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第90話 白銀の戦女神【side:神宮寺雪那】

 振り下ろされる巨刃。

 砕け散る大地。


「あん……バカに手ごたえがねぇが……」


 開幕ぶっ放しという見事なまでの初見殺し。

 だが完全に試合を決めたはず一撃は、相手を打ち飛ばした感触も防御された感覚も得られなかった。

 ベントは巻き上がった土煙の中で怪訝(けげん)そうな表情を浮かべる。


「粗暴な態度に反して、中々の一撃だが……そんな稚拙(ちせつ)な不意打ちで、私をモノに出来ると思わないことだ」


 直後、凛麗な声と共に土煙が吹き飛び、白銀の少女が姿を現す。


「な――ッ!?」


 地面深く食い込んだ“ビッグアックス”。

 雪那はその巨大な得物を踏みつけながら、悠然と刃の上に立っている。

 一方のベントは、両手足の感覚が失われていることにようやく気づき始めていた。


 そうして動かない手足にイラつきながら周囲を見回せば――。


「な……ん、だよ……これはァ!?」


 震える身体。

 凍り付いた大地。


 ベントは自分の四肢から先――大斧やアリーナの大地に至るまで、辺り一面が凍結している光景に絶句せざるを得ない。

 何が起こったのかと言えば、雪那が刃を躱しながら放った冷気により、ベントごと一帯が瞬間凍結してしまったというもの。


 だが当のベントは、眼前で起きた出来事に理解が追い付いておらず、呆然自失。

 アリーナのど真ん中で致命的な隙を晒してしまっていたが――。


 直後、掠れた声を漏らすベントの目前で雪の結晶が舞い散る。

 その白銀の光は戦闘の中にありながら、どこか幻想的な美しさすら放っていた。


「な、なん……だよ……これ……ぇ、っ!?」


 観客(オーディエンス)が静まり返り、四肢を凍らされた巨人(ベント)は、壊れたように叫ぶのみ。

 だがそれも無理はないだろう。


 雪那が“白銀の槍斧(シルフィス)” を天へ掲げて頭上に出現させた超巨大結晶は、正しく氷山と称すべき代物。

 それこそ先の二年大将が放った上級魔法ですら、儚い豆鉄砲にしか見えない凄まじさを周囲に撒き散らしているのだ。


 文字通り、戦いの次元(・・)が違う。


「今の私は、虫の居所が悪い。だから、容赦するつもりはない」


 一方の雪那は、覚悟完了。

 恐怖に震えるベントに対し、容赦なく“白銀の槍斧(シルフィス)”を振り下ろす。


 当然、それは――。


「消し飛べ――“ニヴルヘイム”」


 “魔力変換・氷”の極致とも称せる大規模魔導。

 その発動を冠する号砲。


 直後、宙に(たたず)んでいる巨大氷山が悠然と落下を始める。


「あ……ぁあ、っ、やめっ、っあああァァァ――っ!?」


 迫る氷山は、圧倒的な質量を誇る。

 それこそ、氷空(そら)そのものが、落ちて来ているのでは――と、絶望感で押し潰されてしまうかのように――。


 何より今のベントは、四肢を凍結されている影響で移動すら不可能。

 よって、顔を真っ青にして震え上がる以外の選択肢が存在していないとあって、尚更絶望が膨れ上がっていくのだ。


「や、やめ、っ! こんなッ!?」


 (のど)の奥まで冷気で(かじか)む。

 血を吐くような声で必死になって放ったのは、掠れた絶叫。


 まるで勝負になっていない。

 この場にいる誰もがそう思った事だろう。


 勝敗など、論ずるまでもない。


「……」


 刃に付いた血を払う様に“白銀の槍斧(シルフィス)”が()がれる。

 直後、術者の意志を受けた巨大な氷山が砕け散り、氷の破片となって四散した。


 当の雪那が術式を解除したのだ。


「っ、ぁ……」


 その結果、ベントは怪我らしい怪我を負うことはなかった。

 だが今も四肢を拘束されている影響で倒れることすら出来ず、立ったまま恐怖で失神する――という、見るも無残な姿に成り果てていた。


