第9話 新たな剣
朝から決闘騒ぎに巻き込まれ、視線が痛い一日を終えた放課後――。
俺は“クオン第二魔導兵装研究所”――通称・第二研究所へとやって来ていた。
とはいえ、初めて訪れる場所だけあって、ここでもスタッフからの視線が辛い。そんなこんなで居心地の悪さを感じながら、俺は施設内を歩いていく。
目指すは、研究所の所長室だ。
「……失礼します」
所長室に到着したのは、それから程なくのこと。
来客用のIDカードを通して扉を開けば、室内には予想通りの人物と見知らぬ人物が佇んでいた。
「学園の一年生?」
一人は文学少女というか、知的に見える女子生徒。
それも制服のネクタイ色から察するに、恐らく二年生。それほど有名ではないのか、見覚えのない先輩だった。
「あら……やっと来たのね。待っていたわ」
そして高級そうなオフィスチェアごと振り返ったのは、残るもう一人である白衣の美女。
艶のある亜麻色の長髪に、恐ろしく整った顔。
前が留められていない白衣からは、女性的な凹凸がはっきりし過ぎた肢体を覗かせている。
健全な男子高校生には目に毒な光景ではあるが、この人にとってはこれが自然体。
未だに固まっている女子生徒と対照的に、包容力溢れる笑顔を浮かべて近づいて来る。
そう、この人が俺を呼び寄せた張本人。
「……見せたい物があるって、聞いたから来たわけだけど?」
「ふふっ、こっちよ」
当の白衣の美女――揚羽零華は、スッと腕を絡めて身体を密着させ来る。
それも胸が当たってドキッとするとかそういうレベルではなく、男子からすれば完全に暴力だ。
とはいえ、もう慣れてしまったコミュニケーションであるわけだが――。
「……はっ!? あ、あの!? えっと……?」
程なく、俺たちを見ている女子生徒はようやく正気を取り戻したようだが、まだ目の前で起きている出来事が受け入れられないのだろう。目を白黒させてパニックに陥っていた。
しかし、それもそのはずであり――。
“クオン第二魔導兵装研究所”。
規模はそれほどでもないが、研究開発の質においては世界的に見てもトップクラスだと言われているらしい。
結果、魔導関係の研究職を目指す者にとっては、誰もが一度は憧れる最高峰の研究施設であるわけだ。
だが当初は平凡な研究所だったところを僅かな年月で超一流へ押し上げた要因は、現所長――揚羽零華の卓越した能力だとされている。
だからこそ、零華さんは二十代半ばという若さで、既にクオン皇国でも有数の技術者としての地位を確固たるものとしているわけだ。
その反面、今現状はそんな世界単位で見てもトップの美女研究者が、部外者相手にダル絡みする光景を見せられている。
困惑するな――という方が無理な話だろう。
「あら……? どうかしたのかしら?」
とはいえ、当の零華さんは、硬い声でサラ・キサラギと名乗った女子生徒に対し、不思議そうに小首を傾げている。
好きなこと以外興味がないというべきか、少しマッドサイエンティスト気質だというべきか。
ともかく魔導研究に関しての優秀さが群を抜いている一方、この人に人間の常識を当てはめる事自体間違っている。
特に数値に現れない感情面に関しては――。
ちなみにキサラギ先輩の容姿は俺たちと変わらないが、少し外国の血が入っているとのことだ。
「……ああ、この子のこと?」
「は、はい……。その、どうして部外者が研究所に?」
「だって、私の家族だもの」
「はぇ!? でもご姉弟や、ご結婚は……!?」
キサラギ先輩は零華さんの爆弾発言を受けて、目を丸くしてしまう。
まずこんな場所で一緒にいるキサラギ先輩が、零華さんのプロフィールを知らないはずはない。
それに零華さんが二四歳で俺が一六歳。何をどう考えても親子関係は成立しないし、法的に結婚も不可能。
いきなり現れたコイツは誰なんだ――という驚愕は、当然のものだ。
零華さんは有名人だし、変な風に誤解されないようにちゃんと答えないとだな。
「単刀直入に言えば……。俺の両親が死んだ時、後見人になると申し出てくれたのが、零華さんだということです」
「そういうこと。烈火のご両親には私もお世話になったし、この子とも顔見知りだったから……。まあ血の繋がらない姉弟だと思ってくれていいわ」
そう、零華さんは両親を失って、天涯孤独となった俺にとっての後見人。
つまりは身元引受人であり、多忙ながら親や姉代わりをしてくれている。
本来なら天と地ほど社会的身分が違う俺たちが知った風に顔を合わせていたのは、こういう理由からだった。
それと俺たちの苗字が違う理由については、零華さんが気持ちを汲んでくれたから。
