第十八話 問いかけ
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コウタはすぐにハクボとの通話を切り、席へ戻った。そこにはハナが静かに待っていた。
「終わったの?」とハナが軽く振り向いて聞いた。
「う、うん...終わったよ。」コウタは視線を逸らしながら、少し硬い声で答えた。
「そう...じゃあ、食べよう?」と微笑みながら誘った。
「も、もちろん!いただきます!」コウタは笑顔を作ろうとしたが、緊張が滲んでいた。
目の前の料理は温かく、美味しそうだったが、食事の空気はどこか不自然だった。静かで、何かが押し黙っているような雰囲気。コウタは目に見えない圧力を感じていた。
心の中で彼は願っていた。――どうか、さっきの会話のことをハナが触れませんように。
だが、その願いは甘すぎた。
「…あのね、電話の時、聞こえちゃったんだけど……ちょっと気になってて。」
コウタはむせそうになった。「あ、ああ……もちろん、そうだよ。」と慌てて答えた。
《やっぱり聞いてたか……チクショウ、ハクボのやつ!》と心の中で悪態をつく。
「“カゲグイ”とか、“守り手”って……どういう意味?」ハナはまっすぐに見つめながらも、責めることなく聞いた。
どうやって説明すればいいんだ…?コウタはごくりと唾を飲んだ。頭の中が真っ白になる。
「え、えっと……な、なんのこと?初めて聞いたな、はは…」と苦し紛れの嘘をついた。
「嘘。」ハナの目が細まり、簡単にその嘘を見抜いた。
「う、嘘なんかじゃないよ!」反射的に否定したが、声が震えていた。
ハナは何も言わず、じっと彼を見つめた。その沈黙は、言葉よりも鋭かった。
「……わかったよ、降参。」コウタは両手を上げて降参のポーズ。
「でも……君が――」
「ただ知りたいだけ。」ハナはすぐに言葉を遮った。「ただ、気になっただけ。」
コウタは深く息を吐き、静かに語り出す。「ハクボが言ってた“守り手”については……正直、僕もよくわかってない。でも“カゲグイ”は……ちょっと違う。」
彼は机を見つめながら、言葉を選んだ。
「カゲグイ……あれが何なのか、僕には分からない。姿も、意味も。ただ一部だけ見たことがあるんだ……影のようで、形はなくて、ねじれてて、気持ち悪い。おじの村では『音を喰う影』って呼ばれてる。」
「“音を喰う”…って?」ハナが繰り返す。
コウタは小さく頷いた。「音を“喰われた”ら、その音は消える。二度と聞こえなくなる。そして次に、その音の主を……喰い尽くすんだ。」
沈黙が落ちる。
「まあ……少しは、答えになったかな。」とコウタが無理やり笑って言った。
ハナは小さく、ひとつ頷いた。「少しだけ、ね。」
「信じるの?」
「なんで信じないの?」
コウタは言葉を失った。理由は分からないが、その一言が妙に心を軽くした。まるで彼女だけが、本当に見えているようだった。
数分後、食事が終わり、コウタがすべて支払った。ハナは小さく頭を下げ、「ありがとう」と素直に礼を言い、コウタの顔はほんのり赤く染まった。
二人は並んで駅へ向かって歩き出す。夕暮れが迫る街。足音と風の音が静かに混ざり合う。
「それで……カゲグイって、まだいるの?」とハナがぽつりと聞いた。電車の音にかき消されそうな声だった。
「倒さない限り……あいつは、ずっといる。」コウタは前方の線路を見つめながら答えた。
「どうやって倒すの?」
「神楽の歌、だと思う。」コウタがちらりと彼女を見た。
「神楽の歌…か。」ハナはその名を、そっと胸にしまうように呟いた。
やがて電車が到着し、ふたりは並んで座った。以前と同じように――だが、今夜は違う。どこか張り詰めた空気。温かさの裏にある、始まりの気配。
電車が停まり、ふたりは一緒に降りた。
「今日は誘ってくれてありがとう。」とコウタが言った。「じゃあ……またね。」
振り向こうとしたそのとき――
「待って!」
コウタは反射的に振り返った。
「おじさんの村に、戻るの?」と真剣な眼差しで尋ねた。
「もちろん。手伝わなきゃ……いや、手伝いたいんだ。」
「勝てると思う?」
コウタは夜空を見上げた。「もし勝てなかったら、他の方法を探すだけさ。」
「他の方法って?」
「わかんない。」
「……本当に、大丈夫? 怖くないの?」
コウタは小さく笑った。だがその笑いは、どこか空虚だった。
「カゲグイに声を奪われかけた。その時は……無音に飲み込まれた気がした。何も聞こえなくなって、虚しかった。声を奪われた人たちも、みんな消えた。跡形もなく。頭までも……」彼は拳を強く握った。「だから、絶対に勝たなきゃ。」
ハナは黙って、彼の顔をじっと見つめていた。
「……わかった。気をつけて。」
「またね。」
……
「また明日ーっ!」ハナが手を振りながら叫んだ。
コウタは振り返り――そして今夜、初めて心からの笑顔を見せた。
「うん。また明日。」
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コウタは急いで家へ帰った。家の前にはすでに車が停まっており、父と母が出発の準備を整えていた。
「準備はできたか?」と父が声をかける。
「もちろん。」コウタは短く、だが力強く答えた。
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車がゆっくりと走り出す。
「しまった! 忘れた――」
「もうトランクに入れてあるわよ。」と母が言い、コウタは安堵の表情を浮かべた。
彼はすぐにスマホを開き、ハクボにメッセージを送る。
「今、そっちに向かってる。」
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静寂に包まれた穏やかな表面の裏には、
いつも、耳を傾けるのを待つ囁きが潜んでいる。
それを聞いた者は、もう二度と同じ自分には戻れないだろう。
── 次回のエピソードで、また会おう。
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