第1話 ひつじ雲の空
*小説家になろう Thanks 20th 『勇気』のテーマに添った作品です。
私の名前は、木之下 詩。中学3年、14歳。
こんな風に名乗ると、何だか、すごく特別な人のように聞こえてしまうけれど、私はごく普通の中学生。ただ、背はクラスでは一番低くて、中3と思ってもらえないのは少し困る。髪は肩までのボブヘア(おかっぱ頭という方が合ってるかも)。丸くて茶色のフレームの眼鏡を愛用してるんで、友人からは、”お受験中の小学生”みたいと笑われてしまうこともある。
所属クラブは写真部で、一応は部長という肩書だけれど、それも、半ば順番が回って来たって感じで、それも、12月でやっと引退だ。
そんな私のささやかな楽しみは、毎朝、学校の最寄り駅で普通列車を降りて、ホームで5分、そして、次に到着する準急列車から”憧れの人”が降りてくるのを待つこと。
彼は私の中学と同じ敷地にある付属校の高校生で、NIKEのスポーツバックを肩にさりげなくかけた仕草がすごく絵になる人。あの人は私と違って背が高くて、青空みたいに爽やかに笑う。
ホームから眺めるだけでも、同じ通学路を歩くだけでも、胸がときめく。その短い時間のために、私は毎朝、駅のホームで彼を待つ。
けどね、今朝は胸が躍るようなことがあった。
準急列車から降りてきた”あの人”が、ちらりとこちらに目を向けて立ち止まったのだ。それはほんの数秒で、すぐに改札口の方へ歩いて行ってしまったのだけれども。
……もしかして、私が毎日、駅のホームで待っていることに、あの人は気づいてるのかな。来年は私も彼と同じ付属の高校へ進級する。それなら、一世一代の勇気を振り絞って、声をかけてみようか。
ところが、私がすうっと深呼吸した時、
「おっはよっ。詩先輩っ!」
背中越しに聞こえてきた無神経な声が、私の決意を一気にかき消してしまった。後輩の天塔 翔だ。
「何よ、”甘党”っ、朝っぱらから大声で」
「”甘党”じゃなくて、俺の名は”天塔”。そりゃ、俺は甘いもんは大好きで、詩先輩たちが京都への修学旅行で買ってきてれた生八つ橋は、とっても美味しくいただきました……けど」
ああ、またいつもの恨み言が始まるのかと私は、改札口に向けてそそくさと歩き出した。その後を天塔は金魚のフンみたいについて来る。
天塔 翔は、私の一学年下で、中学2年。写真部の次期部長。部会でも私をよくサポートしてくれていて、《《その点では》》、私は彼にとても感謝している。
口が悪いわりには、人好きのする、さっぱりとした顔だちをしていて物腰も柔らかい。そのせいなのか、下級生の女子にはけっこう人気なんだって。
でも、私は知ってる。こいつはとても諄くて面倒臭い性格だ。
私と天塔の誕生日は同じ年の4月1日と4月2日。たった一日違いで、私は中3で、彼は中2だ。それを恨んでか、《《俺が》》私の後輩になるのはおかしいと、天塔はずっと言い続けている。
現実ってこんなものなのかな。
憧れの”彼”は見つめるだけの人で、彼と同じ準急列車に乗ってくる《《後輩の》》天塔と、私はいつも一緒に登校するはめになる。
ホームから見上げる秋空は澄み渡り、白いひつじ雲が連なって、ふわふわと気持ちよさそうに空の青に映えていた。
私は両手の指で作ったファインダーで空を四角く囲って、ため息をついた。
「いいなぁ、あの雲たちは悩みなんてなさそうで」
そんな私の横で、天塔 翔が苦い笑いを浮かべていた。




