第74話 変わりゆく世界、変わらないもの
一柳と神宮寺の後継者婚姻騒動から、早くも二週間の時が流れていた。
その最中、神宮寺家が精力的に真相解明に動いたことにより、一柳家の悪業が白日の下に晒されたことは説明の必要もないだろう。
結果、一柳家はお取り潰し。
彼ら親子も全権を失うことになり、関係者と共に厳重な管理下に置かれることになった。
それでも一柳親子は他国への亡命を画策したらしいが、わざわざ力を失った連中を引き取る国が現れるはずもない。
何より、金の切れ目が縁の切れ目――とばかりに、周りから人間が離れていったそうだ。
そして、親子の手を離れた“一柳グループ”は散り散りとなり、各々が皇国の企業に買収・合併されることが決定。
今のところ、魔導兵装の生産が止まることはないらしい。懸念されていた国防への影響も、当面の間は問題ない。
つまり、今ある在庫が尽きるまで――という条件付きのため、決して安心できるような状況ではないということ。
そして最後に“トーデス財閥”についてだが、こちらに関しては現状新しい情報は皆無に等しい。
敢えて言うなら、存在していることだけは確か――という程度のものだ。
やはりというべきか、一柳も俺たちが捕えた連中も所詮は末端だった。
トカゲの尻尾切りのように、代えの利く存在でしかなかったわけだ。
というわけで、皇国上層部や企業サイドはまだまだ慌ただしいものの、件の騒動についてはひとまず区切りがついたと言っていいだろう。
それは騒動の中心にいた俺や雪那も例外ではない。
その果てにようやく、いつも通りの学園生活を取り戻したのだが――。
「天月ぃっ!? 貴様は! この数週間、一体何をやっていたぁ!?」
当の俺は事情聴取、情報共有、万が一の取材対策やらで学園を休んでいた二週間と数日ぶりに赴いた放課後の訓練スペースにて、中年男性に激怒されていた。
「大事な対抗戦の前にサボりかぁ!? えぇ!?」
目の前で怒鳴り散らしているのは、強面の男性教師――二階堂剛史。
年下である鳳城先生に叱られて半泣きになっていた、あのクソ教師だ。
「何を間違ったのか代表に選ばれて、調子に乗ってるんじゃないのか!? 全く、何でこんなやる気も才能もない奴が、我が校の代表になってしまったのか……今の魔導実技教師はたんどる!!」
まあ最後の言葉がコイツの本音なのだろう。
本来、教師経歴の絶頂期で花形である魔導実技担当から引きずり降ろされた――なんて、ある意味ではFクラスになるより恥ずかしい。
言ってしまえば、自分の立場に納得がいっていないわけだ。
とはいえ、同じ期間学園を休んでいた雪那がいない場所でキレる辺り、やはり狡い奴だ。
ちなみに当の雪那は、土守を除いた残り二人に稽古をつけている真っ最中。
しかし二対一でも実力差は歴然。
自分の持てる力を全て出し切っている二人に対し、雪那が使っているのは“白銀の槍斧”と飛行魔法だけ。
同い年で成績三位、四位を相手にしても、赤子の手を捻るような戦いを繰り広げている。
実際、さっきから不安げな視線が何度も飛んできていることからも、かなり余裕があるらしい。
まあ俺もオッサンの説教を右から左に聞き流しながら、雪那とアイコンタクトを取り合って時間を潰しているわけで――。
熱血教師ごっこが完全にデカい独り言と化しているのは、何とも皮肉な話――でもないか。コイツが原因なわけだし。
「もう練習に戻ってよろしいでしょうか? というか、全て鳳城先生に説明済みですので、二階堂……先生には、関係ない話かと」
「な……っ!? Fクラスの分際で教師に口答えか!? これは教育的指導が必要なようだな!?」
とはいえ、俺と雪那以外の視点からすれば、このオッサンのような感情を抱くのも無理はないのかもしれない。
なぜなら、俺たちは家の事情での休学ということになっているからだ。