少なくとも全ての決着がつくまでは、俺は天月を残し続けるつもりでいる。
「……そう、でしたか。興味本位で出過ぎたことを聞いてすみませんでした」
一方のキサラギ先輩は、申し訳なさそうな表情を浮かべると、いきなり頭を下げてきた。
それは多分、天月家の不幸や複雑な家庭事情を掘り返してしまったことへの謝罪。
だがキサラギ先輩の行動は、俺にとって大きな驚きだった。
なぜなら、Fクラスの分際で生意気、すぐに零華さんとの関係を解消しろ――ぐらいのことを言われると思っていたからだ。
実際、今朝の土守とのやり取りが、世間の全てを物語っているはずなのに――。
そうやって見合っていると、零華さんは小さく微笑を浮かべた。
「良い娘でしょう? ウチの将来有望な見習いさんは……!」
「し、所長!?」
褒められた羞恥からか、キサラギ先輩の顔が赤みを帯びた。
ここまでのやり取り。とても年上とは思えない様子からして、多分悪い人ではないのだろう。
まあ気難しい零華さんが受け入れている以上、警戒の必要はないか。
「この人、滅多に他人を褒めないので、もっと胸を張ってもいいと思いますよ。ああ、それと一年の天月です」
「ふぇ!? えっと、その……ありがとうございます。に、二年のサラ・キサラギです。よろしくお願います!」
「うんうん。青春って感じよね! じゃあ本題に入りましょうか」
混乱も収まり、改めての自己紹介。
その後、どこか満足げな零華さんに促される形で、場所を移動することになった。
だが零華さんは、これまで俺を仕事場に連れて来ることはなかった。
なぜ、今になって――と、疑問が募るばかりだ。
「それで専門外の俺を呼んでまで見せたいものって……」
「全ては……この部屋の中よ」
俺たちは関係者でも一部の人間しか入れない機密区画を進む。
そうして通された一室に足を踏み入れれば、目の間に広がるのは衝撃的な光景だった。
「これは……!?」
部屋中に点在するモニターと計測機器。
どこからどう見ても実験室だと思われる室内には、一振りの長剣が台座に突き刺さって鎮座している。
まるで担い手を待つかのように――。
加えて、その長剣には無数のコードが張り巡らされており、室内の計測機器と連動している様子が見て取れる。
「見たことがない型式の“魔導兵装”……。新型……? それとも固有の機体……?」
台座で存在感を放つ“剣”は、勇者の聖剣などといったファンタジックな物じゃない。
間違いなく、魔導騎士が用いる“魔導兵装”だった。
しかも全く未知の型式の――。
「ええ、新型……というかちょっと曰く付きの機体なんだけど、性能は私が保証するわ」
「なるほど……。でもわざわざこんな物を俺に見せて、一体何のつもり……」
「この機体の稼働データが欲しいのよ。ちょっと使ってみてくれない?」
俺が呼ばれた理由は、まさかのものだった。
でも張本人の俺より、隣のキサラギ先輩の方がギョッとした表情を浮かべている。
曰く付き――とやらは、本当の話みたいだな。
「せっかく凄い機体なのに、色々盛り過ぎて誰も扱える人がいないのよねぇ。というか、テスターが何人か死にかけちゃって……」
その一方、零華さんはとんでもない発言をしながら、キサラギ先輩を華麗にスルー。
流れるような動作でキーボードを操作し、長剣に繋がれていたコードを次々と取り外していく。
すると、更に長剣は姿を変え、蒼色の翼を思わせる小型形状――非戦闘状態に変化し、零華さんの手元へと渡った。
「どうかしら……ダメ?」
両手に乗せ換え、零華さんから差し出されるのは、非戦闘状態となった“魔導兵装”。
そこには先ほどまでの飄々とした様子は一切見受けられない。その瞳に宿っているのは、雪那と同じ光。
この人にも色々と心配をかけて、気を遣わせてしまっていたようだ。
それなら、もう大丈夫だと覚悟を示す手段は一つしかない。
「分かった。俺は何をすればいい?」
俺の手に受け取った蒼翼が収まる。
前に進む。
誰かを守る。
その力を証明するために、逃げるという選択肢は切り捨てた。
無力な自分は、もうたくさんだから。
「そう……ありがとう。じゃあ、ついて来てちょうだい」
俺たちは研究所内に備え付けられている訓練施設へと向かう。
誰にも扱えない曰く付きの機体が、どれほどなのかは分からない。
でも今の俺の力を測るには、ちょうど良い器でもあるはずだ。
今はただ、全力で前に進むのみ。
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