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沈んだ太鼓。音のない夏。  作者: エルギ ハングラ
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第十九話 均衡

---


叔父の村への道のりは、約六時間を要した。

出発は午後三時――安全だと思われる時間――だったが、到着予定時刻は午後九時。最も危険な時間帯。カゲグイの身体の一部が現れはじめ、虚無から姿を現し、音を探し始めると言われている時刻だ。


車は舗装された道をゆっくりと走っていた。だが、道路の白線はすでに色褪せ、空にはまだ沈みきらぬ太陽が低く浮かんでいた。淡いオレンジが地平線を燃やしていたが、何かが不自然だった。

空気があまりにも静かすぎた。

風もない。木々の葉も微動だにせず、音を出すことを拒んでいるかのようだった。


車の後部座席に座るコウタは、窓の外をじっと見つめていた。

まるで、太陽が沈むのをためらっているようだった――その先に待つ闇が、何か異常なものを連れてくることを知っているかのように。


「外をあまり見すぎるな」

前の席から父の声が不意に響いた。調子は平静だったが、その語調には明確な緊張が滲んでいた。


「え、どうして?」とコウタ。


「何を見ても…無視しろ」父は低く言った。「窓は開けるな。誰にも話しかけるな。呼ばれても、返事をするな。」


母が一瞬だけ振り返り、かすかに微笑んだ。

「怖がるのは当然。でも、恐怖に呑まれてはダメよ。怖いときは…手を握ってみて。自分が、ここにちゃんと存在してるって感じるはず。」


コウタは黙ってうなずいた。手を見つめた。冷たかった。


車が丘陵地帯に入り、村へと続く幹線道路へと差し掛かった頃、風景は一変した。

夕日の残光は、薄い霧に覆われ始めた。

やがて、彼らの前に大きな橋が現れた――村へ通じる最後のルート。

そこから、世界が変わった。


道の左右に、数え切れないほどの人影が立っていた。

霧のせいで顔はぼやけていたが、その数は異常だった。

服装は古びており、まるで過去の時代から来たようだった。

灯籠を持つ者もいれば、ただ黙って立ち尽くしている者もいた。


「…誰、あれ?」コウタが囁くように言った。


父は何も答えなかった。


母は前を見据えたまま、静かに言った。「見ないで。」


車は橋を渡る。

コウタは目を凝らし、人影の中に知った顔がないかを探そうとした。

しかし、見れば見るほど、記憶が曖昧になっていく。

まるで彼らの存在自体が、徐々に脳裏から削ぎ落とされていくかのようだった。

――さっきまでそこにいたのに……誰だった?


空気が急に冷え込んだ。

車内も、完全な静寂に包まれる。


やがて、ヘッドライトが古びた家の前庭を照らした。

叔父の家だ。

車は静かに停まった。


ひとりずつ車から降りる。

ドアの開閉音――「カチッ」――は、無音の世界に響き渡る異音だった。


遠くから、木のきしむ音と、引き戸に風が当たる音が聞こえた。

それは……昨夜と同じ音だった。


そして、玄関の前に女性が立っていた。

少し乱れた髪。疲れた表情。でも、どこか温かい――コウタの叔母だった。


「おかえりなさい」彼女は優しく言った。


コウタは周囲を見回す。

叔父も、ハクボもいない。


「おじさんとハクボは?まだ村の集会所に?」と尋ねる。


「朝から出かけたわ」叔母が答える。「準備に追われてるの。」


「行ってみるか?」と父が車のドアを閉めながら言った。


「うっ……ムリ。こんな時間にこの村を歩くとか、絶対ムリ…」コウタは顔をしかめて答えた。


「中へ入りましょう」叔母が促す。「雨が降ったら大変よ」


引き戸が開く。夜風が室内に流れ込んだ。


コウタたちは小さく頭を下げて言った。

「お邪魔します……」


家の中は薄暗く、明かりが控えめに灯っていた。

だが、コウタの目を引いたのは……大量の提灯だった。

数十個……いや、それ以上。

完成したものもあれば、まだ製作途中のものもある。

居間も台所も、白く淡い和紙の提灯に埋め尽くされていた。


「提灯……?異常な数だ……」コウタは呟いた。


「集会所で働かない者は、こうして提灯を作っているの」叔母が説明した。

「何が起きるのか分からない。でも、何かしなきゃ。たとえ小さなことでも。」


「私も手伝うわ」母が微笑んで言った。


彼らは正座し、作業を始めた。

コウタは一枚の和紙を手に取った。

その薄く淡い紙は、触れただけで手が震えた――まるで、そこに見えない重みが込められているかのようだった。


笑い声も、冗談もなかった。

温もりすらない。

場の空気はあまりにも静かで……まるで、まだ起きていない葬式の準備のようだった。


時折、提灯が落ちる音。

あるいは、誰もいないのに床がきしむ音が響いた。


誰も、それについて話そうとはしなかった。


その時――

家の裏の窓から、コン、コン……と軽いノック音が聞こえた。


一度。二度。


「無視して」叔母が背を向けたまま呟いた。


誰も動かない。

誰も振り返らない。


だが、コウタだけが……思わず、ちらりと目を向けた。


そして、曇った窓の向こうに――

小さな人影があった。


子どものように見えたが……違う。

足が異様に長く、頭が……異様に低い。


その影はただ立っていた。

そして……ふっと、消えた。



---


「あ、あれは……なに……!?」

コウタは震える声で叫んだ。顔は真っ青で、体も動かない。

視線はまだ、さっきその“何か”がいた場所から外せなかった。


その存在……説明できないほど歪だった。

濡れていて、脈打つような、何か忌まわしいもので身体が包まれていた。

冷たく、哀しく、そして恐ろしい気配がにじみ出ていた。

この世のものではない、闇の影が、そこにいた。


「カ、カゲグイ……じゃないの?ずっと村を脅かしてる、あの化け物たち…」

コウタは自分に言い聞かせるように尋ねた。


「そうよ……」叔母は静かに答えた。

目は家の横の小さな池を見つめていた。

その水面は静かだったが……あまりにも黒い。


「でも、カゲグイの圧が強まりすぎて……この世界の境界を揺るがしはじめたの。

それが……ほかの霊的な存在までも、刺激してしまった。

そして、時々、こうして……姿を現すの。」


一瞬の沈黙。


そして――「ちゃぽ…ちゃぽ…」

池から水音がした。


コウタは反射的にそちらを見た。


風もないのに、水面が小さく揺れていた。


その黒い鏡のような水に、ぼんやりと浮かぶ影。

その体は奇妙な動きで回転しながら、まるで踊っていた。

長い手がねじれて、指が多すぎて……濡れた糸のように絡んでいた。


その舞にはリズムがなかった。

だが、その一挙一動が……背筋を凍らせた。


影は、沈黙の中で踊り続ける。


そして、水は音のない笑い声を、胸の奥に響かせた。


「……あれは……」


沈黙。

いつものように、音が何かに飲み込まれた。


「また、あいつか……」

コウタは、後ずさりながら呟いた。


誰も言葉を返さなかった。

だが、彼らの眼差しには――

語られることのない、不安が宿っていた。



---

---


「お前も……見えているのか?」

また……会おう——。



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