 しかし生徒たちがベントの末路を認識したのは、術式解除からしばらく経ってのこと。

 なぜなら、全方位に飛び散った氷山の破片が、彼らの観客席へと降り注いだのだから――。


「え、っ!? きゃあッ!?!?」

「う、うわあああっ!?」


 観客席は、悲鳴と絶叫に包まれる。


 とはいえ、そもそも砕け散った氷片は攻撃意志を持っての現象ではないし、観客席には試合中の流れ弾を防ぐ全方位シールドが張り巡らされている。その影響で氷片が直接当たることはない。

 だがそれでも、罵詈雑言を浴びせるためにスタンディング状態の生徒たちにとっては、恐怖の底に叩き落されたのと同義だった。


 そのまま一人、また一人と、呆然と腰を落としていき、またも静寂が周囲を包み込む。


 直後――。


「し、勝者……神宮寺雪那ぁぁ!!!!」


 ビビっているのはMCも同様だが、及び腰ながらもプロ根性で勝利宣言。

 だが決着がついたメインアリーナには、感嘆の声も罵倒の声も響かない。

 未だ静寂に包まれたままであった。


 そして圧倒的な力量差で勝利を奪い取ったにもかかわらず、雪那の心もひたすらに冷え切っている。


「……」


 神宮寺雪那は、天月烈火に親愛以上の感情を抱いている。それが純然たる事実である一方、かつては許されない想いでもあった。


 しかし今の雪那は、その(かせ)から解き放たれている

 否、()が全て斬り裂いたというべきか。

 ともかく、もう雪那は自分の感情を殺す必要がない状況にある――ということは確かだろう。

 現に天月家の隣に引っ越し、いよいよ本格的にアプローチ出来る状況になっているのだから――。


 その上、所属企業も同じとなり、お互い学年代表という立場にも選ばれている。来年度までは残り一ヶ月半を切っているし、今の烈火であれば確実に同じクラスになれるはず。

 正しくそれは、一度諦めた烈火と過ごす自由な学園生活であり、雪那は失われた時間を取り戻すように毎日を楽しんでいたのだ。


 だがある日、烈火は理不尽な理由で代表を降ろされ、またも別行動となってしまった。

 しかもチームの一部が相手校と揉め事を起こした影響で、更に一緒にいられる時間が減ってしまった。


 挙句が、自己顕示欲の塊であり、品性の欠片も無い学園生徒。

 どんな手を使ってでも、己のエゴを押し通そうとする保護者や卒業生。

 生徒(烈火)を差し出し、己の保身を図ろうとする教師陣。

 一柳神弥を始めとする、腐り切った皇国や軍部の上役。

 ついでにセクハラ極まりないベントの態度。


 これらはヒトの醜悪さの権化(ごんげ)に他ならない。

 ようやく宿命から解放され、烈火とのドキドキスクールライフを楽しみにしていた雪那からすれば、巻き込まれるのは迷惑極まりないということだ。

 故に怒髪天。

 激おこ――どころの話ではない。


 その一方、これこそが両親を失った烈火が見ていた景色――と、改めて認識した雪那は、胸が締め付けられる想いを感じていた。

 それは当時の彼女が神弥との婚約発覚や神宮寺家の英才教育で心身共に余裕が無く、本質的な烈火の揺らぎに気づけなかった自分への(いまし)めの想いなのだろう。


 だが今の雪那は、それだけで立ち止まったりはしない。

 彼の隣に在り続けると誓いを立てた。


 同じ景色を見て、共に危険に挑む。

 そんな誓いを――。


 ――私を好きにしていいのは、世界でただ一人だけだ。


 雪那は本人の前では絶対に口に出来ない言葉を内心で呟き、ベントを一瞥(いちべつ)することもなくアリーナを後にする。

 そうして白銀の戦女神(ヴァルキュリア)が去った直後、しばらくの間は誰も口を利くことが出来なかった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


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