美味しいヤミー感謝☆感謝
前回のあらすじ
擬人化ブラックホールが居候する事になった。
◆ ◇ ◆
――――俺とブラックホールとの衝撃的な出会いから、凡そ2時間後。
少し遅くなったが、俺は取り敢えずいつも通り、今日の晩御飯を作ることにした。
昔、1人になっても自炊が出来るよう、親から料理を教え込まれたお陰で、簡単な味噌汁ぐらいなら作れる。
(ついつい、おかずはコンビニ物になってしまうけどね…)
「お、何をするの?おにーさん??」
部屋の隅に取り付けられた1台のコンロへ向かう俺に、コラプがふわふわと付いて来た。
「いやぁ、ご飯作ろうと思って。キミは食べ――いや、ブラックホールに食事の概念は有るのか……??」
顎に手を当てて疑問を呟く俺。
ソレを聞いた彼女が、空中で首を傾げた。
「…食事?―――つまり、エネルギーの吸収ってことかな??」
「あぁ、うん。まぁ、そんなところ。」
「なるほど〜、じゃあ、大事な行為だね。何を吸収するの?水素??ニッケル?コンドライト??」
彼女は至極真面目な顔でそう言った。
「いや…味噌汁だけど……」
俺、人間っすよ?そんなトンデモ食性しておりませんって。
「ミソシル??…なにそれ、おいしーの?」
コラプは首を傾げた。
「美味しいよ。キミにも、人間と同じ様な食事が出来れば、振る舞うことだって出来たんだけどなぁ……。」
ま、俺は料理のプロでは無いし、そんなトンデモなく美味いものにはならないかもしれないが。
そんな会話をしながら、俺は小さな冷蔵庫を開け、中から味噌と味噌汁の具材を取り出す。
今日は近所のスーパーで買った玉ねぎと豆腐に、ワカメを入れたオーソドックスな味噌汁にするつもりだ。
…結局、豆腐の入った濃いめの味噌汁が一番美味しいんよ。
出汁は煮干しで取るので、鍋に煮干しを突っ込んでおく。
「ふむふむ……おにーさん。それは何〜〜?」
俺の右斜め上から、好奇に満ちた声が降り注いだ。
上で、コラプが俺の一挙一足を新鮮な表情で見ているのだ。
「これは煮干し。魚を乾燥させた物だな。三十分ぐらい水に浸けとくと、いい出汁が取れるんだ。」
「ふーーん。コッチの白くて柔らかそうなのは?」
「豆腐。大豆って言う豆を使ったものだな。」
「へー、この丸っこいのは?」
「それは玉ねぎ。」
「コッチの茶色いのは??」
「味噌だね。コレも、大豆を使って作るものなんだよ。」
話しながら、俺はワカメを鍋に投入する。
「それは??」
「ワカメって言う、海藻の1種。コレも出汁が取れるんだ。」
「…なるほど?――ところで、ダシって何??」
「うーーん……どう言ったらいいのかなぁ……。こう…食材のエキスっていうか…成分?が染み出した液体、みたいな?」
宇宙から来た彼女にどうやって説明すれば伝わるのか、俺は頭を捻りながら料理を続ける。
何だか、外国人に日本料理を教えてるみたいだ。
…まぁ、目の前に居るのは外国どころか、地球の外から来た存在なんだがな。
「直に摂取するんじゃなくて、成分を染み出させた液体を飲むって事か〜。へー、面白い事するね〜。」
「面白い…か。」
彼女から『面白い』と言う感想が出ることが、俺にとっては面白かった。
彼女的には、直に摂った方が早いと感じているのかもしれない。
「あ。そーだ、おにーさん。ちょっとこの食材達、吸収して良い??初めて見るものだし、どんなリソースになるのか、僕気になっちゃう!」
不意に、コラプがまな板の上に並べられた玉ねぎと豆腐を指さして、俺に問いかけてきた。
『吸収』……つまり、さっき俺のスーツを吸ったみたいな事をするのだろう。
そう言えば、あの時吸い込まれたスーツは何故か畳まれて帰ってきたが……。
「…全部は吸い込まないよな?さっきの俺のスーツみたいに戻って来るなら話は別だけど…。」
そう俺が言うと、彼女は少し思案顔になった。
「うーん…。おにーさんのスーツを戻せたのは、僕の降着円盤内に、スーツを再構築するだけの原素があったからなんだよね…。タマネギとトウフが、どんな原素で出来てるかにもよるかも?」
