らしい、あの虫の声が戻ってきた。
――まるで、何事もなかったかのように。
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一つの声、一つの音。
静寂の中に潜む恐怖と、強いられた安らぎの中に蠢く不安。
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……その音が、また鳴り始める。
次回、もうすぐ——。
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