第95話 冥界の殺戮者【side: Warriors】
◆ ◇ ◆
天月烈火らが地下モニタールームで戦いを繰り広げている最中――。
メインアリーナでも激しい戦いが展開されていた。
学園対抗戦・一年生第二試合。
対戦カードは、風破アリアVSユーナ・ホルン。
両者の対決は熾烈を極め、観客たちもようやく普通の試合を楽しむに至っていた。
というのも、二・三年生の一〇戦は、ひたすらに単調な試合運びであり、内容が薄すぎたのだ。
加えて、先ほどの一年生第一試合は、神宮寺雪那が相手に対して攻撃らしい攻撃を加えることもなく勝利してしまった。
最早ワンサイドゲームを通り越した展開であり、試合と呼べるものですらなかったというわけだ。
そんな中、ようやく実力が拮抗している者同士がアリーナを飛び回っているとあって、盛り上がらざるを得ないのだろう。
ただ先ほどの雪那に対しての恐怖を紛らわせたい――という側面もあるのか、観客たちに空元気的な側面があることは否めない。
だが何はともあれ、アリーナのボルテージが最高潮となったことには変わりない。
残り四戦。対抗戦はここからがラストスパートだと、皆が思っていたその時――。
全ての歓声は悲鳴に変わる。
「これは……なんなの!?」
けたたましいアラートがメインアリーナを包み込む。
試合を行っている二人を始め、誰もが困惑せざるを得ない。
『――学園上空に“特異点”の出現を確認! 学園警備隊は、対処に当たってください。生徒・来賓の方は、非常ルートを使って避難を願います。アリーナには上部には強力なシールドが展開されていますので、焦る必要はありません。落ち着いて避難してください。繰り返します――』
焦燥に駆られる面々に対し、避難を促すアナウンスが届けられる。
ここは仮にも魔導騎士養成施設の総本山。
当然、設営されてある対侵入者用の大規模シールドを始めとした防御手段の存在を知らされ、皆も落ち着きを取り戻しつつあった。
しかし、それも束の間のことであり――。
桜黒の極光が、アリーナの空を灼いた。
「な――ッ!?」
「ぐぅ、っ!?」
破壊音が轟き、大規模シールドが儚くも砕け散る。
直後、激震によろめいた者たちの悲鳴が、メインアリーナ内を木霊する。
「“月影”……抜刀!」
一方、動じることなく恐慌から立ち直ったのは、彩城鋼士郎。
自身の“固有魔導兵装”を起動し、破損したシールドの間からバトルフィールド内へと飛び出した。
更にそのまま、先の火砲の威力に肝を冷やしながらも、奇襲を仕掛けてきた相手を迎撃すべく上空に舞い上がる。
漆黒の戦闘装束を纏った鋼士郎が見据えるのは――。
「先の一撃……アリーナの大規模シールドを貫いたばかりか、余波だけで客席のシールドまで破壊するとは――!」
見覚えのある“異次元獣”。
彼らの背後に控える大型竜種。
そして巨竜の背に乗る小さな影――“竜騎兵”。
しかも眼下は人口密集地であり、正しく最悪の状況だった。
「まさか、貴様が最前線に出てこようとは……!?」
「久しいな。“漆黒の刀剣士”……」
そんな最中、驚愕に目を見開いた鋼士郎の前で男が嗤う。
「“冥界の殺戮者”……クルス・ガルヴァトス!?」
全身をマントで固め、左目に一文字の傷を持つ男性――クルス・ガルヴァトス。
皇国最強の騎士を前に、およそ戦場に相応しくない和やかな笑みを浮かべている。
「何故、貴様が――!?」
「こちらにもあまり時間が残されていない。ようやく上も一つの決断を下したということさ」
「竜騎兵の上にも、まだ何者かの存在があるというのか!?」
「さあ、どうだろうな? 偽りの世界を生きる者に口利きする必要もないだろう。とはいえ、まさかこんな通過点で君と相まみえることになるとは……。おかげで侵攻予定が大幅に狂ってしまった。まあ私から伝えられるのは、こんなところさ」
「そんな戯言が、まかり通ると思っているのか!?」
鋼士郎は鋭い眼光でクルスを睨み付ける。
殺気と闘気が膨れ上がり、その鋭さは宛ら鷹の目の様――。
「我らとしても殲滅戦は本意ではない。だから、その物騒な殺気を引っ込めてくれないか? そうなれば、互いに無駄な血を流さずに済むというものだ」
「ぬかせ……っ!」
対するクルスは、漆黒の大刀を手にした鋼士郎の殺気を受けても微動だにしない。
戦場の狂気すら愉しむ様は、どこか底知れぬ何かを滲ませるものだった。
「とはいえ、偽りの民の下らぬ対抗戦は少々想定外だな。ネレア、ジル……適当に黙らせてくれ。こうも騒がれていては、耳障り極まりないのでな」
「ん……」
「了解」
大型竜種の背から、更に二つの影が飛び立つ。
一人は、濃い桃色を基調とするゴスロリ姿の小柄な少女。
もう一人は、鋭角な戦闘装束を纏った青年。
つまりは二人の“竜騎兵”。
「“竜騎兵”が三体……!? だがこちらの人用では……!?」
鋼士郎は、険しい表情で眼前の光景を見やる。
シオン駐屯地での戦闘を思えば、この戦力がどれほど異常なのかは一目瞭然だろう。
無論、如何に皇国最強の魔導騎士であっても、三体の竜騎兵と大型竜種を一人で押さえるなど不可能に等しい。
しかも下にいるのは、とても戦力になりそうもない学生と来賓者――。
最早、最悪という言葉ですら言い表せない状況という他ないだろう。
「ネレア、大出力は程々にしておけよ。後でガス欠になられては、叶わんからな」
「私、体力には自信ある」
「そういうことを言っているんじゃない」
「んぅ……」
不満げに唇を尖らせるゴスロリ少女の名は、ネレア・アーレスト。
「ジルも引き際を見誤るなよ。ここは通過点なのだからな」
「ならそちらと相手を変わっていただきたい! 頭を叩けば戦は終わる。半端に退く必要がなくなるのだから、好き放題戦えるというもの……ッ!」
「だからお前には、任せられんと言っているのだ。我らの戦いは、この者たちを倒すだけではないだぞ」
もう一人の“竜騎兵”――ジル・ハインバッハは、楽し気に毒を吐いている。
不満たらたらではあるようだが、目の前の戦場に心躍らせているようだった。
そして今時の若者相手に苦笑を浮かべるクルスも、さして気にした様子もなく眼下を見下ろす。
結果、三体の“竜騎兵”が横一列に並ぶこととなり――。
「何はともあれ――」
「来るかッ!」
身構える鋼士郎。
「第一陣、眼前の敵を掃討せよ――!!」
直後、クルスの言葉に応えるように竜の咆哮が轟いた。
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