第70話 剣戟交錯《Break Edge》
橙の魔力を纏った“十字剣”。
蒼の魔力を纏った“白亜の剣”。
鈍色の刃と白亜の刃が剣戟を奏でる。
直後、魔力の波動で周囲を軋ませながら、互いに弾かれ合う。
「ほう、我が剣戟を難なく受け止めるか!?」
「流石に他の連中と同じようにはいかないな」
急速反転から再肉薄。
交差させ合う剣戟は、一合、二合と回数を増すごとに苛烈になっていく。
「“レイジクエイク”――ッ!」
「そんな大振りが……!」
俺はその場で高度を上げ、斬り上げの斬撃魔導を回避する。
しかし狙いは俺ではなかったようで、大広間の天井を直撃。自分の家を破壊し尽くしながら巻き起こった噴煙で視界を奪われる。
「確かにその高速機動は脅威だが……こうなってしまえば意味を為さないッ!」
「ちっ……!?」
「これで終わりだッ!」
直後、動きを硬直させた俺に対し、噴煙に紛れて下方からさっきと同じ斬撃魔導が迫っていた。
高度を上げようにも、頭上からは天井がそのまま降り注いでいる。
当然、下からは猛烈な魔力を放つ斬撃魔導が迫る。
回避ルートは存在しない。
これがわざと外してまで、大出力の魔導を放った狙いだったのだろう。
正しく一人挟み撃ち。大広間という閉鎖空間をフルに活用した戦い方だと言わざるを得ない。
「だが俺にも譲れないものが、成さなければならないことがある!」
全ては護ると誓った少女のため――。
「立ち止まるわけにはいかない!!」
――“テスタメント・レイ”。
自身の後方――落ちてくる天井目掛けて、砲撃魔導を撃ち放つ。
“白亜の拳銃”から放たれた蒼光が天を灼き焦がすと共に、煌翼を羽撃かせて舞い上がる。
道がないなら作るだけ。
そのための魔導なのだから――。
「だが、それでも……ッ!?」
強引な回避行動を受けて、咄嗟に大振りした神宮寺家当主ではあったが、その斬撃は俺に届かない。
いや正確には盾とした煌翼を掠るだけに留まり、当の俺は消し飛ばした天井の穴から上空へ逃れたというべきか。
「随分と無茶をする!」
「お互い様でしょう。まさか自分の家の天井をぶち破って来るとは……」
だが太陽を背に翼を広げる俺に対し、親父さん浮かべるのは感嘆の表情。
久々の実戦だろうに随分と調子が良さそうだ。
直後、再び互いの剣戟が交錯する。
「流麗な魔導の腕前とは一転、時に荒々しさすら覗かせる。学生と捨て置くには、些か異常な力だ! こんな馬鹿な真似をしなければ、明るい将来もあっただろうに……!」
「神宮寺家の当主に褒めてもらえるのは光栄ですが、別にそんなものに興味はないので……!」
「とても夢見る若者の言葉とは思えんな! その眼差しも……! だが恋に恋した盲目な男ともまた違う。本当に皇国の行く末を破滅に導いてでも、雪那を守ろうというのか!?」
「当然……!」
一瞬力が抜けた隙を狙い、白刃を煌めかせる。
どうにか十字剣を盾に防いだようだが、当の本人は俺の回答に絶句しているようだ。
「だって、そうでしょう? 訓練を積んだ騎士団がいて、誇り高い皇族がいて……ここにも大層な身分を持った大人が山ほどいる。それなのに雪那一人に未来や国家存亡の重責を押し付けているわけだ。そうまでして国という名の記号を守ったとして、一体何になる?」
両親の死を容認した国。
雪那の犠牲がなければ、滅びゆくかもしれない国。
醜く、傲慢で、俺にとっては生まれ育ったという以外に何の愛着もない。
ならばこそ、天秤にかけるに値しない問いだった。
「現に今だってそうだ。みんなで蹴落とし合っていたかと思えば、自分の身に危険が迫った途端に無関係を装ってやり過ごそうとする。貴方たちが繰り広げている権力闘争も、一般市民と呼ばれている連中が学園や社会で繰り広げていることも、本質は何も変わらない。ただの盛大な足の引っ張り合いでしかない」
自分でもはっきりと分かる侮蔑交じりの眼差しを、来賓者に向けた。
Fクラスだから。
孤児だから。
魔導が使えないから。
逆に特別な才能や高い地位を持っているからこそ妬まれることもある。
実際、誰も彼も他人を蔑み合う理由はそれぞれなのだろう。
だがどんなに理由を並べ立てても、それを行うのが俺たち人間であることには変わりない。
結局は余裕がなくなったり、自分を見失ったりして、当人の本性が表に出ているだけだ。
中には社会の流れを免罪符にして、自発的に他者を傷付ける者すらいる。
力ある者が力無き者を見下して威張り散らす。
力無き者が力ある者を妬み、心無い誹謗中傷を繰り広げる。
その挙句が、異形の巨竜に首狩り悪魔を擁した研究施設の存在。
みんなが住んでいるから。
故郷だから――と、そんな理由で雪那が犠牲になることを許せるはずもないだろう。
同時にそれは、俺にとっての境界線を侵す行為であり、逆鱗に触れられたどころの話じゃない。
もし証言を吐き出させるために不殺の戦いを強いられていなければ、多分連中を殺して回っていた程度にはブチギレていた。
「わ、私は、何も……!? 無関係だ!?」
「え、っ……ぁ……」
一方の来賓者たちは顔を青くすると、しきりに全身を震わせ始めた。
一柳が特別酷かっただけで、この連中も同じ穴の狢だということだ。
さて、この中に雪那たちの結婚を祝おうと参加した者が一体何人いるのか。
こんな連中を守るために魔導騎士が犠牲になっているのかと思うと、尚更怒りが湧き上がる。
「ならこんな国、滅びてしまえばいい。いや、他人を喰い潰さなければ未来が無いのなら、いっそ俺が……」
いい加減、連中も目の前にいるのが、どういう存在なのかを悟ったのだろう。
「ば、化け物……!?」
困惑混じりだった眼差しが完全な恐怖へと変わる。
少なくとも――。
「なるほど、確かに正義の味方や白馬の王子様というわけではなさそうだ」
再び“十字剣”が正眼で構えられる。
恐怖に染まる連中とは対照的に、目の前の脅威からは力強さだけが高まっていく。
敵の排除や腕試し――といった風だった今までとは、明らかに何かが違う。
まるで俺を見定めるような――。
「これ以上は、訓練中の誤射では済まされない。次が最後だ」
「……」
俺もまた、“白亜の剣”の切っ先を差し向ける。
後は己の想いを剣に乗せて――。
「我が剣は、護国のためにある。もし砕けることがあれば、それはこれまでの国の在り方に綻びが生じているということ。さあ、私に未来という名の可能性を示してみろッ!!」
互いの剣に光が迸り、辺りが静寂に包まれる。
「――ッ!!」
瞬間、剣を携えたまま同時に加速。
相手に迫り、斬撃魔導を炸裂させる。
――“レイジクエイク”。
――“エクシードフィアーズ”。
剣戟激突。
それは刹那の交錯。
そして斬り抜けた両者の内、一つの刃が破片と変わる。
「――よもや、我が剣がここまで完璧に手折れるとはな」
砕けたのは、鈍色の刃。
勝敗は決した。
「少年……君の望みを聞こうじゃないか」
「当然、そこの花嫁は貰っていく」
砕け散った“十字剣”を見ながら自嘲したように呟くパパ上に対し、俺はそう言い放った。
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