「降着円盤?再構築?…なんだソレ?」
今度は俺が尋ねる番になったようだ。
俺からの問いかけに、コラプは腰回りに回転しながら浮かんでいる、天使の輪のような光の輪に軽く触れてから答える。
「この輪っかが【降着円盤】だね。僕が吸収したリソース…つまり原素は、この降着円盤に溜め込まれるんだ。
そして、僕が必要とした時に、僕はこの降着円盤から【原子操作】の力で原素を取り出して、【物質再構築】の力で原素から物質を再構築できる。
コレと、一度取り込んだモノの情報を自身の内側に保存できる【情報保存】の力を掛け合わせることで、原素さえ有れば、どんな物でも自在に創造が出来るんだ。
弱点としては、取り込んだことが無いものは創造できないってコトと、僕の成長に使われる原子リソースを消費するから、使えば使うほど成長に影響が出るってところかな。」
「いやチートじゃねーか!」
さらなるトンデモ能力のカミングアウトに、俺は驚きを隠せなかった。
一体、俺は今日何度驚けば良いのだろう。
「それってつまり、一度吸い込めば後は幾らでもコピーし放題って事でしょ??」
「そうだね。リソースが尽きない限りは何個でも、何度でも創造できるよ。」
「改めて思うけど、とんでも無い奴だなキミは……。」
………という事は、さっきの俺のスーツも元に戻ってきたわけじゃなくて、コラプがもう一度新しく作り直したという事になる訳か。
「――そういう事だね。」
「なるほどなぁ……。なんか幾らでも悪用できそうだな…その能力。」
……万札吸い込ませたら、無限に一万円札が創れる事になるのだろうか?ゴクリ………
いや、しないけど……。しないけど!ね?!
…………一瞬魔が差した事は認めるが、絶対マズい事になりそうなので、俺は邪なその思念を脳裏から打ち払うのだった。
◆ ◇ ◆
…と、まぁそんなこんなあって。
「よし。…取り敢えず、火ぃ点けるか。」
三十分たったので、俺はコンロの火を入れる事にした。
クルッとつまみを回せば、カチッと火が点く。文明の利器万歳。
「お!火が出た〜!ねぇねぇねぇ!それどんな原理??」
コラプの顔が、ぐいっと俺に近付いた。
…近くで見ると、ほっぺたがむちゃくちゃ柔らかそ……いや、ちょっと変態的すぎたな?今の思考。反省。
「えっとだな…」
少しの気まずさを覚えつつ、俺は説明に入った。…とは言っても、専門的な事は説明できないが。
「可燃性のガス燃料を燃やしてるんだ。日本…いや、この星の色んなところで、コレは使われててな。凄く大事なモンなんだよ。」
「へぇー、ガスかぁ…。星のガスとは成分とか違うんだろうね〜。なるほどなるほど。」
彼女は宙でクルリと一回転した。腰の円盤が、キラキラ光りながら回転を速める。
それを横目で見ながら、俺は玉ねぎを切ることにした。よく皮を洗い、キッチンペーパーで拭き取ってから、包丁を入れる。
…ツーンとした痛みと共に目から涙が出て来るが、玉ねぎの調理は目の犠牲の上で成り立っているので、そこは我慢だ。
「えっ。おにーさん、なんで目から水を流してるの??」
泣く理由が分からないのか、コラプは驚いた声を上げていた。
「…気にするな。玉ねぎを切るとこうなるんだ。全人類が辿る道だよ。…多分。」
おそらく、玉ねぎを切ったことが有る人は皆、一度は玉ねぎに泣かされた事があるんじゃ無かろうか?(因みに経験談だけど、ネギでもなるゾ)
「へー。原理が気になるなぁ〜〜1切れ吸収して良い?」
「あぁ、どうぞ。」
「やった〜!」
まな板の上から、玉ねぎが1切れ宙を舞って、彼女の手のひらへ消えて行った。
「ほほぉ。…なるほど、なるほどぉ〜。宇宙空間では手に入らない成分ばかりだね~。」
ご満悦な顔を浮かべて、ふわふわと浮かぶコラプ。
そして玉ねぎを切り終えた俺は、続いて豆腐を切る。コッチは泣く事も無いし、硬くもないから秒で終わりた。
