第87話 蹂躙【side:Everyone】
◆ ◇ ◆
ミツルギ学園メインアリーナ――。
広大な会場にはこれでもかと人々が集まっており、今も繰り広げられている学園対抗戦に視線を注いでいる。
たが学園行事と銘打ってこそいるが、実際に集った内の三分の一近くは学生ではない大人ばかりだった。
二ヵ国分の大手企業や軍部。
同様に各種メディア。
加えて、彩城鋼士郎と同様、他の著名人までもが多数招かれている。
最早、異常とも称せる力の入れようであり、アリアを始めとした生徒にとっても、多くの大人にとっても、固唾を呑んで見守らざるを得ない代物と化していた。
そんな想いの果てに始まった学園対抗戦。
とっくに戦いの火蓋は切られており、今も両学園の誇りをかけた熱い激闘が繰り広げられているはずだったのだが――。
「ああっと!? ミツルギ学園二年生大将の坂町君!? これは追い込まれています! ピンチピンチ! 大ピンチだァ!」
しかし実況の大声だけが響き渡る傍ら、満員の客席は見事なお通夜状態と化している――というのが実情だった。
「AE校二年生大将のクアラ君は、間髪入れずに上級魔導の“ブレアバレット”を連打ァ! 連打ァ! 凄まじい勢いですよォ!?」
巨大なアフロをぐわんぐわんと揺らしながら叫び回るのは、実況の男性――MC。
この手の実況・解説を生業としており、世界各地を飛び回る本名不明の男性。
当然、本日の司会進行・実況・解説を一手に引き受けているのは彼であり、蹂躙とも称せる対抗戦が、戦いの体裁を保てている最後の砦でもあった。
「あ……っと、当たってしまったぁ!!? これは立ち上がれない!! 坂町君、撃墜です!」
数時間前、大々的に始まった学園対抗戦。
そのルールは、各学年五人選出での星取り戦形式であり、五戦の中で三勝すれば、チーム単位での勝利となる。
そして、一・二・三年と戦いを終えた後、勝利した学年の多い側が全体としての勝利となる――というもの。
対戦順は、学園最後の大舞台として開幕を盛り上げる三年。
舞台が温まった所で企業視察のメインである二年を投入。
最後にはお目当ての魔導騎士を見終わって大人たちが去り気味になる中、落ち着いて大舞台の経験を積ませるための一年という――試合順が組まれている。
そして現在、既にそのプログラムの半分以上が消化されているのだが――。
「二年の部まで終了いたしましたが……なんと、ミツルギ学園! これで一〇連敗だぁぁ!!」
二、三年の戦いを終えた現在の戦績は、MCの雄叫びが示す通り。
そう、ミツルギ学園側の一〇戦一〇敗というものであり、凄まじいワンサイドゲームの様相を呈していた。
どれほど凄まじいのかと言えば、見事に意気消沈したミツルギ側の生徒たちが下を向いてしまい、最後まで残るつもりだった来賓も既に席を立とうとしているほどだ。
一方、そんな面々を諫めるミツルギ側の教頭の様子も、無様を通り越して可哀想になってしまうレベルではあった。
しかも対策や改善点がある負け方ではないというのが、更に悲壮感を煽ってしまうことになり――。
「気絶した坂町君を教師陣が運んで行きます! 全戦全敗! まるで大人と子供の対決を見ている様だ! 流石の私もここまで一方的な試合が続いていると、もう何も解説することがありません!!」
あそこでこんな風な動きをしていれば――。
もう少し上手く立ち回っていれば――。
この戦いは、そういう次元の話ではない。
なぜなら、攻撃・防御・テクニック・メンタル・フィジカル・戦闘中の発想。
魔導騎士を構成する全ての要素おいて、AE校の生徒がミツルギ学園の生徒を遥かに上回っているからだ。
ただ対戦相手が強くて、自分たちが弱い。
それだけの純然たる理由で勝敗が決してしまっているのだから、対策もクソもないのだ。
しかしこのワンサイドゲームを予見していた者は、驚愕する面々の中で沈痛そうな面持ちを浮かべており――。
「こうなることは、分かっていただろうに……」
たった一人、専用モニタールームで試合を見ている鳳城唯架は、義憤に駆られるように表情を歪めた。
教育カリキュラムを実戦で役立つものに変更すること。
成績だけならず、精神面での教育。
訓練機にかかっている安全リミッターの解除。
唯一、勝てる可能性が出て来た一年を初戦か、二戦目に持って来ること。
唯架はその他の細々とした多くのことを含め、一年ほど前から何度も進言していた。
一方的な試合になれば、傷付くのは生徒自身。
断じて学園や教師のプライドなどではない。
そして少しでも勝てる可能性を上げるには――と、苦心して教員生活に取り組んで来たのだ。
無論、それが浸透し切っていないからが故の現状ではあるわけだが――。
『基準を変えたとして、生徒の成績が落ちたらどうするの? ちゃんとクレーム対応してくれるのかしら?』
『教科書の覚え直しも面倒ですしねぇ』
『まぁ!? リミッターを外して怪我されたら大変でしょう? これだから若いだけの女は……』
唯架の脳裏を過るのは、ベテラン教師たちの言葉。
正しく学園腐敗の象徴。
言うなれば、唯架の若さと才能を妬み、自分の立場を理解していない老害たちの抵抗だった。
同時に学園の中核がこの様では、最先端で実戦的な魔導教育を施しているAE校と実力差が開いていくのは、当然の帰結と言えるだろう。
実際、よく用いられる訓練用の量産機――全く同じ“陽炎”や“テンペスタ・ルーチェ”であっても、両学園の間で機体出力に差がある。
理由は機能が完全開放されているAE校とは異なり、ミツルギ学園では怪我防止のための安全リミッターが基本状態で備わっているから。
つまり補助輪付きの自転車に等しい。
この時点で両校の間に、大きな魔導技術の隔たりが出来てしまうことは想像に難くない。
であれば、今まで通り――という基準自体が、生徒の家に媚びを売り、教師にとっても採点が楽なものでしかないということを示している。
根本的に腐っているのだから、全ての根幹から手を付ける以外の改善策がない。
「子供のお遊びとプロは違う。これでは公開処刑でしかない」
無論、責任者となった唯架とて、何もしていなかったわけではない。
ベテランの妨害に合いながらも、魔導実技を担当する教師から老害――組織を腐らせる膿を出すという、重要で大変な仕事を完遂させつつあったのだ。
加えて、味方となってくれる教師も多く現れ始めている。
その果てに赴任二年目という短期でありながら、長年腐りきった体質にここまで切り込んでいるわけだ。十分過ぎるほど、よくやっていることだろう。
しかし逆を言えば、赴任二年目かつ同僚から妨害されているとあって、物理的に改革の時間が足りないことは至極当然。
故に現状であるわけだが――。
「頼みの綱の一年も、今のままでは……」
短期決戦というのは、良くも悪くも場の雰囲気や運的な要素が強い。年間通しての成績とは、少しばかり違う面もある。
つまりAE校が強敵であることには分かりなくとも、彼と彼女の出し方次第で勝利の可能性は十分にあったはずということだ。
そうして上手く勢いに乗れば、一年以外でも思わぬ勝ちを拾えた可能性があったことまで含めて――。
とはいえ、もし一年がベストメンバーであればの話だ。
今となっては、後の祭りでしかないのだから。
そして後は、一年の対戦を残すのみ。
だが唯架の表情が晴れることはない。
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