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ボツ案

 まとめに入る前に、いくつかのボツ案――両作の共通点として思いついたけどさすがに違うなと思って取り下げた要素――を紹介したいと思います。




 ・魅上照=ロイエンタール説


 これはちょっと無理がありますね。魅上の裁きの基準が(ライト)とズレてきた辺りでは「これは後々反逆するフラグかな?」とも思ったのですが、結局そんな展開にはならず、月とコンタクトを取った後はニアに敗北するまで月の手足に甘んじてしまった印象です。


 2人の「正義の基準」の違いをもっと突き詰めていけば、結構面白いテーマになった気もするんですがねえ。やっぱり少年誌でそこまで踏み込むのは無理だったのかな。それ以前に大場つぐみ先生は、そもそも思想的なものにはあまり興味なかったようですが(詳しくは後述)。




 ・リューク=キルヒアイス説


 や め ろ


 貴様あ、キルヒアイスファンだけは敵に回すんじゃあない! 二度と銀英界隈に足を踏み入れることかなわんぞ!? 「間違ってたらごめんなさい」じゃ済まねえケースも、世の中には山ほどあるんだよっっっ!!!




 ・イデオロギーの対決である


 当初はこれを10番目の共通点に挙げ、1章を設けるつもりでした。両作とも非常にイデオロギー色の強い作風に思えたからです。


『銀河英雄伝説』が「優良な専政政治vs腐敗した民主政治」という実験的テーマを内包している、というのは有名な話ですね。


 余談ながらこれに関して「最後は帝国が勝ったから銀英伝は独裁を賛美している」といった意見を時々見かけますが、筆者はそのようなことを言う方々とは正直関わりたくありません。いくら何でもそこまで単純な話じゃないと、本編読んでればわかりそうなものですがね。


 一方『DEATHNOTE』は、一見すると強大な力を有する個人が独断で犯罪者を裁くことは是か非か、を読者に問いかけているようでもあります。夜神月がキラとして行っていたのはある意味「陰からの専制政治」であり、それを阻止しようとするL|(及びニア)との対決はやはりラインハルトvsヤンを彷彿とさせるものがあります。


 ではなぜこの点をボツにしたかといえば、デスノートの公式ガイドブックを読み返していたら大場つぐみ先生の「正義や悪などの善悪論は、初期から描かないと決めていました」というコメントが目に入ったからです。「少年誌だから、自然と思想的な部分の歯止めが利いて、純粋にエンターテイメントに向かうことができた」とも仰っているので、原作者自身”思想的な部分”はあまり重視していなかったことがわかります。


 言われてみればデスノは「犯罪者裁き」の物語でありながら、それが是か非かの議論には極力深入りすることを避けていた節があります。キラとしての正体が露見した月による渾身の演説も、ニアが「あなたはただの人殺しです」の一言でぶった斬ってしまいました。それ以上のアンチテーゼも特に返していないので、イデオロギー対決にまでは至っていません(実写映画はこの辺、総一郎も交えることで一応の「イデオロギー対立」として成立させています。どちらを良しとするかは受け手によって変わってくるでしょう)。


「原作者の意識を最大限尊重する」が本エッセイのスタンスであることは先にも述べました。である以上、デスノートが「イデオロギーの物語である」という考えは捨てざるを得ません(まあ少年ジャンプでこの点をガチ討論させるわけにはいかんよなあ、月=悪のスタンスを崩していたらPTAが何と言ったことやらw)。


 もっとも最近は、『銀英伝』の方も公式さんがやたら「銀英に政治的メッセージはない、あくまでエンタメの題材として扱っただけ!」という趣旨の発言をしていますが(こっちもそういうことにしないと商売できないもんね)、これはちょっと虫のいい主張な気がしますね。


 『銀河英雄伝説』はファンの政治熱を煽ることで現在の地位を築いた、という一面もたしかにあるコンテンツです。それを否定するなら、『銀河英雄伝説で学ぶ政治学』などの本に出版許可を出すべきではなかったでしょう……いや、筆者も買ったけどさ、あの本(笑)。




 ・思考の根拠は重視されない


 両作とも頭脳戦、つまり理論で戦う作風にも関わらず、ミステリ作品などと違いその理論を導き出す"根拠"は重視されない印象です。


 ヤンの予測やLの推理が当たっても、「なぜその予測|(推理)に至ったのか」が説明されることはあまりない、偶に説明されても到底読者が納得できる理由ではない(笑)、という場合がほとんどです。エラリー・クイーンを信奉するミステリファンなどには、許しがたい暴挙に見えることでしょう。


 ヤンが"神々の黄昏"を見破った理由も、Lが最初に月に疑いを絞った根拠も、何度読み返しても不透明です。もはや超能力で直感してるとしか思えません。さらに言えば、ヤンやLが真実にたどり着くというよりも「彼らが口にしたからそれが真実になる」、という因果律の逆転が起こっている印象すら度々受けます。


『銀英伝』後半のヤンに至っては、もうその名前で以て勝利を重ねていってる感じではないでしょうか。「作戦が成功した理由は「ヤン・ウェンリーが立てた作戦」だからだ。内容? 関係ねえぜ!」みたいな。


 ここまでくるともう『◯ラゴンボール』と同じですね。戦闘力の代わりに知能の高い方が、ただただ勝っていくのです。作戦も読みも、その不等式を表現する記号にすぎません。


 これは共通点として中々説得力があるように思えたのですが、あくまで印象論でありふわっとしすぎているのでボツにしました。両作ともちゃんと根拠を出しているシーンはたしかにあるわけで、それが厳密かどうかは読者個々人の感じ方によって変わってくるでしょう。検証がめんどくさ……困難なのです。


 そもそも実質超能力推理になってしまってる作品なんて、ミステリにも結構ありますしね(具体的なタイトルは想像しないように)。「どこまで推理の根拠が厳密でなければならないか」なんて考え出したら、それこそ果てしない沼に陥りそうですし、下手なこと言うとミステリファンの方々の逆鱗に触れかねません。よって、これ以上の追求は避けさせていただきます。

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