第88話 ミツルギ学園崩壊【side:Everyone】
両校の威信をかけた学園対抗戦も、残るは一年生の戦いを残すのみ。
現在はピットで二年と一年の入れ替わりが行われており、長時間闘い続けたMCも流石に休憩のために引っ込んでしまっている。
よって、唯一の盛り上げ役を失ったアリーナは、完全なお通夜状態と化していた。
だが――。
「おーおー! 代表のエリートさんもざまぁねぇな!! 俺様を出しとけば、こんなこんとはならなかったのによぉ!! いつも偉ぶってる癖に情けなさ過ぎるぜ! 口だけの頭でっかち……要は、カス野郎の集まりって事だ! しょーもねぇ!!」
そんな最中、観客席に座っていた大柄の男子生徒が野太い声を張り上げる。
更にそのまま座席から立ち上がると、代表として戦った生徒たちに対して罵詈雑言を浴びせ始めた。
そうして下品極まりない声で笑っているのは、ミツルギ学園三年生――五里田敦史。
かつて決闘騒ぎ直後、烈火に戦いを挑んだ三年の劣等生だった。
「実際、お前らだってそう思うだろ!? 全世界に中継されてる中で無様に負けたゴミ共が、学園の代表……俺たちより上だって思われていいのか!?」
「っ……そう、だ……そうだな!」
「ああ、俺たちとそいつらを一緒にするな!」
直後、茫然としていた他の生徒たちも五里田の声に応え始める。
一人、また一人と席を立ち、代表生徒に対して同レベルの罵詈雑言を浴びせ始めたのだ。
「引っ込め! 下手くそ!!」
「情けねぇ姿を晒すくらいなら、さっさと棄権しろ! 俺たちまで弱いと思われちまうじゃねぇか!」
「いっつも自信満々の魔導もダメダメじゃーん!! どこ狙ってんのぉ!?」
「ちょっと、弱すぎるんですけどー! もう出てくんなー! ざーこ!!」
気が付いた時には、男女問わず、生徒の八割以上がスタンディングオベーション。
せっかくミツルギ側の開催だというのに、同校生徒にとっては四面楚歌どころではなくなってしまった。
「情けない姿を晒す前に棄権しろー!」
「き・け・ん!」
「ハイッ!」
「き・け・ん!!」
「ハイッ!」
何より、手を叩き、ライブのコールのようにタイミングを合わせながらの罵詈雑言は、悪質極まりない――という他ないだろう。
だが嬉々として声を上げる生徒の勢いによって、会場の雰囲気が一体となっていく。
自校が圧倒的に負けているにもかかわらず、そのボルテージは第一戦の時よりも高まってさえいた。
「雑魚は消えろー!!」
「消・え・ろ!」
「ハイッ!」
「消・え・ろ!」
「ハイッ!」
「消・え・ろ!!」
なぜ彼らが罵倒を楽しんでいるのか。
それは普段頭が上がらないエリート生徒を合法的に罵ることが出来るからだ。
実際問題、普段こんなことをすれば教師から処罰されるだろうし、相手によっては家や会社の権力で家族ごと破滅させられかねない。
だが今は違う。
全ての理由は、代表生徒が惨敗に次ぐ惨敗を重ねた結果、学園や皇国の顔に凄まじい勢いで泥を塗ってしまったことが発端であるからだ。
それもブーイングには、各学年Fクラスを除いたほぼ全校生徒が参加しているのだから、学園も代表者も手の出しようがない。
端的に言ってしまえば、赤信号みんなで渡れば怖くない――という理屈の下、嬉々として代表者たちをサンドバッグ扱いしているのだ。
「何なの……これ……」
観客席に腰かけたままのサラ・キサラギは、異様な会場に顔を青ざめる。
だが彼女の様に戸惑っている者はごく少数であり、やはり大多数が代表者を扱き下ろしているのが現状だった。
ちなみにFクラスは相も変わらず教室待機という冷遇ぶりであり、この光景を中継映像越しに眺めているのみ。
無論、この光景を外から見た朔乃たちがドン引きしていることは言うまでもない。
更には――。
「聞くに堪えんな。道理で新人団員が使い物にならないと皆が嘆くわけだ。しかし面接で立派なことを言っている裏の顔が、ここまで醜いとは……」
来賓席の鋼士郎が吐き捨てるように呟く。