そうなるに至った最大の理由は、この事態に学生が関わっているのは体裁が悪い――という名目で、惣一郎さんが俺たちの存在を隠してくれたから。
加えて、一般市民と事態に関わった俺たちの知り得る情報には、大きな違いがあるからというもの。
実際、メディアを通じて世間に公表された情報は、“一柳グループ”が不正な取引を繰り返して消滅した――というぐらいのものでしかない。
理由は必要以上に混乱を与える必要はないと、惣一郎さんから緘口令が敷かれたためだ。
これに関しては、俺も雪那も異論はない。
現状、軍も政府も国防関係で手一杯。
無駄に一般市民の不安を煽る必要もないし、不満の声を上げられても対処しようがないからだ。
とはいえ、俺たちが部活の一番大切な大会の前に突然休んだ――というような状況になったことには変わりない。
風破たちには、申し訳ない限りではあるが――。
「そもそも、生徒指導担当に対抗戦のことで怒られる理由が分からないんですけど? というか、前にも同じ話をしたはずでは?」
「俺はまともな指導が受けられない、お前たちの為を思って来てやってるんだよ! 感謝はされど、口答えをされる謂れはない! ましてや落ちこぼれの分際で、この俺に対してなんて口の利き方だ!?」
まあ魔導実技担当が多忙過ぎて、直接顔を出しづらい状況にあることは事実。
だがそれとコイツが出しゃばって来ることに因果関係はないわけで、有難迷惑という言葉が、ここまで相応しい状況もそうはないだろう。
「大体、最近の魔導実技の指導はなっとらん! あんなのじゃ勝てるものも勝てんぞ! そんなお前たちに名誉実技担当の俺が、わざわざ真の指導してやるといっているんだ! Fクラスは、そんなことも理解できんのか!?」
元担当だろうとか、アンタには関係ない――とか、色々反論したくはあるが、今の俺はそれどころじゃない。
真の指導という言葉に、笑いを堪えるのに全精力を割いているからだ。
ここに来るまで風破から聞いた感じ、コイツが顔を出すようになったのは、どうやら三、四日前のことらしい。
それも勝手に内容に口を挟んで来た挙句、ウサギ跳びや声出し練習、持久走といった魔導技能と関係ない訓練をさせられたという話だ。
その上、風破たちからデジタル機器の数々を取り上げた上での訓練だったとのこと。
基礎体力や心構えが大切なのは分かるが、本番をすぐに控えたこの状況で行う訓練じゃないのは、子供でも分かることだ。
だが本人だけは久々の魔導指導で、かなりノリノリだったらしい。
石器時代の老カルディスクを頭に搭載している――と、風破が膨れていたのは当然でしかない。
何より、相手は時代の最先端を征く、エーデルシュタイン・アカデミー。
こんなのが指導担当に何年も居座っていれば、勝てるわけもないわな――と、あらためて実感した瞬間だった。
ちなみに学園対抗戦は、既に二〇年の歴史を誇る。
ミツルギ側から見た対戦成績は、二勝一八敗。
一八年負け越しということで、見事に恥を晒し続けている。
だからコイツが担当から降ろされたというのに、何も理解していないようだ。
挙句がドヤ顔で、真・の・指・導――って。
「はぁ……もういい! とにかく、これからビシバシ扱いてやるからな! 覚悟して励めよ!」
鉄仮面にはそれなりに自信はあるが、このドヤ顔には流石に吹き出してしまいそうだ。
ヤバイ、もう限界――。
「それは興味深いですね。私にも真の指導とやらをご教授願えますか?」
「ほ、鳳城先生!? こ、これはです、ねぇ……!?」
女神降臨。
突如現れた鳳城先生が小物教師を追い出してくれたおかげで事なきを得た。
更に補足するならではあるが、数少ない二勝の内の一勝は、鳳城先生が三年時のことらしい。
近年では唯一といっても過言ではない、ミツルギ産の花形魔導騎士とあって、学園に呼び戻されたとか何とか――。
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