チートライフデビューその2
ファーナは戸惑っていた。自分のせいで死なせてしまった若者に恨みや罵声を浴びせられる覚悟をしていたというのに、相手はそんなことを気にした様子もなく自分と一緒にいたいと言ってきたのだ。
「い、いけません。第一私のせいで死んでしまったのに、貴方はそれでいいのですか!?」
「ファーナさんのような素晴らしい女神様の前なら、そんなことちっぽけなことです」
「ちっぽけ!」
己の死をちっぽけと断言するコウヘイに動揺を隠せないが、そんな彼を見ている彼女は、自分の胸がトクゥンと高鳴ることを自覚した。
(どうしましょう。こんな気持ち初めて、女神としての役割とかどうでもいいぐらいに胸が熱い)
彼女は迷っていた。コウヘイとともに異世界で過ごしたい乙女心と、女神としての役目を果たさなければならないという使命感に。
ちなみに、ファーナに異性との交友関係はない。部下と言えるものたちはいるが、そのあたり彼女は仕事とプライベートは完全に分けるタイプであった。……今までは。
「俺なんかでは嫌ですか」
「いえ、そんなことはありません! でもそんなこと言われるの初めてで……」
「俺もこんな気持ちになったのは初めてです。ぶっちゃけ一目ぼれです!」
「!」
突然の告白に、ファーナの心の何かが完全に陥落した。
「……分かりました。こんな私でよければ、どうか一緒にいさせてください!」
「……よっしゃー! ありがとうございます」
「よっしゃーでもありがとうでもない!」
ファーナが告白を受け入れてともに異世界にいくことを承諾したと同時に、第三者の声が入ってきた。
二人が顔を向けると、そこには怒り心頭の天使がいた。ファーナの部下の中でも秘書を務めている天使だ。
「ファーナさま、あんたいきなり何言っているんですか! ちょろすぎですよ! 現世でこいつが何していたか調べましたが、ぶっちゃけダメ男ですよ。とてもじゃないが誰かを幸せにできるタイプじゃないです。下手したらヒモですよ!」
「コウヘイさんにそんな失礼なこと言わないで。私、この胸の高鳴りを信じるって決めたんだから!」
「ああ、今までろくに異性と交流してこなかったツケがこんな形でくるなんて……」
頭を抱える天使は、必死に阻止しようとする。
「というかファーナ様、女神がそのまま異世界に降臨したら誰が貴女の代わりをするんです。それに他の神様への説明とか、みんな絶対納得してくれませんよ」
「大丈夫。あなたに任せるから」
「え? ちょっと何を……」
天使は必死に説得を試みたが、女神から光を無理やり受け取らされてしまった。
「はい、これで必要な権限と力の委譲は済みました。これなら私がいなくなっても大丈夫よ。もしどうしてもだめならほかの神に相談して。さあ、コウヘイさんいきましょう」
「え~と、いいんですか?」
さすがにヤバそうな気がしてコウヘイは尋ねたが、ファーナは笑顔を崩さず「もちろんですよ」と返した。
天使を見ると、渡された力が大きすぎたのか何やら苦しそうにうずくまっている。
「心配しなくても大丈夫。神はほかにもいますから、仕事の代わりなんて結構簡単にできるんですよ。私も突然任されたこと何回もありますけど、へっちゃらでした」
「そうなんですか~。じゃあこれで」
「はい、向かいましょう」
そういって二人は転移した。残された天使はいまだに苦しんでいたが、彼らの意識からは完全に忘却されていた。
■
そんなことがあってファーナさんと一緒に来た異世界。それはまさに剣と魔法の世界だった。
転移した直後にいきなりでかい牛みたいなモンスターと遭遇したのは驚いたが、俺の体は貰った能力のおかげでパニックになることもなく、両手に握った銃で蜂の巣にしてやった。
銃は見かけは六連発のマグナムだが、引き金を引けば何発でも撃てるし、念じればその弾丸は炎にも氷にも雷にもなる。さらにエリクサーのように回復する弾丸まで打てる、望んだとおりのものだった。
これはもはや銃の形をした魔法の杖だろう。
さらに試したところ、服まで出せた。銃弾の代わりに服が出てきたのを見たときはまるで手品みたいだと思ったが。
ちなみに服は高校生時代の制服で、ファーナさんの分も出した。あの恰好だとイヤラシイ目で見てくる奴らが後を絶たないからな。
制服を来たファーナさんは実に似合っていた。前世でのアイドル顔負けである。とくに胸囲の自己主張が素晴らしい。
ファーナさんもまた女神としての力を使えるようだ。さすがに全力でやったら世界のバランスが滅茶苦茶になってしまうので気を付ける必要はあるが、その気になれば死者蘇生すら可能らしい。さすが女神様。
「あ、コウヘイさん。あそこに村が見えますよ」
「本当だ。まずはあそこに向かって、ここがどこなのか聞いてみましょう」
「はい」
そのまま村に入ると、何やら村人たちは大慌てで荷造りをしていたり逃げ出す準備に追われていた。
聞けばもうすぐこの村にゴブリンの大群がやってくるのだという。
「ゴブリンは一匹一匹は弱いんですが、とにかく数が多いモンスターですね。最低でも100匹はいるでしょう」
ファーナさんが説明してくれた。この世界のモンスターは古代文明が生み出した生体兵器の末裔で、普段は製造工場跡地であるダンジョンにいるが、追い出された弱い個体が外に出て人里近くに住み着くこともあるらしい。
その中でもゴブリンは最弱のモンスターだが、集団で襲ってくるのが厄介。でもさっきの牛相手に楽勝だった自分なら大丈夫だと断言してくれる。
満面の笑みで俺を信じてくれるファーナさんを見ていたら、勇気がわいてきた。
村長にゴブリンを退治すると伝えると、向こうは怪し気に見てきたが、勝手にしろと言わんばかりにぞんざいな返答を貰った。
他の村人たちは、制服を見て貴族か何かだと勘違いしたのか「どうか助けてください」と何人も頭を地べたにこすりつけたりもしてくる。
「来たぞ、もう来やがったー!」
「畜生! もう避難は間に合わないぞ」
するとタイミングよくというべきか、ゴブリンの集団が村のすぐそばまでやってきたらしい。
村人は広場に集まってせめて少しでも抵抗しようとしているが、どうみてもやけくそとしか思えない。それを見ていたら村人たちを結界のような膜が包み込んだ。
「この人たちは私が守ります。コウヘイさんは気にせず思いっきりやっちゃってください!」
「ありがとうファーナさん」
ファーナさんが結界を展開してくれて村人たちを守ってくれる。それを見て安心した俺は村の出入り口に向かった。
……というのが、さっきまでのこと。
今はゴブリンを壊滅させた俺たちを祝おうと村中総出で宴会の真っ最中だ。
村人たちはさっきまでの絶望が嘘のように盛り上がり。次から次へとお礼を言って、中には抱きしめてくる奴もいた。若い女の子は大歓迎なんだが、汗臭い野郎は勘弁してほしいのが本音だが。
「嬉しそうですね、鼻の下を伸ばして」
いつの間にかファーナさんが隣にいた。ジト目で俺を見てくるがこれは……嫉妬してる?
何とか言い訳をすると、クスッと微笑んで、村長が用意してくれた家に手を引っ張られる。
ベッドの上に腰かけ、魅惑的な顔で何やら魔法をかけたのだ。
「魔法で防音にしておきましたから、どんなに声を出しても外には聞こえませんよ……?」
その晩、家の中ではとても甘い声が響き渡った。