第72話 白騎士が残したモノ【side:Everyone】
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見事に花嫁が攫われた直後、残された大人たちは混乱を極めていた。
次世代のリーダーとなる神弥と雪那に媚を売っておこうと、パーティーに参加したところ、子供相手に好き放題荒らされて呆然自失。
その挙句、二人を引き留めもせずに素直に見送って来た神宮寺夫妻からは、正式に婚約破棄が告げられたとあって、更に混乱が募ってしまっていた。
「じ、神宮寺さん! 何を言っているんですか!? この縁談は……!?」
「確かにあの時点では間違いなく必要なものだった。だが今は違う。目先の利益ではなく、今ある脅威を再認して、先行く我々が先頭に立って対峙せねばなりますまい」
ここに来ての婚約破棄に対し、来賓の一人は未だ震えながらも声を上げる。
しかし当の惣一朗は、どこ吹く風。
むしろ憑き物が落ちたかのように、清々しい顔つきで言葉を返す。
「私の考えが変わったわけではない。しかし彼は、その剣で自身の覚悟を証明して見せた。正義ではなくとも、立派な騎士だ。雪那の父親として、これほどの想いを否定することなどできんよ」
「こ、これだけ盛大に我々を呼んでおいて、そんな理屈が通るとでも!? 国防はどうするのですか!? 莫大な資金を賄わなければならないのに!?」
「確かにこのまま一柳勢力が潰えれば、国全体への影響は大きい。だがそれでも、明らかにすべき真実があるようだ。何をするにしても、まずはそこからです。今より状況が良くなることはないでしょうがね」
「だ、だったらァ!?」
「その為の我らではないのですか?」
「な、何を……!?」
「騎士団に入りたい者はごまんといる。彼らや開発企業への支援には、政治に携わる我らも手を貸せる部分があるはずだ。そして国全体が一丸となれば、空いた穴も少しは塞がろう? そもそも一企業でしかない“一柳グループ”に、好き放題されていたことの方が問題だったのだからな」
「ですが、それでは……!?」
「一柳にバックアップされていた今までと違って、かかる労力が桁違い。明日以降、利益が大幅に減ってしまう……と?」
「う……っ!?」
その場の全員が居心地悪そうに視線を逸らした。
「だがそれは一柳の悪業を見過ごすも同じ。我々はより深い闇を知ってしまった。であれば、見て見ぬふりは出来ますまい」
「ですが、そんなことを言ったって……」
「もし犠牲者に報いるのだとすれば、それは新たな犠牲者を生まぬようにすることだけだろう? そして都合の悪いことに蓋をして、他者を傷付けてまで自分の利益のみを追及する。その結果が子供一人に何一つ反論出来ず、打ち負かされた我々ではないのか?」
実際のところ、“一柳グループ”が異様な成長を見せていることに対し、誰もが違和感を覚えていたことは事実だ。
しかし自分に利益があるから――という理由で甘い蜜を啜り、真実を突きつけられたら、今度は無関係だと言い張った。
その一方で嵐が去った後には、まだこうして甘い蜜に吸い付こうとしている。
企業は利益を求めるから――という次元を超え、完全に腐敗しきっていた。
「その醜さこそ、遠くない未来に我らに破滅を齎すのではないか……と、あの少年に教わったはずだ。何より、本来なら背中を見せなければならない我々が、未来ある若者を犠牲にしようなど、なんと罪深い行いなのか。そう思いませんかな?」
「う、っく、っっ!?」
体制が揺らいだとしても、それは一時のこと。
惣一朗は“一柳グループ”という爆弾を取り込むのではなく、自分たちで国を守っていこうと結束を訴えかけているのだ。
というよりも、変わることを恐れている彼らに対し、今のままでは一柳と共に破滅の未来しかないと訴えかけているというべきか。
事実、一柳勢力はどうあっても詰んでいる。
全ては惣一朗が、烈火のもう一つの計画を聞いていたが故に断言出来ることだった。
国家権力は一柳の前に無力。
ならば、インターネットやメディアを通じて、一柳の悪業を全世界にばら撒いてしまえばいい。彼らの情報統制が追い付かない程の速さで――。
よって、烈火は証拠集めだけではなく、今回の戦闘における会話も録音。神弥らの問題発言の数々を、瞬時に全世界へと流せるように工作していたのだ。
一人で乗り込んで来たばかりか、国の重鎮の前であれだけの啖呵を切りながら――。
ともあれ、それが烈火のサブ計画。
皇国外に悪評が広まれば、他国も“一柳グループ”を受け入れる大義名分を失う。
当然、世界の民衆が全て敵に回すとなれば、どんな強大な組織も好き勝手には動けなくなってしまう。結果、裏から手を回して一柳勢力を助けることは不可能となる。
彼らがどんな立場と役目を追っていたにせよ、とりあえず身柄の確保は確実となるわけだ。
つまり烈火は、ここでの大立ち回りがどうなっても、一柳に壊滅的な大打撃を与えられるだけの準備を整えて乗り込んで来ていたということ。
あくまで神宮寺夫妻が味方に付いたことは上振れでしかなく、本当に一人で全てをどうにかするつもりだったわけだ
