男は泣いた。
その後の生活は散々だった。
王都のど真ん中に転送されたのが、そのときの俺は糞まみれで、しかも力を失っていたのだ。
その話が広まり、笑いものにされるのはすぐだった。
この一年の間で稼いだ資金をもって、天使が用意したという拠点に引っ越すしかなかった。
その場所はなんと、この世界に降り立って最初に立ち寄った村にあった。いつの間にか村の中に建てられた家を、だけど村人は誰も不審に思っていなかった。これも天使の力だろう。
たくわえはそこそこあったが、それだけでずっと生活できるほどの金額でもなかった。生きるために、働く必要があった。
慣れない畑仕事に山での山菜取り、狩りなど、力を失っていた俺には途方もない労働だった。
ファーナさんも力を失ってただの人間になってしまったので、苦労している。
「ちくしょう……なんでこうなった」
桑をふるって土を耕すが、手に豆ができているので思うように振るえない。
王都にいたころは食べ物はなんでも買えたが、この村では自給自足が基本。娯楽もなく、不便な生活を強いられていた。
別の街に引っ越すのにも金がかかるし、これといった職業のアテもないのでこの村で生活するしかない。今の俺ではモンスター退治なんて夢のまた夢だ。
「うう、ぐす。ちくしょう、ちくしょう……」
力を失う前と比べて惨めな今の自分に涙があふれてくるが、状況が改善するわけはずがない。
天使への恨み言など、吐きすぎてもはや飽きてしまった。それにそれを見ているファーナさんの悲しそうな顔を見ていて、途方もない罪悪感が襲ってくるのだ。
「せっかくチートを貰って、素敵な恋人もできたのに……こんなのってありかよ」
嘆きが止まらないが、それでも生活の糧を稼がねばならないのだ。今頃ファーナさんは必死になって覚えてくれた料理を作っているだろう。
彼女のためにも、身を削らないといけないのだ。
■
「これが例の彼? 大きい自宅に可愛いお嫁さんと一緒に田舎でスローライフなんて、むしろ勝ち組だと思うんだけど」
「そのことに気づいていないのがあれのダメな理由ですよ」
白い空間。そこにはかつてファーナに仕えていた天使と、彼女の役目を引き継いだ新しい神がいた。
ぱっと見は白い髪の毛をしたショタ……幼い少年である。だがその存在感は、かつてのファーナすら凌駕するものであった。
「あれは中身が子供のまま大人になってしまったタイプで、刺激に飢えているんですよ。田舎でのんびり過ごすことに価値を見出していません。
それに手に入れたものを奪われたという被害者意識が強くて、現実を受け入れていません。苦労とは無縁の1年を過ごしたせいで、逆境にひどく弱い性格になっているんです」
「ふ~ん。でもファーナはそんな彼を見捨てないんだね」
「あのお方は本気で惚れ込んでいたようで……ひょっとしてダメ男に惹かれるタイプだったんでしょうか」
「まあ喧嘩したりしないで、彼女も大事にされているみたいだから。そこだけは救いかな?」
両者はファーナとコウヘイの現在を観察していた。
天使は現在の幸福に気づかず、過去の栄光だけにとらわれているコウヘイに呆れつつ、ファーナのことをまだ気にかけていた。
「まあ無理やり力を渡されて苦しんだ恨みはありますけど」
と当人は言うが。
「でもファーナが人間になってくれたおかげで、この世界に干渉しやすくなったよ」
「とおっしゃりますと?」
「”母体”として彼女以上の存在はいないってこと」
ギョッとショタ神を見ると、彼は「変な意味じゃないよ」と笑って補足する。
「今から数十年後、この世界に災厄が起こるんだ。モンスターの頂点、魔王という災厄が。
魔王には勇者が付きものだろう? ファーナにはその勇者……年数的にはその親となる人間の母親になってもらう」
「つまり、あの二人の孫が世界を救う勇者になると?」
「そうなるね。力をなくしたとはいえ元女神の血をひく人間なら、神々も加護を与えやすいんだ」
へぇ~と、今度はファーナの方を観察する天使。
こちらはコウヘイと違い、人間としての苦労や不便な生活も、彼女なりに楽しんでいる様子だ。ただ、コウヘイがこの生活を辛いと感じていることに申し訳なさも感じている。
「見たところこのコウヘイって奴が勝手に不幸だって思い込んでいるのを除けば平穏そのままだし、こっちは時期が来るまで放っておいていいんじゃないかな?」
「あなたさまがそう仰るならそれで構いませんが……」
「それにこいつもそのうち、自分が恵まれた生活送っていることに気づくでしょ。それより魔王対策にいろいろ準備しておかないとね」
観察をやめ、数十年後の魔王襲来に備えた準備を始めるショタ神。天使はファーナの方を再度見ると、今日の仕事を終えたコウヘイを出迎えているところだった。
豊満な胸でコウヘイの頭を受け止め、ぐずりだした彼を優しく慰めている。コウヘイは相変わらず現状を受け入れられずに毎日こうして泣いてばかりだ。
一体なぜそこまで惚れ込んでしまったのか、いまだに彼女のことが理解できない天使だったが、ひょっとしたら部下の誰にも理解できなかったからファーナはコウヘイについていってしまったのだろうか。
そんなことをふと思ってしまい、かぶりを振ってそれを忘れるためにショタ神の手伝いを始める。
世界が激動の時代を迎えるまで数十年。その中心人物が生まれる予定の村では、新参者の男が悔し泣きをする日々がまだまだ続いていた。
自分、極端なざまぁって苦手なんですよね。
ほどほどに、できればギャグ漫画みたいに「トホホ」ぐらいのレベルが理想。
そしてどこか救いがあってほしい。そういうお話が読みたいんですよ。
当初の予定では女神は降臨させるつもりはなかったのですが、書いていたらこうなっちゃいました。
女神が一緒に来ないパターンも書いてみたいです。




