第92話 色褪せた眼光
ローグ教諭は背後のモニターを一瞥して、意外そうな表情を浮かべた。
「随分と頼もしいですね。二階堂先生?」
「なッ……!? あの風破が、こんなに動けるわけが……!?」
この女の狙いは機密情報。
しかし二階堂はそんなことを知らず、二人の会話は微妙に噛み合っていない。
とはいえ、二階堂が己の保身のため、ミツルギの弱体化を図ったことは事実だ。
現に時代遅れの扱きでしかない指導を行い、魔導騎士としての風破や祇園のコンディションを落とそうとしたのだから。
だが今の二人は、数週前と比べてまるで別人のように強くなっている
基本的な魔導制御の向上。
学園のカリキュラムでは手の届かない小技。
戦闘下での立ち回りといった戦略面。
つまり俺と雪那で戦闘の基本を叩き直した上、風破自身の努力が相まっての奮戦だということだ。
それは二階堂の思惑を粉砕せしめるものであり――。
「学園で訓練していなかっただけで、俺たちも遊んでいたわけじゃないってことですよ。まあ貴方からすれば、最悪の展開かもですね。俺が使った量産機に細工をしたり、過度な特訓の強要で学園中を引っ掻き回そうとした“一柳派”の二階堂先生?」
「ぎっ! ぐ……っ!?」
これが全ての真実。
歯噛みする奴の視線は宙を泳いでおり、俺の発言が的を射たものであると証明してしまっていた。
「大元である“一柳グループ”が解体されても五体満足でいられる理由は、貴方が末端中の末端だったから。その所為もあってか、尻尾を掴むのに少々骨が折れた」
「適当なこと言いやがって!? 証拠は……!」
「あー、そのくだりはちょっと前にやったので、もう大丈夫です。証人も沢山いますから、反論して頂かなくて結構です」
脳裏を過るのは、先の大騒動。
一柳親子とのやり取りに加え、色々とお話した黒服の大きなお友達のこと。
先の一件で表と裏の両方からアプローチしたこともあって、一柳関係について調べる伝はそれなりに多かった。
短期間で真実に辿り着くことが出来たのは、不幸中の幸いだった。
「今年の初めに実技担当を干された時、特別ボーナスをもらえるとでも聞いて一柳に飛び付いたんでしょう? それと同時期、ローグ教諭からも取引を持ち掛けられていた。その結果、ミツルギ学園教師、一柳の末端エージェント、AE校のスパイ……顔に似合わず、トリプルフェイスと化していたわけだ」
「だから、そんな陰謀論……!?」
「“陽炎”が自壊するように細工した理由も、元ボスだったナルシスト御曹司からの依頼に加えて、イレギュラーとなり得るかもしれない俺が目障りだったから……。だがそんな時、“一柳グループ”が崩壊して、国内の後ろ盾を失ってしまった。ならいつか自分も捕まるかもしれない……と、AE校側に擦り寄った」
「そんなことっ!?」
「条件は亡命に伴う身柄の保証。それから国外の学園にヘッドハンティングしてもらうように……。どこか違いますか?」
風破との模擬戦の最中、突如“陽炎”が爆散したこと。
俺にとってこの一件は、そこから始まったとも称せる。
つまり全く別の事件と思われた事象が、思わぬ形で繋がっていたわけだ。何とも奇妙な感覚に襲われたことは、言うまでもないだろう。
「残念ですが、作り話と捨ておくわけにはいかないようですね。概ね貴方の言う通りだと、認めて上げても構いませんよ」
「随分、あっさり白状するんですね」
「どうやら、隠しても意味はなさそうですから。まあ一般生徒が真実に踏み込んで来るのは、正直想定外でしたケド……」
一方のローグ教諭は、後ろめたい真実をあっさり認めたばかりか、興味深そうに俺を見ながら手を叩いている。
何より、鉄仮面と称したポーカーフェイスは、いつの間にか加虐的に歪んでいた。
「ただの少年が、どうやってそんな情報を仕入れたのか……詳しく聞きたいものですね」
「そこは企業秘密ということで……。まあここが分かったのは、昨日の放課後に偶然教員棟の近くを通った時、貴方たちの会話が聞こえてしまったから……と言っておきますよ」
「奇妙な偶然もあるモノですね。でも貴方みたいな聡い人間の存在は、こっちとしても頭の痛い話でして……。困ってしまいましたねぇ」
「……どういう意味だ」
これまでの彼女とは明らかに様子が違う。
全身の肌が粟立つのを感じていた。
「そのままの意味ですよ。魔導騎士は何も考えずに戦っているだけで良いのです。そういう風になっているのですから……」
ドロリと濁った彼女の瞳。
俺に向けられた眼光は、明らかに人間を見る色を宿していない。
冷たい目とか、殺気が宿った――とか、そういう次元では――。
「そもそも魔導騎士というのは、国を護る勇士に与えられる称号などではない。試験管に貼られたサンプルラベル程度の価値しかないのですよ。だから魔導騎士に、考える頭は必要ないのですが……。これでは致し方ありませんねぇ」
「一体、何を言っている?」
ここに来て完全に理解を超えた。
彼女の混濁した瞳が何を示しているのか。今の俺には、その奥底に眠る感情の意味を理解することが出来ない。
ただ望むところであるとはいえ、思わぬ形でとんでもない事態に首を突っ込んでしまったことだけは確かなのだ。
「家畜に知性は必要ないので、淘汰して管理しなければならないということですよ。全ては盤上の理でしかないのですから……」
俺の動揺を余所に、ローグ教諭の口元が吊り上がり、三日月の様に歪む。
瞬間、目を見開き――。
「だから……ここで、死になさい」
「……っ!?」
その腕から撃ち出された光の筋が、俺の頭部を強襲した。
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