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あなたを正しく愛する方法  作者: ジカンサイガイ
第一巻 愛スルコト即チ原罪
6/6

共通ルート6.剣

 北向きに扉が開かれるガールズバー。その奥にある回廊は、左右二方向に分かれている。裏庭への出口につながる左側の東回廊。その逆側に、出口がなく、彩玉が見張っていたボイラー室が突き当りに(たたず)むだけの西回廊。

 焼却炉即ち所謂ボイラーだが、火力発電所のものと違ってエネルギー供給には一切関わらず、まったく別の役割を果たしている。


 中世の魔女は、我々が知っている以上に、バラエティに富んだ色んな魔術に傾倒(けいとう)した。呪い、魔法薬、悪魔の召喚、ペスト、変身術、予見、エトセトラエトセトラ。幸福への脱線(だっせん)した追求に変わりはない数々の(いとな)みだが、近代に入ってからは、それらの行いに従事する古典的な魔女は少しずつ消え始めた。

 魔女裁判が式微したおかげで現代の魔女は暴かれなくなったという観点は間違いではないが、本質を突き止めるには、魔女は人間全体がそうであるように産業時代に入ったことに辿り着けなければ的外(まとはず)れになる。

 科学、鋼鉄、組織、律法、効率、分解、制御、情報、グローバル化…魔女だけが、全人類の味わった変革から逃れることができない。

 この時代の顔変わりした魔女を象徴(しょうちょう)するのが、魔法道具の燼琉璃(じんるり)である。

 美しい名前に現されぬその精製方法さえ知っていれば、誰もが唾を吐きかけたくなるような、冒涜的で邪悪な代物である。「シャーデンフロイデの(あぶら)」、海外ではそう呼ばれるが、より要領良く本質を掴んだ呼び方かもしれない。

 油を取り除いた(しかばね)を灰に焼き、その塵を屍油に混ぜ直して「色の閉じ込め」という何故か量子色力学に同名の専門用語が存在する儀式に呈する。儀式を終えた膏は、どんな材質の上に塗っても素地(そじ)の部分まで光が透けて、遥か昔の七宝琉璃に近い色合いを持つようになり、灰燼(はいじん)からの琉璃との意味で燼琉璃となる。

 その燼琉璃を何に使うかというと、運命の女神に(かせ)をかけるためと言っていいだろう。燼琉璃は、見ている人が思っていることと関係性を持つ「いずれ真実となる虚像」を示してくれる性質を持つ。つまり、燼琉璃を眺めることで、人は未来予知ができるわけだ。


 しかし、あらゆるサービスに一般人向けとVIP向けという違うシステムが存在するように、燼琉璃をレンズに塗った万華鏡(まんげきょう)をお守り扱いするのは、それだけで満足する上流階級向けの入門に過ぎない。より権力に飢えている魔女たちには、更なるハードコアな使い道がある。

 燼琉璃をイーゼルの上に塗れば、そのキャンバスは未来の映像を見る窓となる。逆を言えば、、極めて高度な技法が必要だが、燼琉璃で何かを描けば、その描いたものもまたいずれ真実となるのだ。

 現実を変える絵、言葉いらずの呪文、名付けて「ヴィジョン」。

 仮想現実が存在するならば、これが正真正銘、仮想が現実なるものなのだろう。魔女も、魔女なりの第四次産業革命を迎えたのである。


 ボイラー室に人がいないのは、一瞥(いちべつ)を置くだけで分かり切ったことだが、不自然なのは、そこに死人までいないこと。バスタブ一つぐらいの容量しかない焼却炉に屍を入れるには予め解体させる必要性を感じるが、焼却炉手前の血に染まっていないタイルは解体場が余所にあることを物語っている。

 その余所とは、他ならぬ東回廊だ。

 懐から短い棒状の金属塊を手にして、東回廊の突き当りにあった扉に「女好き」が手をつけた。

 建物のすぐ後ろにある臨港線(りんこうせん)の線路とそれに設置されている防護柵(ぼうごさく)、隣の建物の壁と室外機(しつがいき)の三面に挟まれた殺風景(さっぷうけい)な芝生。3畳ぐらいの面積しかないこの裏庭の真ん中に、扉に背を向けた女性と葉の生えていない木が立っており、木の幹の中には人の四肢(しし)に酷似する体組織(たいそしき)が挟まれているのが見える。

 『下処理はこっちが代わりにやっているというのか』

 魔女にしては、割と面倒見の良い人だと「女好き」は思った。

 音を立てずに扉を押し開けたつもりだったが、こうしてよそ見したからか、錆びた蝶番(ちょうばん)がソプラノも如かずの音量で大きく絶叫して、章姫はそれに触発されて振り返った。

