第5話 玉砕覚悟の5分前
今朝も私は、駅のホームでで5分遅れの準急列車を待っている。
たったの5分がとても長く感じて、不安で胸が押しつぶされそうだ。
― え、天塔って、昨日は学校に来てたの ―
― ええ、でも、授業が終わったら、すぐに帰ってしまいましたけど ―
ついさっき、彼の同級生から聞いた言葉。
やっぱり、私は彼を怒らせてしまったのかもしれない。
もし、天塔 翔が電車から降りてきたら……
とりあえずは駆け寄って、謝らなきゃ。
でも、何を?
― せっかく助けてくれたのに、あの時、手をふり払ってご免なさい ―
……別にいいよ。って答えられてしまったら? そして、さっさと、行ってしまったら……
考えを巡らせれば巡らせるほど、胸が苦しくなる。
午前8時。
準急列車が到着した。あの高校生なんて、今はまるで目に入らない。いるかいないかですらも、もう気にならない。
だが、天塔 翔は……電車から降りてこなかった。
生徒たちが、いなくなった駅のホーム
私は泣いた。
たった一人、取り残されて。
* *
おいっ、泣いてるのか。また、あいつが、何かやったのか。
駅のホームの柱の影に隠れながら、俺は焦った。
やっぱり、俺は今朝も準急列車に乗ってしまった。詩先輩の様子が気になってしまって、今日も家の最寄り駅から一駅戻って、この準急列車に乗りこんでしまったんだ。
昨日は、写真部にも顔を出さなかった。《《会えるのに》》会おうとしないのが、これほど、もどかしいとは思ってもみなかった。
見つからないように、そっと近づいてみると、詩先輩はトレードマークの眼鏡をはずして、しきりに目をこすっている。うわ、やっぱり泣いてるじゃんか。
どうしよう。
変に声をかけて、煙たがられるのも嫌だし。
仕方なしに、改札口を出てゆく先輩の後をポプラ並木に身を隠しながら、俺は付いて行った。
「天塔、来なかった」
その呟きにどくんと、胸が高鳴る。そしたら、心臓がはちきれそうに波打ちだしやがった。
いや、落ち着け、俺。
あれは、『単に天塔が来なかった』という事実を語ってるだけで、別に深い意味はない。いやいや、なら、何で泣いてるんだよ。
あの高校生にまだ、未練があるから。などと、自問自答する。迷う気持ちをどうもできずに、詩先輩の後ろを付いてゆくと、やがて、学校の方から始業5分前のチャイムが聞こえてきた。
拙い。あのチャイムが終わると同時に校門が閉まる。
そのチャイムの音が、煮え切らなかった俺の心を後押しした。
もう迷うな。玉砕覚悟で突っ走れ!
次の瞬間、俺は詩先輩の方へ走り出した。
「詩先輩っ! 5分前っ、走れ、今度は本当に遅刻するぞっ!」
有無をいわさず、校門の手前で彼女の手を取り、校門に向けてダッシュする。
こちらに視線を向けた、木之下 詩のきょとんとした眼鏡越しの瞳は、やっぱりすごく可愛かったよ。
* *
「滑り込みセーフ!」
「でも、朝のHRは遅刻だよ」
「あれって面倒だから、俺はそっちの方がいい」
俺たちは、そう言って、二人で笑い合った。
校門に入っても詩先輩は、俺の手を放さずにぎゅっと握っていてくれた。それが、俺はすっごく嬉しかったんだ。
今日の空には、お気楽なひつじ雲は一匹もいない。けれども、
木之下 詩と、天塔 翔。
二人で一緒に見上げた空には、段々畑みたいな白い畝雲が、ふんわりと浮かび上がって、とても澄み渡っていたんだよ。
~ 完 ~