「あ、コレも貰うね〜〜。」
「おう、どうぞ。」
サイコロ状に切れた豆腐を、コラプが一個吸い込んでいく。
それを目で追ってみれば、彼女の翳した手のひらの手前辺りで、豆腐が一瞬縦に引き伸ばされたようになってから消滅していた。
「なるほどぉ…。コレも面白い物質だね〜。…ただでは固まらない素材みたいだけど…凝固剤に何かの塩化物でも入ってるのかな?」
「あぁ。大豆を搾った液体をにがりで固めてるからな。…確か…塩化マグネシウムだったっけ。」
どうやら、豆腐の中に含まれているにがり成分まで、分析できるようだ。
「ニガリ……へー。なんで、そこまでして固めたかったの??」
「それは…豆腐を作った先人達に聞いてもろて……。」
確かにソレは俺も気になるところではあるけどな。
こんにゃく然り、フグ然り………なんでコレをここまでして食おうと思った??って突っ込みたくなる様な食材が、この世には多過ぎる。人間の探究心って凄いネ。
◆ ◇ ◆ 数分後 ◆ ◇ ◆
「――――よし。できたぞ。」
「おお〜〜。コレがミソシル…!なんか、器の中でふわふわしてる〜。」
コラプとなんやかんや話し合いながら、具材を煮込む事数分。
無事、俺は味噌汁の調理を完了した。
熱い内に御椀によそったからか、溶かれた味噌が椀の中で対流をしている。コラプが、ふわふわしていると言うのも納得だ。
「じゃ、後はコンビニで買ってきた鯖の煮付けでも、温めますかね〜。」
机の上に箸とご飯の準備をしつつ、俺は電子レンジにレトルトの鯖煮を入れ込んだ。
「んん〜この四角いの何?」
「コレは電子レンジって言うんだ。中に入れると、どんな物でも温まるのさ。」
「ほぇ〜〜〜。」
レンジの中で回る耐熱皿に入った鯖を、キラキラとした目で眺めるコラプ。
「おぉーー、これは凄いね。水分子がめっちゃ揺らされて熱くなってる〜〜。楽しそう!」
「感想がソレかい。」
……電子レンジを見て、楽しそうって感想を出せるのは多分彼女だけなんじゃ無かろうか?
多分、人間には見えない分子の揺らぎとか、マイクロ波も見えているフシがありそうだ。
「――――とりま、食べるか。……いただきます。」
鯖が温まったので、レンジから取り出して机の上に置いた後、俺は両手を合わせた。
「…ソレ、何の呪い??」
机の向かい側で浮かぶコラプが、首を傾げる。…食事の概念が無いのであれば、いただきますの意味は分からないのも、無理は無い。
俺は説明する事にした。大事な事だと個人的に思ってるからね。
「感謝、かな。…この鯖は今皿の上に乗る前、海の中で生きていた。……そうやって海で生きてる1つの「命」を獲って来て、捌いて、加工して……それで今この鯖はココにある。
自分達が明日を生きる為に、今を生きていた命をいただく事、それに対する感謝と供養の念なんだよ。」
「……感謝………か。」
コラプは、少し真面目な顔をして黙り込んだ。腰の円盤も、連動して回転を止める。
「自らの糧になる物への感謝なんて、考えた事なかったよ。…取り込んで食らう。その行為は、至極当たり前のものだと思ってた。」
「まぁコレは人間独自の考え方だけどな。ブラックホールとヒトじゃ、考え方が違うって事は俺も理解してるよ。」
「…………そっか。」
何処となく感心した様な、或いは納得した様な表情で彼女は頷くと、自分の両手へ目を落とす。
「───じゃあ、僕もしてみようかな。『感謝』ってモノを。」
そう言って、彼女は静かに両手を合わせ囁くように呟いた。
「………いただきます。」
そして、俺の鯖煮が虚無へ呑み込まれて消えていく。
その言動自体は俺の見様見真似だったかもしれない。しかし、彼女は確かに今自分が取り込む物へ『感謝』をしている。……そう疑い無く思えるぐらいには、ハッキリとした気持ちが籠もっている声だった。
……でもコラプさん。二切れしか無い鯖煮のデカい方を持って行くの辞めて欲しかったな………
1話の投稿日がほぼ1年前ってマ?