 「彩玉?どうし…」

 もちろん、そこにいるのは彩玉などではなかった。視線の合った二人の間に、沈黙(ちんもく)が、一瞬だけ空気を占拠した。

 次の瞬間。

 「女好き」が立っていた位置に、尋常(じんじょう)でないスピードで地下から生えてきた藤と枝。しかし、その拘束は虚しく、そこにはもう誰もいなかったのである。

 そして、章姫が体を振り向こうとする間に、その隣からは、何か固いもの一本が彼女の横隔膜(おうかくまく)皮膚(ひふ)越しに当たっていた。

 「動くな」

 うるち米団子の声に述べられた死の脅しが、終電がとっくに過ぎ去った真夜中の静寂に響く。

 「水でできたこの剣には光感知機能がついている。励起(れいき)状態の柄に正面から遮蔽物(しゃへいぶつ)の通過を感知されれば、600倍大気圧(たいきあつ)に駆動された水流は音速の6倍の勢いで吹き出して切断する、そういう仕組みだ。つまり、下手に動くと…そうね、今の体勢では、君の片方の乳房、肺、胃、腸の一部と心臓を貫通してしまう。死はもちろん避けられないが、耐え難い苦痛を息絶えるまで味わうことになる。そして、私は介錯(かいしゃく)をサービスしない男だ」

 章姫は、己の高まりきった脈打(みゃくう)ちによる耳鳴(みみな)りの中で、この男が一瞬で、しかも姿形は見せずに5メートルほど離れた扉のところから近づいてきたわけを、その冷えた声を耳にしつつ考えようとしたが、恐怖の前ではやはりまともな思考などはできやしないものだ。

 「わ、私に、助かる道は…」

 「投降の宣言だけでいい。無抵抗な相手は傷つけない」

 「投降する、もう逆らわない」

 「信じよう」

 その言葉と同時に、棒状のものが己の皮膚から離れたのを章姫は感じた。しかし、安心に浸って一秒も経たないうち、彼女の正面に回った「女好き」、その手にしたそのフリントフロックに見間違えるピストルグリップの剣柄から、極細のケミカルライトに見える水の刃が吹き出されて、微かな変電ノイズの中、再び脅威を主張し始めた。

 一振りだけで、章姫の背後にある、十年以上のものと思わせるほど根太い樹木の中に「女好き」は切り込んで、そのままその幹を貫通し切り落として、中に隠された男の死体を現した。

 「不意打ちを考えても無駄だ。この剣は、君たち魔女が召喚した樹木の強度では太刀打ちできない。拘束できたとしても抜け出せるとだけ、双方のために言っておこう」

 その切れ味は、章姫には、鍔迫(つばぜり)り合いを拒んだ、物を解体させるためだけに存在する何かだと思わせた。しかし、彼女が見た天下無双の一本ではなかった。

 「まるで先代グランドマスターの剣だ…」

 その呟きに、紳士的だった「女好き」は声を荒げた。

 「君…先代グランドマスターを知っているのか?」

 「え、ええ…行方不明になる前のグランドマスターなら、最高裁審判長の脅迫しに行った時、一度だけ、お供したことがあって…正義の女神の石膏像とすぐ後ろにあったコンクリートの柱を、これと似た剣でグランドマスターが薙ぎ払って…」

 なぜ「女好き」が反応したのかはわからないが、間違えても辻斬(つじぎ)りの相手にされないよう章姫も一生懸命震えた声を落ち着かせて説明した。

 「…そっか…この剣は、君たちの先代グランドマスターが持ったそのものだ」

 とても晴れているとは言えない「女好き」のトーンに応える勇気を持たぬ章姫だったが、まったくの杞憂(きゆう)であることを、彼女は知る術はなかった。

 「女好き」はもう、章姫を傷つけるつもりはなかった。


 真っ黒な空が色を薄め始めた頃、死体の解体と焚焼(ふんしょう)の作業を一段落した章姫と「女好き」は、無言でボイラー室の床に座り込んだ。

 解体作業に協力すると申し出があった時点で相手の来意は燼琉璃目当てだと悟った章姫には、反抗も作業の投げ出しも許されないこの拷問(ごうもん)に近い時間がようやく終るという解脱を意味すること。しかし、その後自分がどうなるのかは、彼女は推測したくもない。

 彩玉の(わめ)き声が夜中に聞こえたあたり彼女に命の別状はないと知っても、目の前の男からではなく、魔女の組織に不利益を働いた故の懲戒(ちょうかい)は避けられないのだ。それは、ストレス以外の何でもない。

 ちょうどその時、「女好き」から、電話番号が書かれた紙の端が渡された。

 「君たちのリーダーには、使徒に襲われた、と伝えればいい、それで罰されないはずだ。どうしても助けが必要なら、連絡をよこせ。このメモは気づかれないように隠すんだ」

 「使徒なの?あなたが」

 厚いドレスだけの格好では隠す場所などないと章姫は思いつつも、「女好き」が目を移した隙に紙の端をブラの中に入れた。

 「使徒を見分けられない君にこの話をしてためになるのかい?さて、仕上げをする前に、最後に伝えたいことが一件あってね…燼琉璃のために来たのは噓ではないが、とある人にも会いたくて来ているんだ。そして君のおかげで無事に会えた、嬉しかった…礼を言う」

 「えっ?誰?何のこと?…」

 その質問に応えることなく、「女好き」は立ち上がって、懐から拳銃状の機械を取り出して銃口を章姫に照準した。

 ガチャンと、テーザーガンの電極(でんきょく)が飛び出して章姫の首に差し込んで、それとほぼ時間差なしに彼女は倒れた。


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