第93話 平和の深淵
光が爆ぜる。
意志を持つかのような魔力の筋は突如として軌道を変え、背後の出入り口を拉げさせた。
「魔導鞭の刺突にアンカーをぶつけて防ぐとは……なかなか味な事をしてくれますね」
「そっちこそ、問答無用で生徒の脳天を引き裂こうとするなんて、とんだパワハラ教師だ」
先の一瞬、何が起こったのかと言えば、至極単純。
ローグ教諭は、巧みな話術で俺の気を反らした最中、不意を突いて頭部目掛けて高速刺突を繰り出した。
とんでもない初見殺しであり、相手を殺す為だけに特化した攻撃だと称せるだろう。
対する俺は、サブ武装として搭載してもらっておいた“アンカーアイゼン”を展開・射出して、魔導鞭の軌道を逸らした。
その結果が刹那の攻防。
「ですが、まだ私の距離ですよ!」
インテリキャリアウーマンといった様子から一転、戦闘スイッチが入ってしまったのか、追撃の手が緩むことはない。
彼女の腕の振りに追従するかの如く、光の筋が迫って来る。
「ちっ、屋外ならともかく、閉鎖空間でこの挙動は……!?」
今も何とか回避はしているが、縦横無尽に飛び交う魔導鞭と閉鎖空間の合わせ技は、中々に凶悪極まりない。
更にこちらの大出力がほとんど封殺されていることもあり、中々振り切ることが出来ないでいた。
「弾けなさい……!」
室内が切り刻まれていく最中、突如として魔導鞭が無数に分裂し、多重槍と化して迫り来る。
またも火力より、相手の不意を衝くことに特化した武装特性だと言わざるを得ない。
だが“異次元獣”相手には火力不足でも、人間が相手であれば――。
「させるか……ッ!」
白刃一閃。
俺は分裂した鞭を力任せに斬り払った。
「初見だというのに、これも防ぎますか。大した馬鹿力というか、おかげで右手が痺れてしまいましたよ。しかし、惜しいですね。貴方が余計なことに気付かなければ、最高の素材だったのに……」
ローグ教諭は、魔導鞭を手に加虐的な笑みを浮かべたままだ。
これではまるで女王様。
生憎とそんな趣味はないんだが。
「勝手なことを……それに、か弱い生徒相手に物騒な得物を振り回さないでくれると助かるんですけどね」
「笑止……自分の不幸を呪ってください」
直後、一時の静寂。
睨み合う俺たちの間で緊迫感が増していく最中――。
「理由はよく分かんねぇが、とりあえずコイツを捻り潰せば全部解決ってことだわなぁ!」
すっかり蚊帳の外に弾かれていた、二階堂が“陽炎”を起動して突っ込んで来ていた。
――“ディバインスラッシュ”。
鈍い光を放つ刀身が上段から振り下ろされる。
「思考停止の単細胞が……!」
一方の俺は、奴の剣戟が届くよりも早くその場を飛び退き、宙返りを決めて扉の前に着地した。
だが魔導刃を叩きつけられたモニタールームの床は、無残にも拉げている。
もし当たっていれば、確実に俺は死んでいた。仮にも教師が生徒にしていい攻撃じゃない。
「何にせよ、このバカの口を塞げば、万事解決! 何も考える必要はねぇ! なぁ、ローグ先生よぉ!?」
「まあ有り体に言えばそういうことです。流石は魔導の教えを説いているだけありますね」
ローグ教諭は、刀を肩に担ぎながら息巻く二階堂を皮肉気に嘲笑う。
実技担当を干されて縋り付いて来たことを知っている彼女が言うと、中々のブラックジョークだ。正しく二階堂は、完全に彼女の掌の上で踊らされている。
「分かりましたか? 彼こそが魔導騎士の在るべき姿。貴方たちは何も考えなくて良いのです。それを逸脱した者は、淘汰されるのですから……」
「何、を……」
世界の理すら逸脱する魔導騎士。
俺は目の前で紡がれる言葉の断片に対して、言いようのない違和感に襲われていた。
もしそんな領域に辿り着ける人たちがいるのだとすれば、その末路は――。
「よい……しょ――ッ!!」
だがこの張り詰めた空気は、荒事の場に相応しくない気の抜けたような声と共に四散していく。
更に何事かと戸惑う最中、金属が擦れ合う音を立てながら、拉げて動かなくなったはずの扉が開け放たれた。
現れたのは――。
「凄い音がしましたけど……中の人、大丈夫です……か?」
金色の髪が揺れ、歪んだ扉の隙間から美人が顔を覗かせる。
呆気に取られる俺たちの前に現れたのは、眼鏡の女性教師――ヴィクトリア・シュトローム。
あのドジっ娘教師だった。
「え、えっと……あれ?」
そんな彼女の前に広がっているのは、荒れ果てた室内と顔見知り同士が武器を向け合う光景。
当然と言うべきか、当の本人は頭に疑問符を浮かべながら可愛らしく小首を傾げていた。
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