第81話 女教師の憂鬱【side:鳳城唯架】
◆ ◇ ◆
ミツルギ学園教師――鳳城唯架は、午後の授業に遅れぬようにと、生徒会室を去っていく二人の背中を複雑そうな表情で見送った。
そして二人の足音が遠ざかった後、大きな溜息を零す。
「全く、怒りの矛先を誰かに向ければ、楽になるものを……醜く喚き散らしていた保護者や卒業生より、彼らの方が冷静に物事を見ているのかもしれんな」
始めからFクラスだと分かって推薦した以上、この件においては烈火に一切の非はない。世の中の不条理に対し、怒るも嘆くも当然の権利だ。
唯架としても行き場のない憤りを自身にぶつけることで、少しでも烈火の気が晴れれば――と、叱責を受ける覚悟でいた。
だが天月烈火は、精神の揺らぎを表に出さなかった。
それは異常であり、異質という他ない。
実際、もし昇進がかかった千載一遇の場面で同じことをされた――と考えれば、大人だとしても一体何人が取り乱さずにいられるのだろうか。
ましてや烈火は、心身共に不安定な思春期真っ盛りであるはず。
これだけ大人の事情の振り回されているのだから、魔導へのモチベーションが無くなっても何ら不思議ではない。
子供のように喚こうが、関係ない八つ当たりになろうが、仕方のないことだというのに――。
一方、己を見失わずに在り続けた烈火の姿を思い出せば、唯架の脳裏にはかつての記憶が呼び起こされる。
「師匠……貴女が……貴方たちが残した小さな灯は消えることなく、確かな炎を灯しているようです」
黒衣を靡かせながら、戦場を舞う後ろ姿。
静謐に揺れる藤色の長髪。
それは自分を一人前の魔導騎士に育て上げてくれた恩師の残照。
『――子供がいるの、男の子よ。唯架にも紹介したいから、いつか逢って上げてね』
“星蝕女帝”と謳われた女傑――烈火の母親と過ごしたかけがえのない記憶。
天月を名乗る男子生徒との出会いは、唯架に大きな衝撃をもたらした。
だからこそ、恩師の忘れ形見が逆境にあってなお、こうして曲がらずに育っていることへの喜びは少なからず感じざるを得ない。
実力自体は持ち得ているのだから、Fクラスであることが些末な問題だと思えてしまう程に――。
だがそれと同時、一抹の不安も抱いていた。
「しかし精神も魔導も……その強さは、子供が持ち得るには異常すぎる。それに、どこか危うい」
烈火を取り巻く環境が、一般学生のそれと違うことは明白。
更にそれだけでも重責と化す上に、本人に非がない理不尽に見舞われても不平不満を漏らすことなく毅然と対応していた。
果たしてそれは、一六歳の少年が即断出来てしまって良いものなのだろうか。
背負ってしまって良い物なのだろうか。
答えは、否だ。
勉強、運動、友情、恋愛、魔導――。
そんな人生で一番楽しい夢溢れる時期に、これだけ現実と大局を見据えて動けていいはずがない。
それは彼の異常さであり、無理にでも大人に成らざるを得なかったという証明。
子供でいられる時間が失われた――ということを示しているのだ。
「大層な肩書を手にしてしまったが……生徒一人、守れないとはな……」
一抹の喜び。
そして悲しさとやり切れなさ。
唯架は自責と歯痒さを耐え忍ぶように拳を固く握った。
◆ ◇ ◆
学園対抗戦・選出人員一覧。一年の部。
一年Aクラス 神宮寺雪那。
使用魔導兵装――“ニュクス”。
一年Aクラス 土守陸夜。
使用魔導兵装――“オーファン”。
一年Aクラス 風破アリア。
使用魔導兵装――“テンペスタ・ルーチェ”。
一年Aクラス 祇園聖。
使用魔導兵装――“陽炎”。
一年Aクラス 七重健緒。
使用魔導兵装――“陽炎”。
以上、五名。
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