第十話 音を喰らう影「影喰い」
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「戻らなくては…!」
雨の霧が立ちこめる空気の中、光田の声が割れた。まるで空さえ息を止めているような緊張感が漂う。
考える余裕などない。
今できることはただ一つ――身を隠すことだけだ。
地下室――最後にして唯一、安心を感じられる場所。
せめて、今は…。
彼らは全力で走った。
滑る泥道を抜け、家から家へと怖れながら駆ける。
—ブラーッ!!
—ブラーッ!!!
扉を全身で押し、閉じる。すぐに鍵をかけた。
トク トク トク トク トク—
足音が家中に響き渡る。息は荒く。心臓は胸を打ち鳴らす。
そして…バックヤードの扉が、音もなく開いた。
鉛色の雲が低く垂れ込める。風がそっとささやき、誰の手も触れていないのにカーテンが揺れる。
「あら〜おかえり〜」
穏やかな声が響いた。
それは…光田の母の声だった。
父と叔父叔母も一緒に、収穫を終えて帰ってきたばかりだ。
「時間がない!!」
「また…また現れた!!」
バクッ…
バスケットが床に落ちた。
小さな音だが、全身の奥底を震わせるほどの衝撃だった。
全員が凍りついた。
無言のまま――走り出す。
唯一の希望――地下室へ。
雨音と恐怖が彼らを突き動かす。
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ポツ……ポツ……
細やかな雨粒が落ちる。
屋根に、地面に、そして胸の奥にも。
皆、室内へ入り終えた。
外では、雨が嵐へと変わっていた。
そして――何かが水の中から目覚めた。
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「おじさん…『影喰い』のこと、知ってる?」
光田の声はかすかだが、刺すように深かった。
「そんなこと、どこで知ったんだ?」
叔父が目を細めた。
長らく隠していた緊張が、その声に滲む。
「巻物から…祖父の部屋で見つけたんだ」
「はあ…見つけたのか」
叔父は俯き、深いため息をついた。
「影喰い…水音の中に住む音を喰らう影の霊。
出現するたび、水由来の災害――洪水、土砂崩れ、濃霧を伴う。
古来より混乱をもたらし、多くの命を奪ってきた存在だ」
「お前が巻物を読んだなら、『神楽の詩』のことも知っているはずだ。
あの歌は世界の音を鎮めるために作られた――彼を深い眠りに誘うために」
「ということは…この二年間の騒動は、祭が中止されたことに起因しているのか?」
「その通りだ。ただ…もっと危険なのは、歌が誤って歌われたことだ」
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ザアアアア……ッ!!
天が裂けたかのように、雨が狂ったように降り注ぐ。
風が唸る。
木の葉が空へ舞い上がる。
水は地を叩きつけ、窓を叩き、心臓を締め付けるように響く。
すべてが轟音に呑まれた。
しかし、その中に…別の音が潜んでいた。
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「雨、すごくなってきた…」
呟く哈久保(Hakubo)。外を見つめる。
「何か聞こえませんか…?」
光田の父が目を細め、問いかけた。
ズチャ… シャッ……
湿った、擦れるような音が響いた。
何かが這っているようだ。
泥濘を這う音。
水たまりが揺れる。
空気が重くなる。
恐怖が濃縮されていく。
その音は小さく、しかし確かに心を凍りつかせる。
それは…人間の足音ではなかった。
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もし明日、空が声を失ったなら……
もし誰もが、理由もなく沈黙したなら……
ならばもう分かるだろう――誰が来たのか。
どうか、あなたの足跡を残してほしい。
評価とブックマーク…それは、何よりも大切な「声」。
第11話で、また会おう。
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