第十五話 遠ざかる静けさと近づく気配
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朝の雲は、昨夜の混乱の余韻を残すように、村の空に重く垂れ込めていた。
いつもなら暖かいはずの日差しも、今朝はどこか冷たく、くぐもっている。
葉の隙間で朝露が踊る中——
静かな部屋に、スマートフォンの着信音が響いた。
何度も、何度も。
うつ伏せのまま、布団に包まれたコウタが小さくうめき声を上げる。
右手を伸ばし、頭上に置かれたスマホを手探りで掴んだ。
目を細めたまま、ほとんど開いていない状態でゆっくりと上半身を起こす。
掠れた声が漏れた。
「……シロツさん?」
画面に映る名前を見て眉をひそめ、メッセージを確認する。
——
「おはよう、中沢くん!
今、忙しい?
夏休みはどうだった?
も、もしかして迷惑だった!?ごめんなさい!!」
——
コウタは思わず微笑みそうになった。
瞳が少し開き、彼は反射的に部屋の左右を見回す。
「ナイス……ハクボはいないな……」
満足げに囁くと、すぐに返信を打ち始めた。
——
「おはよう、シロツさん。謝ることないよ。全然迷惑じゃないし。
今は特に忙しくないし、時間もあるよ。
うーん……こっちの夏休みは、あまり楽しくなかったけどね。」
——
送信を終えると、コウタは布団から起き上がり、食堂へ向かう。
すでに朝食の香りが漂い、テーブルには料理が並んでいた——
ただし、彼の席だけが空いていた。
コウタが座ると、家族の視線が一斉に彼に注がれる。
「ケータイ見ながらニヤニヤしてるコウタなんて珍しいな」
父親がニヤリと笑う。
「怪しいわね」
ハクボが疑いの目で続ける。
「もしかして……女の子?当たりでしょ?」
キッチンから叔母の声が響き、叔父がつられて笑う。
「ハハハ!」
「う、うるさい……」
コウタは頬を赤らめながらボソリと答える——まさにツンデレそのもの。
「えええ〜〜!照れてるぅ〜!」
「照れてる!」
「コウタ照れてるぅ〜!」
皆が揃ってからかう。
突然、母親がキッチンから走り寄ってきた。
目をキラキラさせながら叫ぶ。
「こ、コウちゃん!その子って誰なの!?」
「だから!『コウちゃん』って呼ぶのやめてくれってば……」
コウタは俯いて顔を隠した。
「その子との交際、認められないわよ!
……あたしより可愛くないと、ね。そうじゃないと、許せないっ」
母親が睨みながらボソッと呟く。
「わ、わかったってばぁ!」
コウタは慌てて叫ぶ。
「はいはい、ごはんの時間よ〜」
叔母がご飯とおかずを運びながら、場を和ませる。
ハクボが笑いをこらえきれずに肩を震わせた。
「ぷっ……コ、コウちゃん……くっくっく……」
「うるさいっ!」
「ハハハハ!了解、コウちゃん〜!」
バシィン!
鈍い音が響く。ハクボが頭を押さえてうずくまる。
「す、すまん……コウちゃ……じゃなくて、コウタ……」
「次に言ったら……容赦しないぞ、早川先生」
「イエッサー……」
そして朝は笑いに包まれていく。
あたたかくて、変で、まるで夢のようだった。
——
朝食中、会話が始まる。
「お父さん、家の水道管の点検って、いつ来るの?」
母が尋ねる。
「明日の昼頃かな」
父が気軽に答える。
「そう……」
その時、コウタのスマホがまた鳴る。
——
「よかったぁ……」
「い、いや、迷惑じゃなくてよかったって意味!
楽しくなかったって話は喜んでないからね!!」
(かわいいスタンプ:シロツが頬を赤らめている)
——
コウタは思わず吹き出しそうになる。
家族がまた一斉に彼の方を見た。
「ぷっ……」
さらにもう一通。
——
「実はね、言いたいことがあるの」
——
「えっと……
もしよかったら……
明日、一緒に行ってほしい場所があるんだけど……
い、いや、無理にとは言わないよ!?
だって今は休み中だし……」
——
コウタはすぐに返信する。
——
「うーん、約束はできないけど……
一応、親に聞いてみるよ」
——
「ありがとう!!」
(かわいいスタンプ:シロツが手を合わせている)
——
その頃、向かいに座る母が父に尋ねた。
「お父さん、じゃあ……私たちは先に戻るってことでいいの?」
「ああ、そうだな」
「コウタ、ハクボ……一緒に少しだけ戻らないか?」
父が付け加える。
バンッ!
テーブルを叩く音。
「行く!!」
コウタが力強く叫ぶ。
「えっ……」
父がやや驚いた声を出す。
「そんなに帰りたかったのね……」
母が首をかしげる。
「ち、ちがうよ!別に……ただ、こっちの準備も手伝いたいし……でも急な予定が入ってさ、はは……」
「ふふ、からかっただけよ」
母が優しく笑う。
——
「でも……正直、ここではあまり役に立てないし」
コウタが正直に言った。
「コウタ君、短い時間でも手伝いたいと思うなら、
楽器の練習とカグラの歌をちゃんと学ばないとね。ハクボ君もだよ」
叔父が真面目な顔で告げる。
「……練習?」
コウタとハクボが同時に声を上げた。
「後で練習用の録音を送るよ」
叔父が小さく微笑んだ。
朝は続いていく。
いつも通り、冗談が飛び交い、昨晩の出来事などなかったかのように——
けれど……
——
青く澄み始めた空には、薄い雲が残っていた。
“音”はまだ、人々の体の中で沈黙している。
だが、やがてそれは——
再び呼び起こされる。
奏でられる。
すべてが遅れてしまう前に。
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静けさの裏に、何かが潜んでいる。
それでも、微笑みは咲き続ける。
次の話でまた会いましょう。
読んでくださってありがとうございました!
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