――末恐ろしいものだ。だがどこか危うくもある……か。
そして感傷に浸る惣一朗を尻目に、気絶している一柳勢力は神宮寺の息がかかった警察によって拘束・連行されていき、他の来賓者たちは覚束ない足取りで本邸を去っていく。
残されたのは、神宮寺お付きの者たちだけ。
そのタイミングを見計らったように美冬が声をかける。
「――ねぇ、アナタ。あの子って……?」
「ああ……きっと、そうなのだろうな」
脳裏を過るのは、天空を舞う白騎士。
だがそれは単純に烈火のことを思い出している――というのとは、少しばかり具合が違う。
惣一朗たちの脳裏に過ったのは、烈火と同じ姓を名乗っていた男女の姿なのだから――。
「天月、か……またその名を聞くことになろうとは……」
「やっぱり、あの二人の……」
「あの度量と剣捌き……それ以外にあり得ないだろう。よもや、あの二人の忘れ形見とこんな形で……何という巡り合わせなのだろうな」
数年前に殉職したとされている、皇国最強を謳われた魔導騎士夫婦。
惣一朗や美冬は、その二人――天月夫妻と面識があった。
実際は利権を嫌う天月夫妻が政治関係に参加することはなかった故、親しい仲と言える付き合いではなかった。
だが互いに同い年の子供がいる――と会話を交わした記憶は、神宮寺夫妻の脳裏にもしっかりと残っていたのだ。
「また、助けられてしまいましたね」
「そうだな、親だけならず子にまでも……それにあの時の小さな子供が、これほど頼もしく成長していたとは……」
その上で烈火の存在は、彼らに大きな衝撃をもたらしていた。
なぜなら、烈火が天月夫妻の子供だというのなら、惣一朗たちは過去に行われた式典で一度だけ彼と会っていた――ということになるからだ。
恐らく彼が記憶に残していないであろう遠い過去。
烈火本人が雪那と邂逅する前に一度だけ――。
母親の手に引かれて行儀良くしていた子供。
そんな吹けば飛ぶようだった小さな子供が、ついさっき己の想いを貫き通して見せた少年と同一人物である――と、改めて自覚してしまえば、その衝撃や感慨は計り知れないものがある。
加えて、それを知り得なかったことに対する驚きも、決して小さなものではない。
確かに双方多忙だったが故に、両家の親が子供たちの行事に出られることは稀だった。
つまり互いに予定が付く時は、どちらかが欠席で――と、プライベートでの遭遇を奇跡的に回避し続けていたわけだ。
その結果、彼らの忘れ形見が娘の近くにいるという事実を、知り得ないまま今日まで至ってしまっていた。
烈火がFクラスとなって表舞台から消え、雪那も早くに自立したことも影響したとはいえ、実際は知る機会などいくらでもあったはずなのに――。
「私たちは、あの子のことを何もわかっていなかったのね」
美冬の自嘲するような声が、惣一朗の鼓膜を震わせる。
泣いて、笑って、怒って、照れて、恋をして――。
ここから少年の隣に寄り添う娘の姿は、まるで年頃の少女の様だった。
喜怒哀楽に乏しく、冷静で大人びた雪那とは思えないほどに――。
「手がかからない娘だと思っていた。胸を張って、誰にも誇れる自慢の娘だった。だが私たちは、あの子の出した結果だけを見て、雪那に目を向けなくなっていたのだろう。雪那は常に私たちの期待を大きく上回り続けた。故にもう手をかける必要もないと……」
「それが私たちに気づいて欲しかった、あの子の悲鳴だったとも知らずに……ね」
雪那が常軌を逸した天才であることは事実だが、一六歳の少女である事実は変わらない。
嬉しければ笑うし、悲しければ泣く。
そんな普通の女の子であるはずなのに――。
だが誰もが彼女は超越者であると、過度な期待を背負わせ過ぎていた。
その異常さを正しく認識出来ていたのは、同じ次元に立つ彼だけだったわけだ。
「本来、私たちが背負うべき重責までも雪那に強いてしまった。雪那やあの少年……次代を担う者たちを犠牲に、我々大人が我欲を満たそうとしていたなど、あの連中を笑えないな。ああ、本当に笑えない」
惣一朗も自嘲交じりに、自らに対して吐き捨てるように呟く。
「あの子に対しての我らの罪は、これから贖おう。孤独にしてしまった雪那の隣にいてくれた少年に感謝をしよう。それからのことは、雪那と話してからだ。今の私たちが出来るのは、それだけなのだから」
「ええ、そうね。本当に取り返しがつかなくなる前に、彼が止めてくれたんですもの」
もしあのまま結婚話が進んでいたら、雪那は壊れてしまっていたかもしれない。
そうならずに済んだのは、自分の身を顧みず、雪那のために全てを懸けた少年のおかげ。
滅びゆく国の中で壊れかけていた家族関係。
少なくとも、まだ雪那が自分たちを親だと呼んでくれている間は、精一杯の愛情を――。
そして神宮寺の全精力を持って、雪那と烈火をバックアップしていく。
もし雪那に許されるのなら、自分たちに出来るのはそれだけである――と、静かな決意を固め、今も仲良く話しているはずの二人に想いを馳せる。
こうして凍り付いていた親子の時間は、再び動き始めた。
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