加えて、“魔導兵装”関連企業や学園に融資している者たちを始め、他の来賓者も次々と苦言を呈し始めた。
「アレは……ウチと契約している阿佐ヶ谷君じゃないか!? いくら待機状態とはいえ、こんな場で我が社の機体を付けたままバカ騒ぎなど、名誉棄損や業務妨害で訴えてもいいレベルだぞ」
「私の所のテスターも同じの様です。卒業後も良い関係が築ければ……と思っていましたが、固有機の契約は今期で打ち切りと致しましょうかね」
「だわな。自分たちが兵器を扱っているという自覚が無さ過ぎる。あんな連中に大事な機体を預けておくわけにもいかねぇわ」
「若気の至り……で済まされる領域じゃないですね。とはいえ、由緒あるミツルギブランドも堕ちたものですわ」
ボロカス――という言葉が、これ以上に相応しい状況もないだろう。
学園側が申し開き出来ないところまで含めて、あまりに酷すぎる光景だった。
「さて三黒教頭……今後のテスター獲得については、再考の必要があるようです。今後の支援や現在契約してしまっている生徒のことを含め、書面でお渡しいたします」
「そうですね。我らのミツルギをここまで堕落させたのです。来年度以降、OB会からの支援はない物と思っていただきたい! 彼ら風情に後輩を名乗られること自体が、人生の汚点でしかないのだから……」
「同じく、天命騎士団としても、この状況は看過できない。今年度の採用人員を含め、色々と見直す必要があると人事に進言しておこう。まあコレを見てしまえば、そんな言葉は必要ないだろうがな」
「み、皆様……!? どうか考え直して……!?」
「厳しい言葉をかけるようですが、未来ある若者をこのような低レベルの欠陥品にするような教育に価値はありません。それと同様、彼らはもう救えない。性根まで腐りきってしまっているようだ。特攻兵ぐらいにはなるかもしれませんがね」
ミツルギ学園・教頭――三黒明志は、辛辣な言葉を放つ来賓者に対して必死に取り繕うものの、完全に焼け石に水だった。
だが有権者に見放されれば、ミツルギ学園は皇国最高峰の座から転がり落ちてしまう。いや、全世界生中継でこれだけの醜態を晒したのだから、支援を打ち切られて廃校すらあり得る。
となれば、とてつもない責任問題を追及されるのは、この教頭自身。
何せ、校長兼理事長が年単位で長期不在の今――学園を主導で取り仕切っているのは、この教頭なのだから――。
つまり今までのキャリアどころか、教員としての座。
果ては、残りの人生の全てが吹き飛んでしまうことは想像に難くない。
次期校長まであと一歩というところから一転、凄まじい転落人生となってしまうわけだ。
「どうか……どうか、それだけは……」
今は床に額を擦りつけて土下座をし続けるのみ。
たとえミツルギ学園を堕落させた大きな要因が拝金主義の彼だとしても、せっかく掴んだキャリア人生を手放すなどありえない――と。
決して生徒や他の教師のためではない。自分だけのために。
――どれだけ金を積んだと思っている。この不良品共が。
それは明志が抱いた見当違いの怒りであり、内心呟き続ける生徒らの呪詛。
だが、ダンダンダン――っと、足踏みまで合わせながら、ライブの声援のように叫ぶ生徒に対し、彼の想いが届くことはない。
土下座フォームの明志の背後では、地鳴りのような振動と声が響き渡り、流石にイラつき始めたMCがそれを宥めている最中だった。
一般観客までもが余りの醜態に呆れ返って席を立ってしまうが――。
「へっ……!?」
一方の明志は、突如間抜けな声を出しながら顔を上げる。
全ては動物園の猿山の如く響き渡っていた声や振動が一瞬にして消え去り、周囲が静寂に包まれていたから。
そして皆が呆然と熱視線を向ける先には、まるで雑音を掻き消すかのように現れた少女が一人、超然とした様子で佇んでいる。
蒼黒のポニーテール。
白銀の戦闘装束。
周囲の人間が震え上がるほどの殺気を纏い、愛想の欠片もない少女の名は――。
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